包囲網
プランDは、緊急時のためにサクラと予め決めておいた作戦の中の1つです。私に何かあって、サクラを助けてあげる事が出来ない時に、サクラが背負う大きな荷物を放り出して身軽になり、自分の身の安全を確保するという単純な作戦です。サクラも立派な勇者な一員ですからね。重い荷物を放り出せば、身軽になってとても素早く動けることは確認済みです。
だから今は、私がこの人面犬達を駆除するまで、サクラが逃げ切れる事を信じつつ、前だけを見ます。
まず私は、正面から飛び掛かって来た大型の人面犬をかいくぐるように身を低くして突っ込み、後ろに回り込みました。その先には後詰めの小型から中型の人面犬が待ち構えていましたが、私は剣を振りぬきそれらを排除します。
一瞬にして灰となった彼らを傍目に、正面の人面犬を斬りつけた勢いのまま、身体を反転。後ろを振り返りつつ更に剣を振りぬきます。
すると、背後から追いかけて来ていた人面犬に、剣先が当たりました。傷は浅かったですが、枯凋の能力は健在です。それにより腐り落ち、その人面犬も灰化。消滅。
でも、私を囲んでいた人面犬は、まだまだたくさんいます。それは正面にも、横にも、背後にも……あまりに多くて、攻撃が追いつきません。
「っ!」
オマケに、先ほど噛まれた足に鋭い痛みが走り、私は片膝を地面につきました。
その大きな隙を見逃す彼らではありません。一匹は、剣で突き刺して殺しました。だけど、他の人面犬は防ぎきれません。背後から、横から……次から次へと襲い来る人面犬の全てを防ぎきるのは、不可能でした。
私は、肩に、腕に、足に、お腹に、それぞれ噛みつかれて、痛みが走ります。一瞬にして私は全身を人面犬に噛みつかれ、普通なら身体がバラバラになって絶命している所です。
だけど、そうはなりません。私に噛みついた人面犬は、私の身体を噛み千切ろうとした次の瞬間には、腐り落ちています。
ちょっと無茶をしましたが、噛みつかせて処分するのは有効ですね。オマケに戦闘の材料となる血が手に入りました。本当に、便利な能力です。こんな状況でもなんとかなってしまうんですから、本当に大したものです。
「……」
噛みついていた人面犬は消え去り、自由になりました。私はすぐに立ち上がると、一番多く血が出ていそうな腕に剣のお腹を擦り付けてスライドさせ、次の攻撃に備えます。
敵の数は、まだまだたくさんです。包囲はまだ解けていません。オマケに、私に噛みついて消滅をした自分たちの仲間を見ても、何も怯んだ様子がありません。あくまで侵入者である私を倒すため、彼らが降伏する事も、逃げる事もありません。魔物とは、そういうもののようです。
「──鬱陶しい」
私は心の底から、その人面犬たちをそう思いました。どうせ死ぬのだから、諦めて消え失せてくれればいいのに。そうしてくれれば、早くサクラの下へと駆け付ける事ができる。
そのイラ立ちが、私の集中を更に高めて、体中の痛みを消し去ってくれました。
彼らに噛みついてもらえば、早く処分はできるでしょう。だけどそれでは、いくらなんでも私の身体が持ちません。勇者として召喚されたこの身体は、普通よりも頑丈のようですけど、限度と言う物があります。
噛ませて、腐らせる。良い作戦だとは思いますが、ここからは少し慎重に行きます。慌ててサクラの下に駆けつけようとして、私が動けなくなったら意味がありませんからね。
「ガ……」
私は、背後から私の足元に近づいて来た小型の人面犬の顔面を、振り向きざまに蹴り飛ばしました。その際に、足から溢れ出ていた私の血が一緒に飛んでいき、私を囲っていた人面犬に降りかかります。
「オオ……ォ……」
血に触れた人面犬は、血に触れた部分からもれなく腐り落ちていきます。
更に、私の隙を突いて動こうとした人面犬に向かい、剣を振りぬきました。空を切った私の剣ですが、そこから何かビームとかが出る訳ではありません。ただ、先ほど付けておいた私の血が飛んで、人面犬達を襲っただけです。
すかさず私は、正面の人面犬に向かって突撃。斬りつけて、腐らせます。襲い掛かろうとしてきた人面犬には、腕や足を振りぬいて血を浴びせ、腐らせつつ数を減らしていきます。
「オアアァァァ!」
その奥に待ち構えるかのように、大型の人面犬がいました。他の人面犬と比べると、一番大きなものよりも倍くらいの大きさがあります。勿論、他よりも大きなその巨体は、認識していました。でもこれまでは直接手を出してこず、見守っていたので放っておいたんです。
