約束の
お屋敷の中へと通された私たちは、広い客間に案内されました。そこには柔らかなソファや、クッションつきの豪華なイスに、仮眠用でしょうか。ベッドまで用意されています。いくら休憩とはいえ、長居をするつもりはありません。なのでベッドは余分に感じます。
「わー、見てください、エイミ様。お布団、ふかふかですよ」
でも、そんなベッドにダイブして、私にふかふかアピールをしてくるリシルさんが可愛いです。鎧のままベッドにダイブするのはどうかと思いますが、ベッドの上で無邪気にはしゃぐ鎧姿の美少女も悪くありません。
私も一緒に、そんな美少女とベッドの上で戯れたい所ですが、私の横には緊張した面持ちでソファに座っているナナシさんがいます。知らない土地で、知らない人の家にあげられて、ちょっと固くなってしまっているようですね。目を伏せて、出されたお茶のカップをぎこちない動きで口に運ぶナナシさんも、可愛いです。
1人にしてしまったら可愛そうなので、傍にいさせてもらいます。
「改めまして、よくぞ来てくださいました。近頃話題の勇者エイミ様に来ていただいて、誠に頼もしい限りでございます」
そんな状況で、マリアンナさんが立ったまま挨拶をしてくれました。私たちは座ったり、寝そべったままマリアンナさんの方へと目を向けました。
「勇者として、グリムダストの出現した地に赴くのは当然の事。必ずや、この地をこの霧から解放してみせます」
「前振りはいいから、早くエイミ様にタニャを会わせてあげたらどうですか、おばさま。エイミ様は、それが楽しみでここまで来たのよ?」
リシルさんが、直球でマリアンナさんにそう言ってくれました。ナイスアシストです。
「……私もそうしたいのですが、タニャが何やら恥ずかしがっていて、会いたがらないのです。会うのが嫌と言う訳ではないようなのですが、踏ん切りがつかない様子でして」
マリアンナさんも、タニャと私の関係は当然のように知っているようです。関係と言っても、恋人とか、夫婦とかそういう関係ではありませんよ。私たちはまだ、恋人同士にも至っていない、恋人になる直前のような間柄なのです。と、私は勝手に思っています。
「恥ずかしい?一体何故……」
そう思ったら、タニャとの約束の事を思い出しました。
「むふふ」
思い出して、私は思わず笑ってしまいました。それも、気持ち悪い笑い方だったと思います。
タニャとの約束。それは、私がグリムダストから無事に帰ったら、キスをしてくれると言う物です。その約束はきっと、今も有効のはず。じゃなければタニャが恥ずかしがる理由がありません。お手紙で、今生の別れのような事を書いて去っておいて、すぐに再会できそうになって恥ずかしがっている可能性もありますが、それはそんなに恥ずかしい事ではないでしょう。
とにかく、キスです。タニャのキスです。タニャにキスで出迎えてもらいます。私の頭の中は、それで一杯になりました。
「エイミ様、気持ち悪いですよぉ。まるで、これから可愛い女の子を犯しにいく猛獣のようです」
ベッドに寝そべったままのリシルさんに、そんな事を言われてしまいました。
「失礼な事を言わないでください。私はただ、タニャとの約束を思い出しただけです。タニャとは、私が無事にグリムダストから帰ったら、キスをしてもらう約束をしているんです。ただそれだけの事です。なんの問題もありませんし、倫理にも反していません」
「キッ……!」
それを聞いて、隣から声が聞こえました。慌てて口を塞いだのは、声が出せない事になっているナナシさんです。
純粋なこの子は、キスと聞いただけで顔を赤くして、オマケに声まであげようとしてしまいました。かろうじて止まりましたが、ちょっと危なかったですね。というか、キスと聞いただけで顔を赤くするナナシさんの純粋さに、私の中でナナシさんに対して感じる可愛さが更に増しました。
こんな純粋で優しい女の子に、鞭で打たれたり豚呼ばわりされたら、どんな気持ちなんでしょうか。
……想像して、ちょっと罪悪感が生まれてしまいました。私の心は汚れていますが、ナナシさんの心はこのまま清らかでいてほしいものです。
「……?」
その時でした。かすかにこのお部屋の扉から、物音が聞こえて来ました。外に誰かがいる。それを察知した私は、静かに立ち上がって扉の方へと歩み寄ります。
扉の前に立った私は、勢いよく扉を開け放ちました。
「ひゃ!?」
すると、扉の外にいた人物が声をあげて、驚いて頭を抱えました。
そこにいたのは、タニャです。相変わらずのメイド服姿に、私は目を奪われました。
タニャが身に着けているメイド服は、お城で着ていた物とはデザインが少し違って、こちらの方がスカートが短くなって脚を隠す布が少なくなっています。と言っても、膝下くらいまでの短さですけどね。他にもフリフリが増していたり、胸元が開いて鎖骨を見れるようになっていたりと、露出は増していますが下品さはありません。むしろ私はこちらの方が好きです。
「……」
「わっ、わっ……え、えい、エイミ様……!」
私を見て、頬を赤く染めて慌てだすタニャを、私は無言で抱きしめて迎え入れました。
私よりも、一回り小さなその身体は、華奢で胸もあまりありませんが、だけどとても良い匂いで抱きしめていると私に安心感をもたらしてくれます。この世界で初めてできた、気を許せる相手。可愛くて、私の目も心も奪った、私の大切なメイドさん。それがタニャです。
