作戦
危機察知の能力。それは読んで字のごとく、危機を察知する能力です。
ラスティライズさんから提示された能力の中にしっかりとあったそれは、自らの安全を脅かす物が、見ただけで分かるようになります。どう分かるのかは、実際に力を手に入れた訳ではないので分かりません。
能力については、まぁいいでしょう。問題は、この世界の人も能力を持っているという事です。この能力は、転生特典じゃありませんでしたっけ。
それを前提とすれば、一つの事実が浮かび上がってきます。
「──貴女は転生者ですか?」
「秘密です」
リシルさんは、笑顔で私に答えました。
凄く、良い笑顔です。可愛いので、深く聞くのはやめておきます。
でも、隠すという事は答えも出ています。能力は、転生によってもたらされるもの。その前提が崩されては、私の今後の活動にも支障が出ますからね。それだけ分かれば、充分です。
「……私は、私の能力によって、私の身の安全を脅かす存在が分かる。父のしようとしていることは、ナナシさんの言う通り、この世界を破滅させる物です。ハッキリと、私も断言しますよ。例え私がこの世界のどこへ逃げようとも、私は父の愚行によって死ぬでしょう。だから、止めなければいけないんです。私の、平和で安全な暮らしのために」
「そのためにも、まずは国王の目的を知る事ですね。それから、国王が集めたタナトスの宝珠への道筋を調べる事。いざという時のため、味方も必要です。ただし、国王に察知されないよう慎重に。場合によっては、殺す事も考える必要があります」
「一国の王を殺すのは、容易な事ではありません。別に殺すのはいいけれど、タナトスの宝珠への道筋は父しか知らないのよ?父を殺したとして、大きくなったタナトスの宝珠が放置されてしまっては意味がないわ」
自分の家族を殺すと言う提案を、自らの安全のために認めるリシルさんに、私は惚れ惚れとしてしまいます。それほどまでに、この子は安全を愛している。自分の家族以上に……。
「そこは、貴女の力でどうにかなりませんか?貴女は皆に愛されるお姫様。貴女がお願いすれば、道順をポロリと教えてくれたりしたりはしないのですか?」
「しないでしょうね。父は私を大切に愛しつつも、そう言った事は一切漏らしたりはしません。それは素晴らしい事だとは思いますが、それが仇となっているんです。それができるなら、私もとっくにやっていますよ」
「勿論、密かに跡をつける事もできませんよね」
「できません。入り口は見張られていますし、そもそも父以外の者が中に入る事はありません。そんな所に足を踏み入れようとすれば、警備の者に止められて騒ぎとなり、父も外に出て来るでしょう。仮に目を欺いて中に入れたとしても、あの中を父に気づかれずに跡をつけるのは至難の業です。捕まえて脅して吐かせようとしても、頑固な父は絶対に吐きません。例え死ぬほど辛い拷問を受けようとも、です」
「分かりました。では、狙うべきは兄のヴァンフットさんだと言いたいのですね」
「ぷっ。ええ、ええ。その通りです。兄なら道を知っていて、父よりも狙いやすい。拷問して吐かせてもいいですが、兄の場合そのような事をする必要はありません。騙して、利用すれば道を吐かせる事も簡単です」
私の言葉に噴き出して笑ったリシルさんが、楽しそうな笑顔になりました。笑顔と言っても、先程見せた美少女の笑顔ではなく、美少女台無しの猟奇的な笑顔です。
「そうは言いますが、国王もきっとヴァンフットさんに関しては警戒していますよ。他に唯一タナトスの宝珠への道筋を知っている彼は、国王にとっては守るべき大切な存在……。簡単に手を出させてはくれないでしょう」
「だから、良いのです。貴女が兄と接触し、地下の迷宮の事を探ろうとすればすぐに父の耳に入ります。父は慌てて兄を匿い、貴女を処分する。そうなれば、さすがの兄も地下に何があるのか気になって、見に行くでしょう。でも臆病者の兄は、一人では決して行動を起こしません。そこで私が協力を申し出て、一緒に地下を探ります。完璧です」
「ちょっと待ってください。その作戦ですと、私が処分されています」
「はい。されていますよ?」
「却下です。もっとマシな作戦を考えてください」
「むー」
本人に処分される事を前提で話す人を、初めて見ました。本当にこの子は、自分の身の安全しか考えていない。それとも、ただの冗談のつもりだったんでしょうか。子供のように、頬を膨らませて可愛らしく抗議するその姿は、私にそう思わせます。
「ヴァンフットさんに、地下に対しての興味を持たせればそれでいいでしょう。私がしゃしゃり出て処分される必要はありません」
「そう言うと思って、兄には既に地下に対して興味を持つように仕向けています。兄の婚約者に、地下にとんでもないお宝が眠っていて、それを手に入れれば永遠の美貌が手に入ると言う話をしておいたんです。表面上疑っていた彼女ですが、アレは絶対に兄を利用して探りますよ」
