演技
リシルさんの私を蔑む視線に興奮してしまいましたが、すぐに目を覚まします。私は国王に対して怒っている最中であり、邪魔をするなら例えリシルさんでも許しません。それくらい怒っているんです。
「その男は、やってはいけない事をしてしまいました。殺すに値すると私は考えています」
「無駄な抵抗はやめてください。貴女は大変な罪を犯してしまったのですよ!?これ以上抵抗をして罪を重ねる必要はありません。おとなしく捕まってください!」
そう訴えるリシルさんに、違和感を覚えました。リシルさんのそれは、演技とは言えない完璧なものであり、そんな事をした覚えのない私の心を揺さぶってきます。
でも私はリシルさんの本性を知っている。頭の良いリシルさんもまた、私の事を理解している。私が救った村の人々を、お前が虐殺したなどとあらぬ罪をなすりつけられたら、怒って手を出してしまう事くらい予想してくれるはずです。
「……おとなしく、捕まれと?私に罪をなすりつけるため、私が救った村の人々を殺した者に?」
「そうすれば、少なくとも死罪は免れるはず……。貴女もそこにいる勇者もどきと同じよう、奴隷としてではありますが生きる事ができると、父上は言ってくださいました」
「……」
そんな提案を聞いて、余計に受け入れる訳にはいかなくなりました。でもリシルさんは何の企みもなく、わざわざ私の反逆心を煽るような事を言う人ではないでしょう。確実に、何かがある。私にそう感じさせてきています。
「テレット村の人々は、それはそれは酷い状態で発見されたようです。死体は皆損壊していて、元の状態が少しでも分かる人はいなかった。焼かれ、引き裂かれ……ただ殺すだけでは飽き足りず、元の状態も分らぬまで人を痛みつけるその悪魔の所業を、父上は寛大にも、奴隷として償う機会をくださっているのです!」
「死体が、損壊……」
わざわざそんな事を強調して教えて来るリシルさんに、違和感を覚えます。
事実はまだ分かりません。本当にテレット村の人々が殺されたのかも、殺されたのが本当に村人達なのかも、全てがこの目で見た訳ではないので、何一つとしてです。
かつて、タニャが殺されたと早とちりした時と同じ状況です。
でも国王が殺されたと言っているし、リシルさんもそう言っている。となれば疑う余地はなくて、テレット村の人々は殺された。だけどそれが本当にテレット村の人々なのかどうかは分からない。
「エイミ様!」
悩んでいる所に、更に女の子の声が響きました。この声は、タニャの声です。
見ると、リシルさんがやってきた方向から慌てて駆けてきて、国王に向かって丁寧に一礼をしてから私を睨みつけて来ました。
「最低です……罪もない人々を殺すなんて、よくそんな事を……!貴女の事は、尊敬していました!でもそんな人だなんて、知らなかったからです!貴女は最低です!ご、ゴミです!勇者でもなんでもない、クズです!」
そう言い放ったタニャの言葉は、私の全身をめぐりました。大好きなタニャに、罵られる悦びと悲しみ。何よりその目。私の事を見下し、信じられないと言う目をしています。
例え演技だと分かっていても、私を興奮させるには十分すぎて、思わず跪いて足を舐めたくなってしまいました。
「はぁはぁ」
思わず息もあがってきましたが、私は深呼吸して落ち着かせます。
とりあえず、リシルさんの方は分かりませんが、タニャが演技で私を罵って来た事は分かりました。といってもかなり熱の入った演技で、周りからは本当に私を罵っているようにしか見えなかったでしょう。完璧です。
国王も、私を罵ったメイドの姿に大変満足したご様子です。
「……いいでしょう。この場はおとなしく捕まっておく事にします」
私はそう言って、抜いた剣を鞘に納めます。
私はリシルさんとタニャを、信じるという選択をとりました。リシルさんの発言の節々に気になる事があるし、特にタニャが国王の言い分を鵜呑みにして私の反論も聞かずにそんな口をきいて来るとは思えません。恐らくはリシルさん辺りに、そう言って罵るように仕向けられたのでしょう。ナイスです。
「賢明な判断だ。この場で抵抗しようものなら、その命はなかったものと思え」
国王が手で合図をすると、兵士たちが私に武器を向けたまま、近づいてきました。中には鉄の拘束具を持っている者がいて、それで私を拘束するつもりのようです。
「抵抗はしません。が、私に触れた者は殺します」
「何を言っているんだ、この女は」
「はっ。抵抗しないのに、触れた者は殺すだと?やれるもんならやってみろ、この犯罪者が」
嘲笑する兵士たち。中でも私の警告を無視した兵士が、そう意気込んで一気に私に近づいてきて、腕に掴みかかってきました。男の人の容赦のない力で掴み、乱暴にされる形となりましたが、私は言った通りに抵抗しません。
「あ?」
本当に、抵抗はしませんでしたよ。ただ、私の腕を掴んだ兵士の手が、突然真っ黒に変色してボロボロと崩れ落ちました。
枯凋の能力を発動させたからです。人に向かって使ったのは初めてでしたけど、ちゃんと発動するみたいで安心しました。
「──あ、ああああぁぁぁぁぁ!お、オレの腕が!?」
腐っていくのは、留まる事を知りません。手が落ちて、更に腕全体が黒く変色していくのを最初呆然と見守っていた兵士は、次の瞬間パニック状態に陥って地面を転げまわります。
駆け付けた兵士が治療に当たろうとしますが、腕がどんどん黒く染まって腐っていくのを、見ている事しかできません。
「貴様、一体何をしたぁ!」
兵士たちが、私に向かって怒鳴って来ます。抵抗しないと言っているのに、武器を向けられて今にも剣や槍で刺されそうな勢いですね。
