召喚
次に目を開くと、私は大勢の黒いローブを羽織った男たちに、囲まれていました。
場所は薄暗く、石でできた建物の、不気味な場所です。周囲には、何本もの石の柱が立ち並び、天井を支えています。ただ広いだけの空間の中で、私は何かの儀式に使われるような、石の祭壇の上に立っています。
その祭壇の下で、男たちが私を見上げて何やら騒いでいるのですが、声が聞き取れません。私を囲う光の壁が、声を遮断しているようです。が、その光の壁も、やがてその姿を消していき、収まりました。
「おお!成功だ!新たな勇者様の召喚に成功したぞ!」
光が収まると、彼らはそんな事を口にしていました。
まず、欧米風な顔つきの彼らの言葉が、私の耳に、私のよく知る言語で入って来た事に、驚きます。言葉が通じる事に、大きな安心感を覚えましたが、違和感の方が大きいですね。
そんな彼らが騒いている、勇者の召喚という言葉が、気になります。勇者の召喚……それは、ラスティライズさんの言っていた通り、私は勇者として、召喚されたという事でしょうか。
いえ、そもそも、私は本当に転生したと言う事になるのでしょうか。それともここは、まだ夢の途中?いずれにせよ、まだ確信はありません。
「美しい……!」
考え事をしていると、祭壇に上がってくる、一人の男性がいました。
美しい金髪をオールバックにした、背の高い男性です。体格は、どちらかというと、ほっそりですね。鋭い目つきでありながら、ニコリと笑って見せるその笑顔は、さぞかしモテそうです。
白銀の鎧に身を包んだ、そんな彼の腰には、宝石の散りばめられた、剣が差してあります。
武器を持つ者が近づいて来た事により、私は警戒し、後ろへと引き下がると、彼はその歩みを止めました。
「し、失礼しました、勇者様。私は、貴女の敵ではありません。女性に対し、ご無礼にもいきなり近づくなんて、警戒されて当然ですよね」
そう言って、平謝りをしながら笑いかけてくる彼は、本当に、鬱陶しいくらいのイケメンです。
当然ですが、私の好みではありません。私の好みは、美しく、汚れを知らない、気高き乙女です。有体に言って、女の子が好きなので、だから男には興味がないんです。
「ええ、本当に、礼儀がなっていないようですね。私は丸腰で、貴方は武器を持っている。そんな方に近づかれたら、怖くて震えてしまうのは、当然です。もう少し、気を使ってください」
「申し訳ございませんでした、勇者様。ご無礼を、重ねてお詫び申し上げます」
胸に手を当て、頭を私に向かって下げてくる彼は、果たして本当に、私に謝る気があるのでしょうか。だって、顔が笑ったままですからね。
しかし、こういう低姿勢な態度は、好感が持てます。顔が笑ったままなのは、それほどの事をしていないから、という事にしておきましょう。
それにしても、胡散臭い笑顔です。裏に、何かを隠し持っている事が、手に取るように分かります。
しかし、裏を隠して、表面上だけでもしっかりとする事は、大切です。表面も、内面も汚れてしまっていたら、それはもう、救いようのないゴミでしかありませんからね。
「無礼な!こちらの方は、我がエリュシアル王国第一王子である、ヴァンフット・アルザタール・エリュシアル様であられるぞ!」
黒いフードを被った男の一人が、私に向かい、そう怒鳴りつけて来ました。
「王子……」
王子と聞くと、絵本やファンタジー小説の王子様が、頭に浮かびます。この男が、その王子ですか。
確かに、見た目だけは、よく聞く王子像に相応しきイケメンです。
「たとえ勇者と言えど──」
祭壇に上がって来た、黒いフードの男が、凄い剣幕で私に近寄ってきます。相当お怒りのようで、腰につけた剣を、抜かんとするばかりの勢いです。
「──え?どうして、彼女に近づこうとするの?」
王子の横を通り過ぎて、私に近づこうとしたその男を、王子は呼び止めました。相変わらず、ニコニコと笑ってはいますが、その言葉には僅かながらの、怒気が籠められています。
その言葉を聞き、黒いフードの男は、その歩みを止めました。
「ば、ヴァンフット王子様に、無礼な態度をとった勇者に謝罪をさせようと……」
「いらないよ。余計な事はしないで。それより、たった今彼女が言ったばかりじゃないか。丸腰の女の子に、武器を持った男がそんな怖い顔をして近づいたら、怖いでしょ」
「しかし……!」
「口答え、するの?君って、そんなに偉い人だったんだね。ボク、知らなかったよ」
「も、申し訳ございません……!」
「もういいよ。分かったのなら、下がって」
ため息交じりに、笑顔のままそういう王子様の笑顔は、とても冷たい笑顔でした。やはり、その笑顔の下には、何か別の顔がありそうです。
そんな王子の命令通り、黒いフードの男が、上がろうとしていた祭壇から、慌てて去っていきました。
周囲は、現れた私を見てお祭り騒ぎだったのが、嘘のように静まり返ります。去って行った、黒いフードの男のせいで、不機嫌になったこの、王子様の影響ですね。
「さて、勇者様。とりあえず、お名前をお聞かせ願えますでしょうか。私は、先ほどの無礼な者が言っていた通りですが……もう一度、自分の口から自己紹介をさせていただきますね。ヴァンフット・アルザタール・エリュシアルと申します。一応は、この国の王子です」
王子様は、不機嫌な態度を振り退けて、私に甘い笑顔を向け、自己紹介をしてきました。
とりあえずは、歓迎してくれているようですし、警戒をする必要はなさそうですね。
「……桐山 エイミと申します」
「エイミさん……。エイミさん、ですか。なんて、美しい名前なんだ」
ナンパの、常套句ですか。虫唾が走るような事を言ってくる王子様に、私は苛立ちを隠せません。キッと睨みつけますが、王子様は笑顔で返すだけで、私の苛立ちを察した様子はありませんでした。