関係の変化
分からない事を知ろうとする事は、悪い事ではありません。知識の欲求は人の性ですし、知ろうとしない事は罪であるとすら捉える人もいるくらいです。
でも時として知識の欲求は、己の身を亡ぼす事もあるという事を踏まえておく必要もあります。
例えば、レイチェルの正体について。レイチェルは恐らくどこかの誰かの手先です。それも、それなりに偉い人の。コレはあくまで私の予想に過ぎませんが、それを指摘するのも知ろうとする事も、私自身を危うくする行為となるでしょう。
だから私は、それを確かめようだなんて思いません。レイチェルとは良好な関係を保ちつつ、いつかはイチャイチャしたいなと思います。勿論タニャもそこに混ざってもらいます。メイドハーレム……良いですね。
「エイミさん、後ろ!」
そんな事を想像していたら、敵に背後を取られてしまっていました。それを教えてくれたのは、私の援護に回ってくれているミコトさんです。
私は気配を感じ取り、すぐに反転。そして間髪入れずに剣を振り上げました。振り上げた剣は私に襲い掛かろうとした手を切り裂き、振り上げた剣を振り下ろして、次は目の前に迫っていた頭を切り裂きました。
真っ二つに切り裂かれた顔が、苦痛に歪みます。ろくろ首のように長い首の先にある顔は、まるで妖怪のようです。しかしここはグリムダストの内部。長い首の付け根はムカデのような体に繋がっていて、そのムカデの身体には無数の腕がついて地を這っています。コレも立派な魔物であり、私たちの敵です。
今日の魔物はこれまた一段と気味の悪い姿で、あまりにも気持ち悪くて殺し甲斐がありますね。
──タナトスの宝珠は人の魂を養分として、やがてグリムダストを生み出す。
先日読んだ本の内容を思い出します。魂を養分としているのなら、この顔の持ち主はもしかしたら養分とされた人間の顔ではないのか。最近そう思うようになってきました。
グリムダストに出現する魔物は皆一様に、人の顔を身体のどこかにつけていますし、あり得ない事ではない気がするのです。だからと言って躊躇をする事はありませんが、この事を知ったら考える人は考えてしまうでしょうね。
「ふぅ。助かりました、ミコトさん。ありがとうございます」
どうやら今ので最後だったようで、一旦の平和が訪れました。私はミコトさんにお礼を言いつつ、剣を鞘に納めます。
この階層の敵は、ほとんど私が倒しました。数が多いので、思った以上に体力を使ってしまいましたね。体中から、汗が流れ出て来ます。それでもまだまだ動ける程には元気で、問題はありません。
「……」
でもすぐにナナシさんが駆け寄ってきてくれると、大きなリュックの中から水筒を取り出して私に手渡してくれました。
「ありがとう」
私はお礼を言いつつ、水筒を受け取って口をつけます。美味しいお水が私の喉を潤し、私に体力を戻してくれる。ナナシさんに感謝しつつナナシさんの頭を撫でますが、ナナシさんはすぐに引き下がって私の手から逃れてしまいました。
恥ずかしがる事はないのに……やや不満に思いますが、別に怒った訳ではありません。その恥じらう姿もまた可愛くて、良いですね。
「……先はまだまだ長いかもしれない。あまり長く休憩している暇はないぞ。それから、次の階層もエイミさんには前衛を頼む。いいな」
たった今この階層を制圧したばかりの私に、ツカサさんは労いの言葉もかける事無く冷たくそう言い放ちました。
うーん……女性にそう言われるのなら全然いいのですが、男にそう言われるとちょっとむかつきますね。女に前線戦わせて自分は後衛である2人の援護に回ってサボり気味とか、男らしくないと言うかちょっと情けないですよ。自分で気づいているのでしょうか。
「つ、ツカサ。エイミさんはたった今頑張ってくれたばかりで……!」
「だからなんだ。オレは今まで、すべてのグリムダストで前衛を務めて戦って来たんだぞ。だがこれからは、エイミさんにも頑張って戦ってもらってお互いの体力を温存し合う必要がある。少しでもオレ達の生存率をあげるためにも、戦力の増強はなくてはならいものだ。これくらいでへこたれてもらったら困るんだよ」
