お出迎え
リュックの中身はボロボロでしたが、中にはまだ使える物もありました。特に、箱に入った包帯や傷薬などは無事に済んでいて、今はそれらを使ってサクラに治療してもらっている所です。
一生懸命私の身体に包帯を巻いてくれるサクラが可愛くて、感無量です。
でもたまに際どい所を触られて色っぽい声を出してみるものの、夢中になっているサクラはそれに対して無反応なのは、ちょっとつまらないですね。
「んっ、あっ……サクラ。本当に、噛まれた所は大丈夫なんですか?」
「は、はい。大丈夫です。追いつかれた時はもうダメかと思いましたが、エイミさんが助けてくれたおかげで無事でした!」
「いえ、私は間に合っていませんでしたよ……。無事で済んだのは、サクラの身体が頑丈すぎたためです。前からこんな感じなんですか?私と共に出かけるようになる前……ツカサさん達についていっていた時、襲われたりとか……」
「な、何度もあります。彼らはあまり、私を庇ってくれようとはしませんでしたから。でも、今回みたいに噛まれたりしても、無事で済みました。……分かっています。私のこの身体が、ちょっとおかしいという事は。でも、誰もその事を気に留める人はいませんでした。エイミさんが初めてです」
「本当にこの世界には、バカしかいないのでしょうか」
ただ気づいていなかっただけだとしても、それは愚かすぎます。
彼女の頑丈さは、ありとあらゆることに使う事ができます。頑丈なら死ぬ心配はありません。荷物持ちなどではなく、囮に使う事もできます。他にも、武器の試用の標的にしたり、盾に使ったりと、使い道はいくつもある。
いえ、実際そんな事に彼女を利用していたら、私は彼らを殺しますけどね。
「お、終わりました。痛く、ないですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます、サクラ」
私はサクラが包帯を巻いてくれた腕で、その頭を撫でながらお礼を言いました。
でも、荷物を破損させたのを気にしているのか、サクラはしょんぼりとしています。
「……サクラ」
「は、はひ──」
私はサクラが返事をする間もなく、その頭を胸に抱き寄せました。
「本当に、無事でよかったです。またみーちゃんのように、大切な方を失ってしまうのではないかとひやひやしたんですよ。サクラが無事でいてくれるのなら、荷物なんてどうでもいい」
「え、エイミさん!は、離し……!」
「荷物の事を、もう気にしないと言うなら離します」
「わ、わわ、分かりました!もう気にしません!だから……!」
サクラが呆気なく私の言う事を聞き入れてくれたので、残念ですがサクラを離します。その瞬間、顔を真っ赤に染めたサクラが私の胸から解放され、その場で自分の顔に手を当ててうずくまってしまいました。
これで少しは、私の想いが伝わったでしょうか。荷物なんて本当にどうでもいいんです。荷物の事をサクラに押し付けるつもりもありませんし、なのに気にされてしまったら荷物を捨てるように指示した私が責められている気分になってしまいます。
「分かってもらえて良かったです。では、次の階層へ行きましょうか」
「も、もうですか?エイミさん、怪我をしているのに……それにあんなに動き回って、体力も消耗しているんじゃ……」
「問題ありません。怪我はサクラに治療してもらいましたし、体力はサクラを抱きしめて回復しました。……というのは半分くらい冗談で、グリムダストの魔物がいつ外に飛び出してしまうか分かりません。一刻も早く攻略してしまいたいので、先を急ぎたいんです。ついてきてくれますか?」
「と、当然です!私はエイミさんの傍にいます!」
サクラは即答してくれました。
しかし、身体が万全ではないのに先に進むのは危険な事です。私にとっても、サクラにとってもリスクがある。それでも休む気になれないのは、やはりタニャの事があります。彼女を危険に晒しておいて、休む気にはなれません。
それに、この試練を乗り越えれば私はもっと強くなれる。それでもまだまだ足りないかもしれませんが、こうした試練を乗り越えれば乗り越える程、強くなっていく気がするんです。
だから多少のリスクがあるとしても、進まずにはいられません。自分のため、タニャのためにも、今は歩みを止める時ではないんです。
「では行きましょうか」
私はそう言ってサクラに向かって手を差し出しましたが、サクラはその手を取ってはくれませんでした。代わりに私の腕を肩にかけると、私の身体を支えるようにして密着して来ます。
少しでも私の力になろうと、私の身体を支える事にしてくれたようです。恥ずかしがり屋のこの子が、こんな大胆な行動に出て抱き着いてくれるなんて、私感動です。サクラの控えめながら確かにある胸の感触が、私の腕から送られて私の神経がそこに集中してしまいます。
「ありがとう、サクラ」
私はサクラにお礼を言いつつ、サクラと共に次の階層へと向かって歩き出します。
