平行線
私の問いかけに、他の皆さんが静まり返りました。
私は何も、おかしな事を聞いていないと思います。だって、ナナシさんが国王に対して反旗を翻したのは分かりましたが、それによってツカサさん達に危害が加わった訳ではありません。であれば、ツカサさん達がナナシさんを虐める理由がないじゃないですか。
「君は話を聞いていたのか……?ナナシは国王様に反逆した犯罪者だ。犯罪を犯した者が虐げられる事に、何故違和感を感じる」
「その通りですよ、エイミさん。ナナシさんは、犯罪者。本来であれば、命を奪われる身。それを国王様のお情けで生かしてもらっているに過ぎません」
「はぁ……」
つまり、理由はないという事ですね。私はツカサさんとイズミさんの意見を聞いて、呆れかえってしまいました。
分かりますよ。人の心理とは所詮そんなものです。自分とは意見が合わない物。得体の知れないもの。弱者。可愛くないもの。醜いもの。周りに合わせられないもの。集団の中にいる限り、そう言った者達は虐げられる運命にあります。
ナナシさんは、ツカサさんとイズミさんやミコトさんとは違い、転生前に関わりがない事が引き金になったのだと思います。元々あまりコミュニケーションも上手く行っていなかったのでしょう。ですが見知らぬ土地にいきなり放り出され、知り合い同士のいる3名とは違ってナナシさんはたった1人で異世界に放り投げだされてしまったのです。精神が動揺してコミュニケーションが上手くいかないのは、仕方のないように思えます。特に、元々そういった事が苦手な方だったら尚更です。
結局彼らは、元々煙たがっていた彼女を虐める理由を手に入れたに過ぎません。彼女が何故そのような事をしようとしたのか、それをきちんと聞いておけば色々と分かる事もあったと思います。それを彼らは放棄して、虐げる道を歩みだしたという訳です。
便利な荷物運びの奴隷として、ストレスのはけ口として扱い、怒鳴りつけてこき使う。異世界に来ても、人間はどこまで行っても人間に過ぎないのだと思い知らされてしまいます。
でも奴隷扱い……ちょっとだけ、羨ましく思う所もあります。ミコトさんやイズミさんになら、奴隷として奉仕してあげたいと妄想してしまいます。勿論一線を越えたら殺しますけどね。
「……」
「どうした、ミコト。お前もエイミさんに言ってやってくれ。これじゃあまるで、オレ達が悪者みたいになってしまうじゃないか」
ツカサさんは、黙り込んで考え事をしていたミコトさんの名前を呼び、そう促しました。
悪者みたいじゃなくて、どう考えても悪者ですよ。ナナシさんは絶対に、何か理由があって国王に襲い掛かったのです。それを確かめもせず、国王に反逆した者だからとかいう理由で虐げるのは、愚の骨頂。それが理解できない限り、人間としての程度が落ちたままです。
まぁ同年代のようですし、まだまだ子供だからというのもあるでしょう。しかし異世界に飛ばされ、命がけの戦いを強いられている状況でその言い訳は通用しません。彼らには早く大人になってもらいたいものですね。
いえ、自分が大人だと言いたい訳ではありませんよ?彼らを見下すつもりもありません。そう言った事に気づけるか気づけないかは大人も子供関係ありませんので、言葉のあやにすぎません。本当の意味で言えば、愚か者かそうでないか、になります。
いえ、自分が愚か者ではないと言いたい訳ではありませんよ?自分で言うのもなんですが、私はけっこう愚かだと思います。
と続けていたら、いつまでも終わりませんね……。とにかく今の彼らは、見るに忍びない愚か者であり、今の子供のままでは困ると言いたいのです。
「あ、ああ、すまないツカサ。少し考え事をしていた」
「何を考える必要がある。エイミさんの言っている事を、まともに考える必要はない。オレ達は正義であり、この世界の救世主だ。世界を救う、そのためなら何をしたって許されるし、何を指摘されようと己の正義を突き通せばそれでいい。それが、この世界に召喚されたオレ達の使命だ」
「素晴らしい考えです、ツカサさん……!」
ツカサさんの訳の分からない使命感に、感動した様子を見せるイズミさん。まるで悪徳宗教の教祖様の演説を褒めたたえる、狂信者のようです。
どうしてイズミさんは、こんな男にここまで惹かれているのでしょうか。ミコトさんもですが、2人はそこまで愚かには見えません。何か弱みを握られているのか、それとも……。
「──ツカサの言う通りだぞ、エイミさん。私たちは別に、何も悪い事をしていない。だから、虐めているなんて表現は止してくれ」
考え事をしていたというミコトさんも、突然ツカサさんに同調して私を責めて来ました。
私はこの時、強い違和感を感じ取りました。ミコトさんも元々、ナナシさんに対しての態度はあまり良くありませんでした。それが当たり前と言う風にしていて、実際私の目の前でツカサさんやイズミさんと同じような態度で、ナナシさんに接しています。
でもミコトさんはしっかりと私の言葉に耳を傾けて、考えてくれていました。それが突然なんですか。考えるのをやめて、ツカサさんの味方に回ってしまったではないですか。
頭の中を切り替えたにしても、この切り替え方はおかしいです。その理由を考える過程で、私は背筋がゾクリとして鳥肌がたつのを感じました。
「──ツカサさん。貴方が異世界転生した事によって授けられた能力は、剣の能力で間違いありませんよね」
「と、突然なんだ。話をはぐらかすのはやめてくれ。とにかくオレ達は、ナナシさんを虐めている訳ではない。君にはそれを理解してほしい」
確かに私は、突然全く関係のない話をしました。でも、その関係のない話をはぐらし返したツカサさんに、私の違和感は更に確信へと近づく事になります。
「……!」
そこへご飯の用意を終えたナナシさんが、話を遮る形でパンと干し肉にドライフルーツをまとめて、ツカサさんに手渡しました。
「おい。今大事な話をしている最中だ。こんな物は後にしろ!」
話を遮ったナナシさんに対し、ツカサさんは怒りの表情を見せました。どうしてわざわざ、そんな怒られるような事をしたのか……それは、私を庇うためですね。これ以上争いにならないようにするために、彼女は背一杯話を変えようとしたのです。
「話は終わりです。もう充分分かりましたので、ご飯にしましょう。ね、ミコトさん」
「そ、そうだな。それがいい。お腹も空いているし、とりあえずそうしよう」
何も結論は出ていませんが、話をまとめた私の意見にミコトさんは賛成してくれました。私もお腹が空いています。なので、この平行線の議論はここまで。無駄に体力を使ってもっとお腹が空くだけですからね。
それに言い合いを止めようとした、ナナシさんの精一杯の意思表示を無駄にはできません。




