世界を破滅に導く悪魔の名前
その場に残った私は、レイチェルにややキツめに怪我の治療を施され、少し痛かったです。治療と言っても、本格的な医療的な物ではありません。学校の保健室で行われるような、軽い治療です。添え木に、それを腕に固定する包帯。それから細かな傷には消毒液をつけられて、染みました。
いくら痛みを訴えても止めてくれなくて、それがまた良いと言うか……若干興奮したので、是非ともまたお願いしたいくらいです。
「レイチェル」
「はい、エイミ様」
辺りはすっかり暗くなっています。私は自室の窓際に置かれた席にて、レイチェルが運んできてくれた夕飯を口に運んでいる所です。
左腕は、レイチェルが巻いてくれた包帯に固定されているので、食べにくいです。それでも必要な物はレイチェルが運んでくれるので、支障はありません。美味しいです。
「私は、タニャに会いに行きます」
「……お気持ちは察します。ですが、今はどうかお控えください。もし強行すれば、タニャにも私の恩師にも迷惑がかかる事になりますので……。機会はいくらでもあります。その時まで、どうか我慢を」
「むー」
「子供みたいに頬を膨らませたって、ダメなものはダメです」
レイチェルは、ため息交じりにそう言ってきます。
「ずっと会えない訳ではありません。機会は、必ず訪れます。それまでは国王に従順な勇者として、振舞っていてください」
「なるほど。我慢していれば、国王を気にしなくてもいい事態が訪れる、という訳ですか。例えば──」
「エイミ様。観察力鋭く、僅かな情報から感じ取って察する事ができるのは、貴女の凄い所でもあります。しかし、それは口にすべき物ではありません。どうか、お黙りください」
「……美味しいわ、レイチェル。貴女も一口どう?」
確かに、余計な事を言いかけた気がします。そこは素直に反省です。
私は誤魔化すようにして、フォークにお肉をさしてレイチェルに差し出しました。
冗談のつもりだったのですが、レイチェルは意外な行動に出ました。大きく口を開くと、差し出した私のフォークに、まるで魚のように食らいついたのです。
「……確かに、美味しいですね。高級な家畜のお肉を、一流のシェフが料理しているのだから、当然と言えば当然ですが」
「ふふ」
料理の感想を述べながら、口元をハンカチで拭くレイチェル。可愛い仕草に、私は思わず笑ってしまいました。
「貴女の言う通り、私は勇者としておとなしく過ごす事にしましょう。国王がタナトスの宝珠を使って、何をしようとしているのかも気になりますしね。おいおいそれを調べて、悪い事だったら暴露でもしてあげましょうか。でも、ガラティアさんが気になりますね。またちょっかいを出されたら、思わず殺してしまうかもしれません。私は美人さんは好きですが、バカな女は嫌いなんです」
「それも我慢してください。もしガラティア様に手を出せば、ヴァンフット様が黙っていません。今の状況でそのような行動に出れば、貴女は確実に処刑されてしまいます」
「分かっているわ。できるだけ我慢する。だから、貴女は私の傍にいてちょうだい」
タニャの代わり、という訳ではありませんが、ストッパーは必要です。レイチェルならばその役目を果たしてくれる。
私は以前のように、全てを失った訳ではありません。タニャはまだ生きていているというのに、自暴自棄になって殺したいと思う人々を殺しにかかるのは、早計と言う物です。心情的には、もう殺したい気分ですけどね。
「ええ、大丈夫です。私に関して言えば、ガラティア様に邪魔をされたりしてこのお城を追い出される心配はありません」
「そうなの。それは心強いわ」
そう思ったのは本当です。でも、レイチェルは私に、何かを隠している。
国王と言い、ガラティアさんと言い、この国はそれぞれの思惑の交差する魔窟のようですね。そんな人々の思惑に翻弄される、私の身にもなってほしいです。巻き込まれただけのタニャは、もっと可愛そう。
それぞれの思惑を感じながら、私は夕飯を堪能しました。
きっとこの先は、もっと厳しい戦いが待っている。勇者として過ごすと言う事は、またグリムダストの攻略に赴かなければいけないという事です。この前のように、どうにかして勝てるような相手ばかりではなく、もしかしたら勝てないものが待ち受けている可能性だってある。
……ええ、いいでしょう。タニャと会えるその時まで、私は戦い抜いて見せます。どうせ、それ以外に私が生きていく道はありませんからね。
そしていつかはこの手で……。
「ふふ」
私は笑いました。かつて、私を見下していたクラスメイト達の、死に際の顔を思い出します。あれ以上に、今の私には醜く殺す術を持っている。ガラティアさんは、その時になったらどのような顔を見せてくれるのでしょうか。楽しみで仕方がありません。
腐ったこの国を、もっと腐らせましょう。私を敵に回した者達への報いは、私とタニャが再会した時に受けていただきます。
「ところで、レイチェル。ラスティライズという名に、心当たりはありますか?」
ふと、私はレイチェルに向かって尋ねました。彼女は、私が食べ終わった食器を片付けてくれている所で、それらを台車の上に乗せ終わった所です。
「ラスティライズ──……。ええ、勿論知っていますよ。この世界に住んでいる人なら、知らぬ者のいない名です」
「知って、いるの……?それは、どんな人物なのか教えてもらえますか?」
「世界を破滅に導く、悪魔。それがラスティライズという存在です」
私の知っているラスティライズさんは、神と名乗っていた。それなのに、レイチェルは悪魔だと言い切った。それも、この世界を破滅に導くような存在だと。
ふと聞いた事が、新たな疑問を招いてしまいました。ラスティライズさん。貴女は一体、何者なのですか?




