選択肢はありません
更に、かなりの時間が経過しています。何をしている訳でもないラスティライズさんは、妙に疲れて果ててイスにもたれかかっています。
私は、ラスティライズさんからオススメされる手法ではなく、自分で探して決めると言う手法をとる事にしました。
目の前の画面には、まるで電子辞書のように、転生特典の一覧が載っていて、私はその特典を、端から端まで見る勢いで、ページを開き続けています。
ちなみにこの画面なんですが、手で操作する必要はなく、頭の中で思ったら勝手に動いてくれて、とても便利です。
私は、そんな辞書の中から、『枯凋』という特典を発見しました。
力の内容は、触れた物を枯らし、衰退させるという物です。
非常にシンプルに、そう書かれているだけです。その対象が何とは、書かれていません。他の物には、続きにびっしりと細かく、色々な事が書かれていたのに、コレだけが、短い一文だけで終えられています。
枯凋とは、葉が枯れる様を表す言葉ですが、それが葉っぱ以外にも適用されるとしたら、どうなるのでしょう。例えば、建築物にこの力を使ったら、朽ちて崩れるのでしょうか。石に使ったら、石も枯れるのでしょうか。人に使ったら……なんて、面白そうなのでしょう。
「これに決めました」
「や、やっと決まりましたか。うん。枯凋?なんだか地味な特典ですねぇ。あと、説明文もこれしかなくて、他のに比べてかなり胡散臭いような気がしますが……本当にコレでいいんですか?」
イスにもたれかかった格好から、体勢を直したラスティライズさんが、私が開いているのと同じ画面のホログラム画面を目の前に出して、私に尋ねて来ます。
「胡散臭い、ですか」
「はい。正直言って、私にもよく分からないです。説明文が、どうしてこんなに短いのか……注意事項とか、この力のメリットとデメリットが書かれた欄すらも、省略されていますし。そもそも、こんなのあったんだと感じています。胡散臭さ、満点です」
「そうですか」
ラスティライズさんが、胡散臭いと言うので、私は益々興味が湧きました。
自分の事を、神だと名乗るラスティライズさんですら知らない力なんて、興味があるでしょう?
「本当に、コレで良いんですか……?」
「はい。気に入りましたから」
「……エイミさんがそう言うのなら……良いですけど。でも、後悔しても、知りませんよ。ほんっとうに良いんですね?」
「はい」
「わ、分かりました……。では、貴女に枯凋の能力を授けます。転生先で、大いに役に立ててください」
ホログラム映像が消えると同時に、そこに小さな金色の光が現れて、私の身体の中へと吸い込まれるように入ってきました。痛みは、ありません。ただ、何かが身体の中に入って来たと言う、違和感だけが残ります。
「これで終わりですか?」
「はい」
手を、握ったり開いたりして、確かめてみますが、特には何も変わりありません。本当に、そんな力を手に入れたのか、疑問が残ります。
「転生特典も決まった事ですし、早速転生しちゃいましょうか」
「ちなみに、転生先とは、どのような世界なのでしょうか」
「……人々は、魔物の侵略に怯える世界です。世界各地にランダムに現れる、狂暴で強力な生物──魔物を生むダンジョンの出現。そのダンジョンの最奥にある、タナトスの宝珠と呼ばれる物を破壊しなければ、ダンジョンは世界に根付き、その地に魔物が根付いてしまう。そのため、剣と魔法を駆使して、人々はダンジョンの攻略を目指しています。世界の人々は、少しずつ魔物に侵されながらも、必死に抵抗し、戦っているのです。その世界に、エイミさんには異世界から召喚されし勇者として、世界を救うために、転生をしてもらいます」
「……」
「あ、あれ?なんか、凄くつまらなそうな顔ですね。普通、やってやるぞっ!とか、そういう反応をする所だと思うのですが」
話が、違います。私は、私が楽しめる世界だと言うので、真面目に特典を考えたんです。それが、そんな危険な世界に、勇者として召喚されるとか、冗談ではありません。
私は、世界のために戦う勇者になどなりたくはありませんし、危険な事もしたくはありません。
「残念ながら、転生の話はなかった事に──」
突然、私が座っているイスの下が、光り輝き始めました。光は、下から上へと向かって輝き、私を包み込むようにして発せられています。ふと、身体が宙に浮かび上がりました。不思議な事に、光に運ばれるようにして、身体が持ち上がったのです。
「どのみち、貴女に選択肢はありません。異世界で勇者として転生するのが、貴女の役目です。大丈夫。私、嘘は言っていません。貴女にとって、その世界はきっと、楽しい物になるはずですから」
騙されていた気分なのには、変わりありません。私には元々選択肢などなく、転生させられる事が、決まっていたようです。
そんな事が、本当にできるのなら、ですけどね。
「……そうですか。短い間ですが、お世話になりました」
「こちらこそ。どうか、転生先でお幸せにお過ごしください」
そう願ってくれるのは結構ですが、私としては複雑です。が、ラスティライズさんは美人ですし、許せてしまいます。自分の、そういう甘い所が、私は嫌いです。
届かなくなる前に、私はラスティライズさんに向かって、手を伸ばしました。握手を求めた行動を、ラスティライズさんはすぐにイスから立ち上がり、握り返してくれました。温かく、柔らかな手ですね。
最後に、お互いに微笑みかけて、私はその手を離しました。
そして、光に飲み込まれるようにして、身体が更に浮上し、やがて光の中へと吸い込まれて行きます。自分の身体が消えゆくような感覚がして、少し気持ちが悪いですね。でも、抵抗しようもありません。
私は自分が、消えゆく感触を楽しみながら、目を閉じました。