そしたらここに至り、ようやく動き出しました。まるで、他の人面犬達が殺されていくのに、我慢ができなくなったかのように咆哮をあげています。
「うるさいですよ。駄犬」
咆哮をあげる大型の人面犬に向かい、私は地を蹴り距離を詰めます。でも、すぐに足を止めました。
私の進行方向に、大型の犬が大きな前足を上げて、振り下ろしたからです。私の目の前の地面が、その一撃によって砕け散りました。地面が隆起し、その威力は計り知れない物があります。もし止まらなかったら、私はぺちゃんこでしたよ。
彼らの手足は形こそ犬のそれですが、犬のように可愛げはありません。灰色の、毛の生えていないそれは、まるで紙粘土で作られたかのように無機質で生気を感じさせない。そんな手足を持つ物に、人の顔がくっついているんだから、本当に気持ちが悪い。
私は、目の前に降って来て、地面を砕いたその手に向かって剣を振りぬきました。でも、剣で斬れた感触はありません。どうやら彼の身体は、頑丈のようです。まるで金属を叩いたかのような高い音が響き、私の剣ははじき返されてしまいました。
「オオ、オア……」
しかし、私の力は発動しています。私の剣が触れた個所が、黒く変色して腐り始めました。まもなくこの魔物も、腐り落ちて灰となるでしょう。
そう思ったのも束の間で、腐り始めた部分に、いきなり大きな瘤がボコリと飛び出したかと思うと、それが前足から分離されて地面に転がり落ちました。その瘤は、やがて黒く変色して腐り果てたかと思うと、灰になって消えていきます。どうやら、私が触れた部分を分離させ、難をのがれたようですね。
「オアァァ!」
腐って姿を消した瘤を見て、人面犬が咆哮をあげました。そして私に向かって突進してきて、再び大きな前足で地面を砕いてきました。私は地を蹴ってジャンプする事でその攻撃をかわすと、人面犬の頭を踏み台としてもう一段ジャンプ。そして背中に着地しました。
他の人面犬も、同時に私に向かって襲い掛かってきていましたが、大きな人面犬の攻撃に巻き込まれて吹っ飛んでいきます。一気に、数十匹は死にましたね。
私はその様子を伺いつつ、巨大人面犬の背中を剣で斬りつけます。硬い皮膚なので、傷がつく事はありません。それでもただがむしゃらに、攻撃を繰り返します。私が斬りつけた場所は、もれなく腐り始めています。その際に、私の身体から溢れ出る血が飛び散り、背中の各所に降り注いでそこも黒く変色して腐って行きました。
「オオ……オオオオォォォ!」
悲鳴のような叫び声をあげた人面犬が、暴れ始めました。どうやら、腐るのは痛いみたいです。
あまりにも必死に暴れ、捕まる場所もなくここに留まるのは難しそうなので、私は飛び降りる事にします。
人面犬から落ちて来たのは、私だけではありません。人面犬から生まれた大量の瘤が一緒に落ちてきて、地面へと降り注ぎます。落ちて来た私を狙って近づいて来た人面犬にその瘤が触れましたが、その人面犬は瘤と一緒にあえなく腐り落ちて死にました。
この大きな人面犬のおかげで、だいぶ数が減りましたね。手足をバタつかせて暴れる巨大な人面犬と、数の減った人面犬達では、私を包囲して動きを封じる力はもうありません。
彼らの事はとりあえず放っておくとして、問題はサクラです。周囲を素早く見渡してサクラの姿を探すけど、どこにもありません。
だけどこちらに背を向けて、どこかへと向かっていく人面犬の姿を発見しました。彼の向かっていく場所に、サクラがいる。そう確信した私は、すぐにそちらに向かって駆けだしました。
「サクラ!」
心配になって声を掛けながら、私は走ります。私が駆け抜けた跡には、血が垂れて道筋を作っていますが気にしません。それよりも、なによりも、サクラの身の安全を確かめなければ。そういう想いで走ります。
追いかけて邪魔をしてくる人面犬は、斬り捨てました。或いは、血をかけて腐らせ、足を止めません。
そうして急いだ先に見たのは、何かに群がる人面犬の山でした。それを見た瞬間、私は背筋に冷たい何かが走り、息を呑んで心臓が止まりました。
「──どきなさい」
私はそう呟くと、人面犬の山に向かって斬りかかりました。私の奇襲により、なす術もなく腐りゆく人面犬の山が崩れ落ちると、そこにいてほしかったけど、いてほしくなかった物が目に入ります。
「っ!」
私は頭の血管がブチ切れました。群がっていたものたちを殴り、斬りつけ、殺し、その全てを排除し終わると後に残ったのは灰と、うずくまっているサクラだけとなります。




