命の源
地面を這って接近してきた魔物に対して、私は地を蹴りジャンプしました。そして空中で一回転して魔物を飛び越えると、背後に回り込む事に成功します。
私の方を背中をふんぞり返らせて、顔を逆さまにして見てくる魔物が、慌ててバッグして私の方へと近づいてきます。
「……気持ち悪い」
素直に感想を述べながら、私は魔物へと向かって駆けだします。尻尾の方を高くあげた上で、手足を構えて臨戦態勢を取る魔物が、近づいて来た私に向かって尻尾を勢いよく振り落としてきました。
手足は砕いた地面を更に、握ったり蹴り潰したりと独自の動きを見せて、私を砕こうとしています。しかし当然、私はもうそこにはいません。降り注いだ尻尾を横に飛んでかわした私は、側面へと回り込んで魔物の手足に向かって剣を振りぬきました。
「っ!?」
でもそれは、空を切りました。完全にとらえたと思ったのに、魔物は側面の手足を踏ん張ると、半身を浮かばせて片輪走行のような体勢をとり、私の攻撃を避けて見せたのです。
とそこへ、のけぞらせていた顔が私に向かってやってきました。身体は傾けたまま、のけぞらせていた背中を戻す勢いを利用して、鞭のように自分の身体を繰り出してきます。それは本当に、凄い勢いで私の目の前を通り過ぎました。
気づくと私が一瞬先までいた場所の地面が、抉られています。抉られた地面は勢いよく飛んでいき、壁に当たって砕け散りました。
「オオ……ォ?」
魔物も避けられたのが不思議と言った感じで、首を傾げています。
これまでの、ムカデ型の魔物とは格が違う。それは見ただけで分かってはいましたが、ここまでとは想定外でした。
1人で……いえ、2人でしたね。たったの2人で来たのは間違いだったかもしれませんが、正解でもありましたね。こんなの、守るどころではありません。他の3人の勇者を連れて来てしまったら、死者が出る事になりかねない所でした。
「ふふ」
私は思いきり暴れる事ができそうだと思い、思わず笑ってしまいます。
命がけの戦いは、もうこりごりだと思っていたのにコレですよ。そんな自分に、若干の嫌気を感じつつも昂る心は抑えられません。
未だに身体を傾けたままの魔物に向かい、私は駆けだしました。すぐに魔物が反応し、傾けた身体を下ろして私を潰そうとしてきています。だから私はいきなり走るのをやめて、その身体が落ちてくる直前の場所で立ち止まりました。
それに気づいて身体を止めようとした魔物ですが、遅かったですね。魔物の身体は私の目の前にふってきて、何もない地面を潰しただけです。その目の前に降って来た手足を、私は剣で斬りつけました。
「オオォ……!」
魔物が鳴き声をあげて痛がりますが、容赦しません。できるだけ多くの手足を斬りつけた私は、反撃をされる前に距離をとります。
手足は思いのほか、頑丈でした。けっこう強めに斬りつけたつもりでしたが、傷は浅く少し血がでる程度の傷しか与えられません。それなのにそんな痛そうな仕草を見せるなんて、まるで子供のようですね。
──痛いのは、これからだと言うのに。
「オオオオオォ!」
一際大きく、魔物が鳴き声をあげました。私が斬りつけた手足が、腐って黒く変色し始めたためです。腐った手足は、ボトボトと胴体から剥がれ落ちて地面に落ちていきます。落ちた手足はまるで枯葉の様に変色し、水分を失った手足はそのまま黒い液体へと姿を変えて、酷い臭いを放ちます。
できればナナシさんにも隠すつもりでしたが、相手の強さ的にそれは無理そうなので、解禁です。でも隅っこで隠れて様子を伺っているナナシさんの様子を伺いますが、彼女は特に驚いた顔を見せてはくれませんでした。
おかしいですね。絶対に驚くと思っていたのに、予想外の反応です。
「オオオオオォォ……」
何本かの手足を失った魔物は、忌々し気な目で私の方を睨みつけて来ました。どうやら、怒ったみたいです。いくつもの手足をバタバタとして暴れさせ、私を威嚇してきます。その内の何本かの手足は腐り落ちていますけどね。
でも想定外だったのは、腐り落ちて何もなくなったはずの場所に、再び手足が生えて来た事でしょうか。
驚きましたよ。緑色の液体と共に、いきなり手足が生えて来たんですから。コレで、私の与えたダメージはなくなったという訳ですよね。狡くないですか?まぁ気持ち悪いので、その能力が欲しいとは思いませんけど。
「オォ!オオオォォ!」
手足を再生した魔物が、再び私に向かって襲い掛かってきました。横向きで、カニ歩きの様にして私に襲い掛かってきます。そのおかげで横幅が広くなり、逃げ道を狭めるという作戦ですね。
剣を構え、さてどうやって避けようかという時でした。私の腕に、背後から掴まって来た人物がいます。
見ると、普通にナナシさんがいる訳なのですが、今がどういう状況なのか分かっているのでしょうか。私に向かって来るムカデの化け物。私の腕に抱き着いて、私の動きを邪魔してくるナナシさん。もしかしてこの子は、私を殺そうとしている……?
「っ……!」
一瞬疑ってしまいましたが、そうではなさそうです。ナナシさんは魔物を指さして、必死に何かを訴えて来ます。
それが何を示そうとしているのか、喋れないナナシさんに問う暇はありません。とにかくナナシさんはある一点を指さして、何かを訴えているのです。
「──分かりましたから、腕を離してください。これじゃあ、何もできませんよ」
「……」
私は、興奮している様子のナナシさんをなだめるように、その頭の上に手をのせてできるだけ優しい口調で言いました。すると、ナナシさんにもそれが伝わって、手を離してくれました。
それで自由の身となった私は、すぐ目の前までせまっている魔物を睨みつけます。
「右側前から七番目の手、どうしてそれを使わないのか私も気になっていました。更によく見ると、あと四か所使わずに庇っている手がありますよね。もしかしてそれが、貴方の弱点という奴なのでしょうか」
私はそう呟きながら、魔物へと向かって突撃を開始しました。突撃をした私は、横向きに向かってくる魔物の手足の隙間を狙って、滑り込みます。その際に、魔物が庇うようにして使っていなかった手を斬りつけました。更に、その反対側でも同じように庇っていた、こちらは足を斬りつけます。
「オオオオオオォ!」
庇っていた手足が腐り落ちると、魔物は一際大きな悲鳴を上げました。すると同時に、切り落としたのはその2本だけなのに関わらず、他の手足もボトボトと地面に落ちて、魔物の身体を支えていた手足があっという間に残り数本となってしまいました。
「なるほど。この手足が、貴方の命の源でしたか」
「オォ、オォォォ……」
残った手足を駆使し、胴体を動かして私への殺意を消さない魔物ですが、その動きは多くの手足を失った事によってかなり鈍くなっています。さて、残る手足はあと数本ですね。
動きの鈍くなった魔物を斬りつけるのは、簡単です。残りの、魔物が庇っていた手足を、私はゆったりとした動きで斬りつけます。
「オオオォォォ!」
私に斬られ、少しずつ腐る手足に、魔物が叫び声をあげます。すると、残りの手足もそれに呼応するようにして落ちていきました。全ての手足を失った魔物は、その身体の末端から塵となり始め、それから逃れるように必死に体をくねる魔物ですが、逃れる事はできません。
やがて、胴体が完全に塵と化した魔物は、顔までもが塵と化し、完全に姿を消しました。
終わってみれば、呆気のないものです。ただ、パーティを組むようになってから一番の強敵であったことは間違いありません。
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