出迎えの老兵
天気は快晴。雲一つなく、青空がどこまでも広がっています。
そんな青空の下を、私は馬に乗ってゆっくりと進んでいます。お城を出てから2日程経過していますが、道中の村で宿をとって休憩できているので、体力的には消耗していません。むしろ、旅を共にしている方の可愛い寝顔が見る事ができて、みなぎっています。
「地図によると、もうすぐですね。た、楽しみですか?」
「……ええ。凄く」
私にそう尋ねてきたのは、旅を共にしているナナシさんです。ナナシさんも馬に乗っていて、私の横に並ぶと笑顔を見せて尋ねてくれました。
私たちが向かっているのは、グリムダストが発生したと言う辺境の長閑な村です。そこは長閑ながら、人民に強い影響力を持つとある貴族が納める地で、グリムダストを消し去るために勇者が派遣される事となりました。
そしてその影響力を持つ貴族と言うのが、タニャを預かってくれた伯爵なんですよ。そこにいけば、タニャと会える。合法的に、誰にも邪魔される事もなく、何も気にせずに、私はタニャと再会する事ができるんです。
そのためなら、グリムダストの1つや2つくらい、壊して見せますよ。
「それにしても、お天気が良すぎですねぇ。お肌が焼けちゃいます。帰りたい」
せっかくいい天気だと言うのに、そんなくだらない事を気にしている人がいます。私は白く透き通るようなお肌も好きですが、黒く焼けたお肌も好きですよ。
でも紫外線はシミになったり、お肌に対して良くない影響もあるので、それはちょっと気にしなくてはいけません。とはいえこれくらいの紫外線なら、素っ裸でいたりしなければ大した影響もないでしょうけどね。
「貴女が提案した作戦なんですから、ちゃんとしてくださいよ。リシルさん」
普段なら、私とナナシさん2人のコンビで向かうグリムダストの攻略ですが、今はそれに加えてリシルさんもいます。
リシルさんは銀色の鎧に身を包み、とても勇ましい格好をしながらも顔はベールで隠して紫外線を遮ると言う、お嬢様の部分も出しています。鎧はお姫様と言う身分を隠すため、比較的地味な物で私よりも目立ったりはしません。普通の、女剣士と言う感じですね。それにしては幼すぎますが……。
「ええ、ええ。分かっています。一応最後までやり遂げる予定なので、ご心配にはおよびません」
「それに関しては、心配していません。私が言うまでもなく、貴女は最後までやり遂げるでしょう。だけど油断だけはしないようにしてください。予想外の事なんて、いくらでも起こり得るんですからね」
「あら。エイミ様は私の能力を知っているはず。それなのに、そんな警告をいただけるのですか?」
「確かに貴女は、自らに降りかかる危機を察知できる。でもそれは、自らに降りかかる危機だけです。もし私やナナシさんに危機が降りかかってはぐれてしまい、一人になった貴女を誰が守るのですか?」
「ではそうならないようにしてください。期待していますよ、エイミ様」
「お任せください。貴女に降りかかる危険は、全て私が排除します」
笑顔でそう言われ、私の胸は何かに貫かれました。そして気づけば即答です。
そんな笑顔でそんな事を言われたら、頑張らない訳にはいかないじゃないですか。貴女の身は、私が責任をもって守ります。誰にも触れさせたり、汚れさせたりなんかしません。ご安心ください。
……いえ。そうではありませんね。危うく流されるところでした。
「エイミさんは、優しくて頼りになりますね」
「本当にそうですね。貴女はそんな優しくて頼りになるエイミ様に、感謝すべきですよ?父をだしぬいて奴隷から解放したなんて知ったら、父はきっと怒りますからね。かなりリスクの高い事をしたなぁと思います」
「わ、分かっています。エイミさんには、凄く感謝しているんです。だからいつか、恩返しをしたいと思っています」
「はぁ……貴女は私にとって、眩しすぎます。エイミ様にとっても、ですか」
呆れたように言うリシルさんの気持ちを、私は理解できます。
ナナシさんは恐らく、私が親切でナナシさんを解放したと信じているのでしょう。ですが実際は、私は可愛そうに思ってナナシさんを解放すると共に、自分の仲間に引き入れようと考えて行動をおこしたという裏の気持ちもあります。私の目論見通り、ナナシさんは私の仲間となり、オマケに有用な能力を持っているのでその利用価値は高いです。恩を感じてくれているので、裏切られる心配もない。
多少行動や性格に難を感じる事はありますが、それでも良い仲間を得る事ができて、大変満足しています。あと、女の子で可愛いのでなお良しです。
そういった私の気持ちを、彼女は察する事もなく私がただの優しい人という認識で付き従ってくれるんですから、その心は純粋以外のなにものでもないでしょう。
