虐める理由
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私に事実を指摘されてふてくされたツカサさんですが、私も休憩には賛成です。最終層は万全の体制を整えてから挑むべきであり、このまま中に入るのは危険と考えるだけの脳みそはあるようです。
とりわけ私はずっと前衛を務めて疲れていますからね。ツカサさんとはなるべく離れた場所で、壁を背にして座り込みます。
「……」
休憩に入った皆に、ナナシさんが水筒を配って駆けめぐりました。加えて1人につき1枚の掛布団を渡してくれます。地面は堅いので、私はそれをたたんでお尻に敷かせてもらいました。それから荷物を広げてご飯の支度を始めます。ご飯と言っても、そんなに大した物ではありません。干し肉やパンなど、既に調理されていて加工の必要ない物を並べるだけです。
それは荷物運びとしてのナナシさんの役目であり、私たちがそれを手伝う事はありません。
もっとも、本人がそれを望んでやっているかどうかと聞かれれば、そうではないでしょう。彼女の首輪や、奴隷という身分がそれを物語っています。
「おい、まだ用意できないのか!?それから水筒がもう空になってるぞ!早く用意しろ!」
「……!」
ツカサさんが、ナナシさんに向かってそう怒鳴りつけながら、空になった水筒を投げ捨てました。
私のせいで不機嫌になったツカサさんが、ナナシさんに八つ当たりしてストレスを発散しようとしているようです。
「はぁ……」
私に対してならともかくとして、ナナシさんに対してそういう扱いをするのを私は見過ごす事ができません。
そう思っているのは、この中で私だけ。イズミさんも、ミコトさんも、ナナシさんに対しての態度はちょっと酷いものがあります。この際ですから、ハッキリさせておくべきですね。
「──皆さんはどうして、ナナシさんを虐めるのですか?」
ナナシさんが、ツカサさんが投げ捨てた水筒を拾い上げるのと同時に、私はこの場にいる全員に対して問いました。
「……何を言っている。オレ達は彼女を虐めたりなんかしていない」
「と、言うと?」
「そのままだ」
答えたのはツカサさんでした。どう見たって虐めているのに、否定するのには意味があると思い聞き返しましたが、彼はそれ以上を語るつもりはないようです。
「……」
では、貴女はどうなの?そう尋ねるように、岩を背に休憩を始めたツカサさんに、一番に駆け寄ってその隣を確保したイズミさんに目を向けます。
「……そう見えてしまうのは、無理もない事かもしれませんね」
「おい、イズミ……!」
「良いではないですか。エイミさんだけ事情を知らないのは、フェアではありません。エイミさんにも知っておいていただく必要があると思います」
「私もそう思う。エイミさんには知っておいてもらって、良いだろう」
ツカサさんとは違い、イズミさんは話す事に前向きのようです。それに対して、ミコトさんも賛成しました。2人が前向きな意見を出した事により、少数になったツカサさんは口を閉じました。
私たちのそんな会話を、ナナシさんは黙ってご飯の支度をしながら聞いています。その表情が、どんどん暗い物になっていきますが、少し我慢していてください。
「ナナシさんは、ご察しの通り私たちと同じ転生者です」
「はい。それは見た目で分かりますね」
「私と、ツカサさんとミコトさんは、前世では学友で、クラスメイトであり接点がありました。しかし一緒に召喚されたナナシさんだけは接点がなく、当初から謎の人物だったのです」
「三人は、転生前から接点があったのですか」
「……顔見知り、程度の関係ではありましたけどね。ですがお互いの顔と名前は憶えていて、不慮の事故により一緒に……死ぬ事になり、そして気づけばこの世界にやってきていました。転生して戸惑っていた私たちですが、空からのあの光景を目にして驚いたのは記憶に新しいです」
勇者の神殿からの光景ですね。アレには私も驚かされました。
「ナナシさんは当初、転生に酷く怯えて震えていましたね。あまり喋る方ではありませんでしたし、酷く怯えて会話もままならない状態でした」
「会話もままならない?」
「……」
ナナシさんは、言葉を発する事ができません。自らの意思を紙に書いて伝える事も出来ない。文字を知らない訳ではないでしょう。この世界の文字でも、転生前の文字でも構わないので書いてみてくださいと言っても、それは出来ないという回答でした。さすがに変だと思っていましたが、イズミさんの言い方だと当初は喋れたという事ですよね。では何があってナナシさんは、自らの意思表示を閉じ込められているのでしょうか。
「当初は喋る事はできましたよ。彼女は怯えながらも勇者として私たちと共にグリムダストへと赴き、そして戦いました。正直に言うと……あまり戦力にはなりませんでした。戦闘中に意味不明な事を口走ったりして、それに戸惑って逆に危うくなる場面もありました。彼女は勇者でありながら、私たちのような能力を持ち合わせておらず、当初から戦闘の面で役に立つ事はありませんでしたね」
「──そんな役立たずなのにも関わらず、ある日国王様に対して反逆を起こした。詳しくは知らないが、国王様に襲い掛かったらしい。このままではこの世界が終わるとか、支離滅裂な事を叫んでいたが結局失敗に終わって捕らわれ、処刑される事になった」
怒り交じりに言うツカサさんですが、私は内心気持ちが分かるので、まだナナシさんに対しての嫌悪感はありません。
「あの時は、本当に大変だったんだ。彼女のせいでオレ達にまで嫌疑がかけられて、一時は武装解除を迫られて兵士の監視下に置かれる事になった。まるで、罪人のような扱いだったよ!」
ナナシさんを責めるように、ツカサさんが大きな声で言いました。それに驚いて、ナナシがんがビクリと身体を震わせています。
「……しかし勇者として召喚された彼女の身を、易々と失う訳にはいかない。そこで、嫌疑の晴れた私たちの荷物係として同行する事になった。だがそれだけでは彼女の罪をなかった事にはできない。そこで、命を助けるその代わりとして彼女の首には重苦しい首輪が着けられる事になった。特殊な力の込められた首輪のようで、それが嵌められた者は装着した者に絶対に逆らえなくなってしまうらしい。国王様に首輪を嵌められた彼女は、私たちの命令をきく奴隷としてその任を全うするように命令されている」
ナナシさんの話になると、ミコトさんまで彼女を忌々し気な目で見るようになります。3人とも、ナナシさんに対して相当な憎悪の念を抱いているのは明白ですが、まだまだその理由が見えてきませんね。
「もしかして、ナナシさんの首輪には彼女の言葉を阻害する力があるのですか?」
「ご名答だ。国王様は、彼女が自分の意思を言葉でも文字でも伝える事を禁止した。その上で奴隷として働く事を強制され、それが彼女に課せられた罪であり、迷惑をかけた私たちに対する償いだ」
「なるほど。首輪で、ですか」
ナナシさんが、言葉を発せられない理由は分かりました。ある意味考えていた通りでしたけどね。それに、レイチェルからも少しだけ話を聞いていたので、なんとなくは察していました。
でも、分からない事はまだあります。肝心な答えが、まだ出てきていません。
「それで、どうして皆さんはナナシさんを虐めるのですか?」
だから私は、もう一度皆さんに説いました。
何故、皆さんがナナシさんを虐めるのか、その答えがまだ出ていません。こればかりはハッキリさせておかないと、私の中のモヤが晴れる事がないのです。
まぁ、正直に言えば答えはもう分かっています。それでもあえて尋ねたのは、私やナナシさんのためではありません。皆さんの心に問いかけるためです。
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