階層の奥にある穴を通り抜け、その先にあった階段を降りていき、洞窟の中をしばらく進んだ私たちを待っていたのは扉でした。古代の文明を彷彿とさせるようなその石の扉は、私たちにとっては見慣れた物です。これまでのグリムダストでは、この扉の先がグリムダストの最下層となっており、そこにタナトスの宝珠を守る木があり、そこにボスと言えるような強さを持つ魔物が待っている、というパターンです。
それを考えれば、この扉の先に待つのはボスと呼べる強さの魔物……。本来であれば、ここで休憩をしてから次へ行こうと言う所ですが、私は迷いなくその扉を開きにかかりました。
サクラは心配そうにしていますが、先へ進むと言う私の意思を知っていて、その上私についてくるという明確な意思を示したためか、黙って私に付いてきてくれます。相変わらず私の身体を支えてくれていますが、その手に力が入り、不安からか私にしがみつくような仕草となっていますね。
それでも私は進みます。扉に手をかけて、大きな石の扉が音をたてて開くと、現れたその先の道を躊躇なく歩いて行きます。
「……!」
最初は不安そうにしていたサクラですが、すぐに覚悟を決めたようで真っすぐに前を見て、私と共に進んでいきます。
やがて道が開けると、私たちの前に現れたのは大きな広間です。地面は水で濡れていて、広間中央には天に向かって生える木があります。上を見上げれば広がる闇。いつものグリムダスト最下層に辿り着きました。
さて、ボスはどこでしょうか。
「え、エイミさん!あそこ!」
慌てるサクラが指さした方向。木から生えるツタの陰から現れたそれを、私も捉えます。
身体は犬で、顔は人間。間違いなく魔物であり、その姿を見た瞬間に私は剣を握って構えました。
でもすぐにおかしな事に気が付きます。私たちの前に現れた魔物……。それがあまりにも小さすぎて、強そうに見えないんです。念のために他の魔物を探しますが、見当たりません。小さな人面犬一匹だけのようです。
「サクラ。ちょっと待っていてください」
私はそう言って、サクラを身体から離します。
いくら相手が弱そうに見えても、ここは最下層。油断する訳にはいかないので剣を抜いた状態で人面犬に近づくと、そちらから私に向かって突撃をしかけてきました。
「……」
速さは、普通。何も特出すべきことはありません。私は向かって来た人面犬に向かって剣を振りぬき、その人面犬の身体を切り裂きました。そして灰になって消えて、お終いです。
前の階層にいた、雑魚の人面犬と同じくらいの強さです。巨大な人面犬の比ではなく、あまりにも弱すぎる。むしろ巨大な人面犬こそ、ここにいるのが相応しく感じます。もしかして、配置を間違えたんでしょうか。
……何はともあれ、この階層を守るボスは倒しました。
「え、エイミさん。もう、終わりですか?」
「そうみたいです。他に魔物の姿はありませんし……もしかしたらボーナスステージだったのかもしれません。前の階層で頑張った私たちに対する、ご褒美だったりして」
とは言うものの、前の階層にいた巨大人面犬が他の人面犬に紛れずここにいてくれさえすれば、もっと楽に勝てた気もします。
まぁ楽に終わらせる事ができそうなので、細かい事を言うつもりはありません。私は駆け寄って来て、再び私の身体を支えるために密着してきてくれたサクラと共に、広間の中央の木に向かいます。そしてツタに囲まれていたタナトスの宝珠を取り出すと、その場で枯凋の能力を発動させて破壊しました。
上方の闇へと吸い込まれて始まったグリムダストの崩落と共に、タナトスの宝珠が壊された事によって生まれた光の粒子も、上空へと舞い上がっていきます。これで、このグリムダストの攻略は終了です。この地は魔物の脅威から逃れる事ができ、タニャの新しい安住の地は守られました。
私とサクラは足元に現れた紋章によって光に包まれ、気づけばグリムダストから放出されていました。放出されたその場所は、霧の晴れた町の真ん中です。入り口のあった、噴水の前ですね。入り口と一体化していた噴水はぐちゃぐちゃになって機能を果たしていませんが、元の場所にひっそりと佇んでいます。
「……さて。コレは一体、どういう状況でしょう」
外へ出た私たちの周囲。そこには大勢の兵士がいて、私に向かって武器を構えていました。武器を構えているという事は、敵意があるという事です。
「──早かったな。グリムダストの攻略、ご苦労である」
そんな兵士をかきわけて姿を現わしたのは、国王でした。白銀の鎧を身に纏い、派手な赤いマントを背に、宝石の散りばめられた立派な杖をついて頭の上には王冠を載せています。思えば謁見の間以外で初めて国王を見た気がしますが、その歩みは国を率いる者に相応しく、力強く迫力を感じさせます。
それにしても、何故国王がここに?もしかして、私を労うため?国王自らグリムダストを攻略し終わったばかりの勇者をお出迎えとは、いい心がけじゃないですか。初めての事に、私は思わず感心してしまいました。