「黙っていましたが、私の持つ能力は剣の力ではありません。枯凋という力で、触れた者を腐らせる能力を持っています。だから、私には触れないようにしてくださいね。触れたら、その男のように腐って死にますよ」
「っ……!」
私は笑顔で授かった能力をバラしました。
たった今実演したばかりですが、もう一度実演するためにサクラを抱き寄せてそのまま歩き出し、私に槍を向けていた兵士の前で止まります。私を目の前にして緊張した面持ちの兵士をよそに、私はその槍に軽く手で触れました。
すると、その槍が黒く変色して腐り始めます。私が触れた先端から炭と化し、兵士は慌てて槍を投げ捨てるに至りました。
「ひ、ひぃっ!」
武器を失った兵士は、腰が引けた様子で私と距離を取ります。
「ふふ」
その様子が滑稽で、思わず笑ってしまいました。笑いながら、私に向かって剣を向いている兵士を見ると、その兵士も一歩退きます。別の兵士を見ても、同様の反応を見せました。
「……」
そんな中で、タニャとサクラが地面を転げ回って苦しんでいる兵士を、心配そうに見ている事に気が付きました。私の警告を無視し、私に触れた彼はこのままでは死んでしまうでしょう。
別に、それで構わないとは思いますが……2人が助けたそうにしているので、仕方がありません。
「退いてください」
地面に横たわり、涙を流して声も出せないような状態に陥っている彼を、兵士たちが囲んで治療を施そうとしていました。でも腐るのは止まらず、黒く変色した物が腕からどんどん身体に近づいています。彼らに出来る事は、何もありません。
私はそんな彼らに近づいて、そう声を掛けました。
始めは私を睨んで武器を向け、言う事を聞いてくれませんでしたが、近づくと呆気なく離れていきました。仲間の兵士を置いて、です。薄情な人達ですね。
「……さて。生きたいですか?」
「ひぃ、いっ……ひ、いき、たい……!」
私を見て怯える彼の答えは、生きたい。私の警告を聞かなかった事が原因でこうなってしまったけど、それはまだ私の能力を知る前でした。それに、タニャとサクラの同情の目もあります。だから、初回のみのサービスです。
「では、じっとしていてください。少しでも動いたら、どうなるか分かりませんよ」
「はっ……はぁ、ひ」
私の警告通り、兵士は少しおとなしくなりました。それを確認した私は、剣を抜いて兵士が驚く間もなく、腐った腕に向かって振り下ろしました。
「ひぎゃああああぁぁぁぁぁ!」
私の剣は、兵士の腕をあっけなく切り落としました。まるでバターでも切るかのように、簡単に切れましたね。鮮血が噴き出して、同時に兵士の大きな悲鳴が響き渡ります。
「何をしているんですか。助けたいのなら、治療をしてください。このままでは出血多量で死にますよ」
私が近づくのを許可すると、兵士たちが集まって男を私から遠ざけ、素早く治療が開始されました。
私が腐った部分を切り落とした事により、この男がこれ以上腐る事はありません。代わりに腕を失う事になりましたが、命と比べたら安い代償でしょう。後は彼の仲間の兵士が彼を治療して、たぶん助かります。良かったですね。
「……貴様そのような能力を持ちながら……私を騙していたのか」
一連の出来事を黙って見ていた国王が、私を睨みつけながら言ってきました。
リシルさんとタニャも、目の前で私が起こして見せた出来事に驚いています。
触れた物を腐らせるなんて、不気味な能力ですよね。もしかしたら2人に嫌われてしまったのではないかと心配になりますが、今はそれを確認している場合ではありません。
「騙したという意識はありません。黙っていただけですので。それで、どうしますか?私を拘束しますか?それともこのまま連れて行きますか?」
「……」
国王が黙って拘束具を手に持っている兵士を見ましたが、その兵士は一瞬ビクリと身体を震わせて目を逸らしました。更に別の兵士も、私には近づきたくないといった様子で腰が引けています。
コレが、この国を守る優秀な兵士ですか。なんとも頼もしい限りです。
「……抵抗しないと言うのであれば、拘束はしない。ただし、おとなしくついてきてもらうぞ」
「それで結構です。始めからそうすべきでしたね。それからもう一つ警告しておきますが、私の物にも触れない方がいいですよ。下手に触ったりしたら、腐ってしまいますので」
私が暗に手を出さない方がいいと言っているのは、抱きしめているサクラです。
タニャとリシルさんは、表面上私の敵と言う立場になってしまったので、国王が手を出す心配はありません。でもサクラは違います。私の味方であり、私の物のまま。国王が手を出す可能性も考えられるので、先手を打って警告しておきました。
実際は、サクラに触れてそうなる事はないと思うんですけどね。試した事がないので何とも言えませんが、ハッタリとしてはかなりインパクトはあったと思います。この話を聞いた者は、実際に私が人を腐らせるシーンを目撃していますから。
「馬車を持ってこい!この罪人を乗せ、城に帰還する!」
警告に対し、国王が反応を示す事はありませんでした。でも、その意味は伝わったと思います。
それにしても、少し面倒な事になりましたね。帰ったらレイチェルが地下の迷宮を攻略していて、その奥地にあるタナトスの宝珠を壊して国王が慌てふためく姿が見れると思っていたのに……手を出すにしても、もう少し我慢してほしかったものです。
まぁいいです。馬車の中で少し休ませてもらいましょう。こちらはグリムダストの攻略で疲れている上に、怪我もしているんですから。そう思いながら、私は兵士たちに囲まれたまま、軽くあくびをしました。




