生きるためには
この国は今、危機を迎えている。各地にランダムに出現するようになった、モンスターの巣窟。ダンジョンの存在により、国土は最盛期の半分以上を失う事になり、失った地域には狂暴な魔物が根を張り、人が住めない環境になってしまった。
そこで、そんなダンジョンをどうにかするために、私が召喚された、という設定のようです。
そう語ったのは、胡散臭い笑顔の王子様です。ラスティライズさんから聞き及んでいた通りの状況に、陥っているようですね。
「是非とも、勇者エイミさんの手によって、この国を救っていただきたいのです。そのためなら、私は貴女に何でもする事を、ここに誓います」
正直言って、見ず知らずのこの人たちのために、私が命を張る気には、とてもではないですけど、なれませんね。
しかも、勝手に召喚をしておいて、自分たちを救ってくれなどと、どの口が言えるんですか。
「ちなみに、元の世界に帰してと言った場合、どうなるんでしょうか」
私の素朴な疑問に、場がざわつきます。王子様も、一瞬驚いた表情になりましたが、すぐに元の笑顔に戻ります。
「残念ながら、それはできません。我々は、召喚された勇者が元の世界に戻る方法を、知らないのです。なので、貴女に選択肢はありません。生きるためには、引き受けるしかないのです」
「……生きるため」
「はい」
その言葉が、私は気になりました。それは、もし断れば、私が命を落とす事になるという事です。恐らくは、この人たちに殺されるのでしょう。
元に戻す手段も分からないのに、召喚なんて勝手な事をして、しかも断れば殺す。本当に悪い人たちです。
でも、私はもう死んでますし、元の世界に戻るも何もないから、別に良いんですけどね。この人たちは召喚に成功したと言っているけど、私から見れば、コレは転生です。なので、召喚されたという意識が、私にはありません。
本当に召喚されたとして、今の話を聞かされたら、私はキレますね。前世での行いと同じような悲劇が、この場でおこっていたことでしょう。
それにしても、本当は自由気ままに、のんびりと転生先の人生を楽しみたい所ですが、どうしても、そういう訳にはいかないようです。
「……分かりました。ただし、目的のため、最大限に私に協力をすると、約束してください。また、そのための充分な富と、それなりの権力を要求します」
「おお……!もちろんです、エイミさん!貴女を、この国の勇者として迎えられる事を、私は嬉しく思います!」
「何を言っているんですか」
「はい……?」
「私を迎え入れる事ができるのは、この国のトップである人間です。王子である貴方の立場では、足りません。国王に、約束をさせてください。できなければ、私は勇者としての役割を、拒否します」
王子様に対し、少し生意気を言い過ぎましたかね。黒いフードの男の反応を見る限り、この王子様は中々に権力を持っていて、加えてこの笑顔の下には、別の顔が潜んでいると思われます。
私の勘に過ぎない事ですが、藪をつついて蛇が出てくる事も、考えられます。
「……なるほど、貴女は中々、慎重なお方なようだ。益々気に入りました」
しかし、恐れていた事態は、おきませんでした。相変わらず、へらへらとした態度の王子様は、そう言って優しく微笑みかけてきます。
それとは対照的に、私を召喚したという魔術師たちは戦々恐々といった様子です。どうやら、この人たちにとっては恐ろしい人でも、私にとっては恐ろしい存在にはなり得ないようです。そう言えば、最初に美しいと言われた事を思い出します。どうでもよすぎて忘れていましたが、どうやらこの人は、私に惚れているのかもしれません。
気持ち悪くて、背筋が凍り付く想いですが、コレは利用できるかもしれません。
「しかし、御心配には及びません。エイミさんを召喚するように指示したのは、私の父上である、国王です。加えて、手厚く迎えるように言われていますし、貴女に相応の富と権力が与えられる事は、約束をせずとも、決められている事ですからね」
「それでも、一度会わせてもらえますか?」
「勿論ですとも。さぁ、どうぞこちらへ」
そう言って、王子様は私に向かい、手を差し伸べて来ます。女性をエスコートする姿勢はいいですけど、たかだか階段を降りるのに、そんな物はいりません。私はその手をとることなく、王子様の横を通り過ぎて階段を降りました。
「どうかしましたか?早く、案内をしてください」
振り返ると、階段の中腹で呆然としていた王子様に、私は案内を促します。すると、差し伸べた手を握りしめ、相変わらずニコニコとしながら、私を追って階段を降りて来ました。
「……失礼しました。こちらへ、どうぞ」
そして、私を先導するように歩き出した王子様に、私も続いて歩きます。気になるのは、その後ろからついてくる、大勢の黒いフードの男たちです。更に、薄暗い石の廊下を歩く途中で、甲冑姿の兵士も合流し、私と王子様の周囲を固めてきます。
しばらく、そんな行列の中を歩き、出口と思われる、光が差す方向へと歩いていきます。やがて辿り着いた外の光景に、私は息を呑みました。
「っ……」
目の前に広がるのは、見た事のないような、澄んだ青い空。大きな白い雲に、見下ろせばどこまでも続くような、緑の大地。そんな大地のど真ん中に佇む、大きなお城と、それを囲む街。そこから視線を引き、遠くを見ると、所々に、不自然な霧がたちこめているのを、視る事が出来ます。
そんな景色を見下ろす事ができるこの場所は、空の上です。周囲には、空に浮いた島がいくつか空に浮かんでいて、その島の1つに、この場所はありました。