どうやら、本当に冗談だったようですね。既にこの子は動いていて、仕向けていたんじゃないですか。安心しましたが、でもまだ懸念はあります。
「ですが国王の目を他へ向けておかなければ、国王はすぐに察知してヴァンフットさんに地下を探らせないでしょう。それに、ヴァンフットさんが国王の協力者と言う可能性も排除できません。そもそも、そんな永遠の美貌とか、夢みたいな事に踊らされてガラティアさんが動くでしょうか」
「動きますよぉ。それから、兄が父の協力者という事もありません。貴女は私の言う通りに動いてくれれば、それで全てが上手くいきます。だから安心してください」
この自信は、一体どこから出てくるのでしょうか。この子の作戦は、あまりにも楽観的過ぎます。穴だらけで、私なら絶対に思いつかないような、そんな作戦です。でもこの子がそう言いうと、そうなりそうだから不思議です。
とはいえこの話に乗るのは、あまりにも危険すぎる。私だけならまだしも、ナナシさんまで危険な橋を渡らせる訳にはいきません。でも、国王の行いを止めるには協力者の存在が不可欠です。私だけでは、一国の国王を相手にするには荷が重すぎます。
「──いいでしょう。しばらく貴女の言う通りに動いてあげます。ただし、少しでも変な気を起こすようでしたら……具体的には、私やナナシさん。それにタニャなど私と仲の良い者に手を出そうものなら、その時は裏切らせてもらいます」
「安心してください。私は貴女を高く買っています。貴女を怒らせたらいけないと、今この場で話してみて分かりました。貴女の気に障るような事はしないと約束します。だから貴女も、私を怒らせないでくださいね」
「……ええ。私も貴女と話してみて、貴女を敵に回してはいけないと思いました。だから、協力させてもらいます」
リシルさんは私に、満足げに笑って返して私も笑いました。
お姫様であるリシルさんの協力があれば、きっと国王に対抗できるでしょう。この子はちょっと危険な香りはしますが、自らの安全を愛すると言うのなら、目的を果たすまでは裏切られる心配はないでしょう。それに、可愛いです。喜んで協力させてもらいます。
それにしても、国王も難儀な子供を持ったものですね。片や無能の長男に、有能だけどその爪を隠した、自己愛の強いお姫様……。どちらも嫌ですね。
「──失礼します。お茶をお持ちしました」
そこへ部屋の扉を開いて姿を現わしたのは、キッチンワゴンにお茶の道具を乗せ、それを押すレイチェルです。
話が終わったタイミングで、ちょっとタイミングが良すぎますね。外で様子を伺っていたのでしょうか。
「ところでレイチェル。エイミ様はナナシ様の首輪を、どこで手に入れたと思います?」
「っ!」
リシルさんはレイチェルに目を向ける事もなく、レイチェルにそう尋ねました。尋ねられたレイチェルは、その場で固まって身動きしなくなりました。瞬きもせず、その場で固まるレイチェルの様子は、普段のクールな彼女のイメージを壊します。
「……それは──」
「まさか、レイチェルが用意した物ではありませんよね?」
「違いますよ。ナナシさんの首輪は、私が独自のルートで用意した物です。ですから、これ以上の詮索はお止めください」
私は咄嗟に、リシルさんにそう訴えました。それを素直に受け取る彼女ではないでしょう。この世界に来て間もない私の、独自のルートってなんだよとツッコミたいんじゃないでしょうか。
実際、この首輪を用意してくれたのはレイチェルです。先ほどは、レイチェルから首輪の話を既に聞いていたのではないかと勘繰りましたが、どうやら違うみたいですね。リシルさんは、素で偽物の首輪だと見破ったのです。大した観察力ですね。
レイチェルは、首輪の事をリシルさんには話していない。そして、レイチェルが用意してくれた物だという事がリシルさんにバレると、レイチェルが怒られる。そんな雰囲気がびんびんに出ています。私がお願いした事で、レイチェルが怒られるのは嫌です。だから口を出させてもらいました。
「……」
「……」
やや、沈黙が流れました。口角を吊り上げ、猟奇的な笑顔を浮かべるリシルさんは、相変わらずレイチェルの方を見る事はありません。私の方を見続けています。
「そう言う事にしておきましょう。それじゃあ、早くお茶を貰える?喉が渇いてしまったの」
「は、い……。すぐに」
再び動き出したレイチェルですが、その動きはぎこちないです。それだけ、私の目の前にいるリシルさんが怖いと言う事ですね。
気持ちは分かりますよ。この手の人は、怒ったらとても怖いんです。もし私がドジをしたら、どんな風に叱りつけてくれるのでしょうか。あんなふうや、こんなふう?妄想がはかどります。