「ナナシさんは、純粋なんですよ。私やリシルさんとは違ってね」
「そうでしょうね。じゃなければ、この子は自分が救われた理由を考え、貴女に疑いを持つ。私なら自分の能力は隠し、貴女を出し抜いて陥れ、自由の身となるために暗躍するでしょう」
「そ、そんな、私がエイミさんを陥れるなんて……!」
「それは歪んだ心を持つ貴女だけですよ。せめて解放されたという感謝の気持ちだけは、持ってください。そしてナナシさん程とはいいませんが、しばらくタダ働きをするとか、その身を捧げて百合の花を咲かせるとか、色々としてください」
「私はノーマルなんです。だからちょっと、そういうのはできません」
頬を赤らめて恥ずかし気に言うリシルさんですが、私の言った言葉の意味を理解しているあたり、やはり転生者だという事を感じさせられます。それも、同郷ですね。
ナナシさんは首を傾げて意味が分かっていないようですが、こちらは単に知らないだけでしょう。
そうして楽しくお話をしている時でした。道の向こうから、人を乗せた馬が駆けてくるのに気が付きました。数は、3。乗っているのは、兵隊さんですね。リシルさんが着ているのと似たような、銀色の鎧を身に着けています。
「……後ろに下がってください」
敵ではないでしょうけど、一応警戒はします。私は馬を操って2人の前に出て、道の向こうから来る彼らを迎えました。
「勇者エイミだな」
彼らを代表して、立派な白ひげを生やしたおじいさん兵士が、私に向かって尋ねて来ました。
このおじいさん、顔が傷だらけで目つきも鋭くて怖いです。髪の毛まで白くて、完全におじいさんなんですけど背筋はピンと張って真っすぐで、身体も大きいです。他の若い兵士とは、実力も経験も比べ物にならないくらいありそうですね。ハッキリ言って、凄く強そうです。
「そうです」
「あまりに遅いので、お前の派遣先であるテルフロックから迎えに来たのだ。一体どこで道草を食っていた」
乗っている大きな馬と、大きな身体も相まって、このおじいさん兵士は私を遥かなる高みから見下ろして、高圧的に尋ねて来ました。
実際は、感じているほどの差がある訳ではありません。おじいさんの気迫で、まるで見下ろされているかのような感覚になってしまっているんです。
「別に、道草など食っていません。私たちは出来る限りのスピードで、テルフロックに向かっている所です。ですが、出迎えはご苦労様です。ここからは道案内をお願いしますね」
「貴様……!遅れておいて、そんな態度でいいと思っているのか!?」
「まずは遅れてきた事に対する謝罪をしろ!」
確かに、いつもよりは時間がかかっているかもしれませんね。というのも、同行者にリシルさんがいるからです。
自由奔放で、好奇心旺盛な彼女は、興味ある物を見つけると事あるごとに足を止めますから……。木や、花や虫。彼女はそれらに引き寄せられ、それに付き合っていたら、遅れてしまったんです。
ちなみに興味深そうにそれらを見つめる彼女は、可愛かったです。付き合わない訳にはいきません。
「……」
高圧的な態度をとってくる若い兵士に対し、私はどう返そうかと悩みます。無駄な面倒を起こすつもりはありませんし、ここは素直に謝罪を……絶対に嫌ですね。相手が女の子ならまだしも、こちらの事情も知らずに怒ってくる男相手に謝る気にはなれません。
だから思わず、睨んで返してしまいました。
「き、貴様っ……!」
その目つきが気に入らないのか、兵士が何か言いたげにしますが、私の目を見た馬が引き下がりました。兵士も怖気づいたのか、言葉が続きません。
一気に不穏な空気になりましたが、それを払ったのはおじいさん兵士でした。
「──ガハハ!まぁ良い!遅れてきたと言っても、騒ぐ程ではない。それに、男を相手に物怖じしないその気概、気に入った。わしの女房にそっくりではないか!むしろ女房と話しているようだ!」
おじいさん兵士は、大きな声で笑って言いました。
「で、でも、ガリウス様!」
「いいから、もう黙っておけ。遅れた事に関して、これ以上言うのはなしだ。良いな」
「……は、はい」
若い兵士は気に入らないようですが、おじいさん兵士に言われて黙り込みました。
「よく来てくれたな、勇者エイミ殿。儂の名は、ガリウス・ノートン。しがない辺境の老兵だ。ここからは、儂が案内させてもらう。と言っても、目的地まではもうあと僅か──……」
そう言いながら、私たち3人にそれぞれ目を配ったおじいさん兵士……ガリウスさんが、固まりました。その視線の先には、リシルさんがいます。
リシルさんは、ガリウスさんに向かって軽く手を振って、親し気な様子を見せています。お知り合いなんでしょうか。