「思ったより、早い再会でしたね。あれから私は、グリムダストを攻略して無事にお城に帰りました。……貴女を巻き込んで、お城から追い出される形となってしまったのは、きっと私のせいです。ごめんなさい」
「え、エイミ様のせいではありません!私が、汚れた血だから──むぐっ」
自らを汚れた血だのと言おうとしたタニャの口を、私は自分の身体に強く押し付ける形で塞ぎました。
「そんな事を、貴女が言う必要はない。そんなつまらない事より、私との約束を覚えているわよね?」
「っ……!」
「私はそれが楽しみで、頑張ったの。頭のイカれた連中のせいで、せっかく無事に帰ったと言うのにご褒美をもらえなくなってしまったけど、その約束はまだ生きているわ。そうでしょ、タニャ。だから、貴女のその可憐で小さく柔らかな唇を、私に頂戴。ね、いいでしょう?いいわよね?」
私はタニャを抱擁から解放すると、代わりにタニャの手を両手でしっかりと握り、顔を近づけて訴えかけるように言いました。
だって、これで約束はもう無効ですなんて言われたら、嫌ですからね。そうなってしまったら、私は何を糧にして頑張ったのか、何を楽しみにしてここに来たのかも、分からなくなってしまいます。
「エイミ様はタニャの言っていた通り、血筋も気にせず本当にタニャを大切に思ってくださっていたようですね」
「……大切と言うか、おばさまの言いたい事も分かりますが、でもそれとは少しずれている気がします。だって、タニャに迫るエイミ様の目、獲物を狩ろうとする者の目ですもの。本当に犯してしまいそうな、本気の目です」
リシルさんが、なにやら失礼な事を言っています。私はただ、約束を果たそうとしているだけなのに。それなのに、犯そうとしているとか、そんな事を言われるのは心外です。そういうのはもっと雰囲気を作って、良い感じの流れでする物ですからね。私だって常識的な事は分かります。
「っ……!」
でも、気づくと私のすぐ後ろにナナシさんが立っていて、顔を真っ赤に染めて私の服を引っ張ってきていました。別に、何かを訴えかけようとしている訳ではありません。ただ恥ずかしそうな目で、私をじっと見つめるだけです。喋れない事になっているので、口を開こうとする事もありません。
それを見た私は、何かが一気に冷めていくのを感じました。別に、したくない訳ではありません。私は本気でタニャのキスを貰いたいですし、そのためにここに来たつもりです。でももしここでタニャとキスをしてしまったら、何故かナナシさんに申し訳ないような……そんな気がしてしまったんです。
勿論ナナシさんとはそういう関係ではありません。危険を共にして、それなりに仲良くなって深い関係になりかけだとは思っていますが、まだそこまで至っていないので浮気という訳でもないです。
でもできれば、そうなりたいです。タニャに対しても同じことを思っていますし、私は全ての可愛い女の子と仲良くなりたいんです。
「タニャ──」
キスはやめましょう──。
本当はしたくてたまりませんけど、今はその時ではない。そう口にしようとしましたが、それよりも早くタニャが動きました。
元々私とタニャとの顔の距離は、もう数センチしかありませんでした。互いに顔を少し近づければ、それだけで唇が重なってしまうような距離です。
「んっ……!」
「……」
顔を突き出したタニャの唇が、私と重なりました。目を瞑って、耳まで真っ赤に染まったタニャの顔が目の前にあります。
重なってしまったその瞬間に、私の中で理性のタガが外れました。私はタニャの頭に手を回して押さえると、その唇を貪るようにして吸い付きます。彼女の口の中に、自らの舌を侵入させてタニャの口内もたっぷりと味合わせていただきます。とても、美味しい。
「んっ。んぅ……ちゅぅ……んっ、はぁ!」
タニャが色っぽい声を漏らし、それが私に背徳感をもたらして興奮させてくれます。興奮した私は、更にタニャの口の中を蹂躙していきます。次の狙いは、タニャの舌です。でもタニャの舌は、私の舌から逃れようとして暴れ回っています。逃げ道はないのに、無駄な努力ですね。私は暴れ回るタニャの舌を舌で絡めとると、その動きを封じました。タニャの舌と私の舌は、互いの唾液を交換し合いながら、口の端から涎が垂れるのも気にせずに、一心不乱に絡み合います。
どれくらい、そうしていたでしょう。夢のような時間は、そろそろ終わりにしましょう。私は押さえていたタニャの頭を解放し、代わりに脱力して倒れそうになったタニャの身体を、抱きしめる形で支えます。
「ごちそうさまでした。約束、確かに果たしてもらいましたよ」
「はぁ……はぁ……」
放心しているのか、タニャは何も答えずに息を荒げて興奮した様子で私の腕の中にいます。
「──エイミ様。ちょっとやり過ぎです」
呆れたような声でそう言って来たのは、リシルさんです。リシルさんはいつの間にかベッドから起き上がって来ていて、私の服を握っているナナシさんの目を、後ろから両手を使って覆い隠していました。
確かに、ナナシさんにはちょっと刺激が強すぎたかもしれませんね。それを隠してくれたリシルさんの判断は、正しいと思います。
「本当に、仲の良いご様子で何よりです」
「コレを目の前にしてそう言えるおばさまを、私は尊敬します。……満足しましたか?」
「ええ、とても。何の文句もないくらい、満足しました。今ならグリムダストを一気に十個は潰せる勢いです」
「それは頼もしい限りです」
そう言ってくれはしたものの、リシルさんは相変わらずの呆れ顔でした。