「じゃあせめて、イズミの体力回復魔法をかけてあげよう」
「ダメだ。お前も知っている通り、イズミの魔法は何度も使える物ではない。それをこんな所で使ってしまったら後々困る事になる。全てはオレが決める事だから、ミコトは安心してついてくればそれでいい」
「ツカサさんの言う通りですよ。私の魔法は、いざという時までとっておくべきです。今はまだその時でない事は明白……あまりおかしな事を言って、ツカサさんを困らせないでください」
ツカサさんに同調したのは、修道服姿のイズミさんです。優し気な声でそう言いますが、ツカサさんに対しては惜しみなく魔法を唱えるのに、私に対しての援護はとても少なく感じます。
また、真面目に私を援護してくれているのもミコトさんだけの気がするんですが、気のせいでしょうか。
「だが……!」
「大丈夫ですよ。ツカサさんは今までコレを、たった一人でこなしてきたんですよね。でも私がその一端を担えるようになれば、ツカサさんの体力を温存出来て戦いが有利になる。全く持ってその通りです。私も早く皆さんの役にたてるよう、これくらいの事はこなしてみせます」
「……」
私の身を心配してくれるミコトさんは、申し訳なさそうに頷きました。
でも実際、本当に大丈夫でまだまだ余裕があります。相手が弱すぎですね。先ほどのあんな事を考える余裕すらあるので、むしろ隙が出来てしまう程です。
私は未だに、他の勇者の皆と訪れたグリムダストで枯凋の能力を発動させるような敵と遭遇していません。だから皆は、本当に私の能力がツカサさんと同じ剣技の能力しかないと思っているようです。
でもそれでいい。奥の手はいざという時まで取っておいて、いざという時に見せる物。今はまだ、その時ではないので彼らが私の能力の事を知るタイミングではありません。
さて……この先もツカサさんの指示通り、私が前衛を務めて敵を倒して進んでいく事になりました。休憩もなしで、全てをほとんど私一人で倒して進み続けて、気が付けばタナトスの宝珠のある層へと辿り着いています。
私たちの目の前にある大きな石の扉の向こうが、最終層となります。かかった時間は、体感ですがおよそ5時間程でしょうか。下った階段は、20回。大した深さではありませんでしたね。
「……ふぅ」
さすがに少し、疲れました。いくつかのグリムダストを攻略し終えて体力がついてきているとはいえ、20階をぶっ続けで前衛を務めるのは相当な体力の消耗に繋がります。
でも、やってのけました。相手が弱くて助かりましたよ。コレが初めてグリムダストを攻略した時の、佐藤さんレベルの敵だったら能力を使わざるを得ない所でした。
「こ、ここで、最終層……休憩もイズミの魔法もなしで、前衛をずっと務め続けて辿り着いてしまった……」
ツカサさんを始めとして驚く皆さんですが、そんなに驚くほどの事でもないと思います。敵に合わせて体力を温存し、余計な動きを省けば可能な事です。特にこのグリムダストの敵は雑魚なんですから、驚かれても困ります。この先私の知っている、もっと強い魔物が待ち受けるグリムダストの攻略が待っているかもしれないんですから、こんな事で驚かないで欲しいです。
特に、ツカサさんは私がいない時の前衛を務めてきた先輩なんですからね。先輩としての威厳と言う物を保ってほしいので、ここは一つアドバイスをして差し上げましょう。
「ツカサさんは少し、力み過ぎです。そこまで強い攻撃を仕掛ける必要はないのに、大ぶりの強力な攻撃を仕掛ける癖があります。だから、たまに私が取りこぼした相手を倒しているだけで体力を消耗するに至ってしまうんです。それでは本来の目的である、ツカサさんの体力を温存しつつ私が前で戦うという作戦が成立しません」
「──そんな事、貴女に言われなくたって分かっている!今日はたまたま、慣れない立ち回りで力んでしまっただけだ!」
ツカサさんは突然大きな声で私に向かって怒鳴りつけると、岩を背にして座り込んでしまいました。どうやら最終層に入る前に、ここで休憩のようですね。
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