お手紙
誤字報告ありがとうございます!
ナナシさんが懐から取り出したのは、紙でした。それを、私に向かって差し出してきます。
まるでラヴレターでも差し出すかのように、恥ずかしがりながら差し出してきました。そんなのを見せられたら、私もちょっと緊張してしまいますね。私はわくわくしながらそれを受け取り、早速封を切ります。
左腕が動かないので、ちょっと上手く開ける事ができませんでした。それでも、中から取り出した紙を手に目を通します。
「……タニャ」
差出人は、タニャでした。文章の始めに、タニャからエイミ様へと書かれているので、間違いありません。この世界の筆記体で描かれていますが、何故か読めてしまいます。そして、小さくて可愛い文字ですけど、コレはタニャ独特の筆跡かと思われます。
「コレを、どこで?」
「……」
ナナシさんは、困ったように顔を伏せてしまいました。喋る事が出来ないから、伝えようがないみたいです。
「紙に、書いていただいたらどうでしょう」
「……」
レイチェルの提案に、ナナシさんは首を横に振りました。書く事も、できない?文字を、知らないという事でしょうか。
「貴女は、転生者ですよね。私の世界の文字でもいいので、書く事はできますか?」
「……」
それでもやはり、首を横に振りました。彼女の年齢を考えれば、文字は書けるはず。この世界の文字が書けないのはともかくとして、転生前の文字も書けないのは何かおかしいです。
まぁ、いいでしょう。私は紙に再び目を向けて、読み始めます。
『エイミ様。コレを貴女が読んでいる時、既に私はお城を後にしている事をお許しください。私は、貴女が無事に帰ってくる事を確信していますし、そんな貴女を出迎えたい……。そう思っていましたが、そうできない事情が出来てしまいました。ごめんなさい。汚れた血を引く私に、気さくに話しかけていただき嬉しかったです。短い間ですが、お世話ができて楽しかった。貴女の事は、一生忘れません。約束も、勿論覚えています。でもそれは、果たせそうにありません。私は二度と、そこへ戻る事はできませんので、どうかご了承ください。私は──』
そこで文字は切れて、続きはありませんでした。続きを書く事ができない、事情ができてしまったのでしょうか。
でも、充分です。こうして私への手紙を残してくれたことに、感謝します。でも、約束をなかった事になんかしませんよ。貴女が遠くへ行ってしまったと言うのなら、私は追いかけて、約束を果たしてもらいます。私、けっこうしつこいんですよ。
タニャがそう書いたという事は、私のしつこさを知らないという事です。それを理解してもらうために、追いかけましょう。
「ありがとう、ナナシさん。でも、タニャは貴女の事を知らなかった。そんな貴女に、このお手紙を託すとは思えない。貴女はこのお手紙を、どこで手に入れたのか、本当にコレをタニャが書いたのか……疑わしい所があります」
「……」
ナナシさんは、私の追及に反論する事はありませんでした。言葉が喋れず、文字も書けない。相手に罵られたら、それを受け入れるかのように黙り込む。あまり、好きな行動ではありません。せめて首を横に振って、否定してもらいたいものです。
「ごめんなさい。少し、意地悪をしてしまいました」
私はそう言うと、ナナシさんの頭の上に手を乗せました。
「貴女を、信じます。コレを届けてくれて、本当にありがとう」
私がそう言うと、ナナシさんは私からすぐに離れ、そして頭を下げると、お部屋の扉の方へと走っていってしまいます。何か、気に障る事をしたでしょうか。
呼び止めようとしましたが、彼女を止めたのは私ではありませんでした。
ナナシさんが向かって行った先のその扉から、ノックされる音が響きました。それを聞いて、ナナシさんは方向転換。部屋の隅っこの方へと歩いて行くと、そこで固まりました。
まるで、逃げ場を失った小動物のようですね。
「どうぞ」
私の返事を聞いてから、扉を開いて中へ入って来たのは、ミコトさんと、イズミさんでした。
「エイミさん!」
ミコトさんが、私の姿を見るなり駆け寄って来て、そして抱き着いてきました。腕や、その他の細かい傷が痛みます。でも、この幸せを手放すほどではありません。女の子の方からこんなに熱い抱擁を受けるなんて、いつ以来でしょう。暖かくて、柔らかくて、凄く美味しそう。
「い、イズミさん。エイミさんは、お怪我をしているようです。そのように乱暴にしては、お怪我に障りますよ!」
「す、すまない!つい……!」
イズミさんに指摘されて、ミコトさんは私から離れてしまいました。怪我が痛かったのは本当なので、感謝しつつも余計な事をと思ってしまいます。
「いえ。大丈夫ですよ。お二人とも、無事にグリムダストを攻略できたようですね」
「こちらの事は、良い。どうして一人でグリムダストへ赴くなんて、そんな無茶をしたんだ……。帰って来てから、貴女がたった一人でグリムダストへ向かったと聞いて、驚いたぞ」
「ご心配をおかけしました。ですがこの通り、無事にグリムダストを攻略して帰還する事ができました。どうやら私は、運だけは良いようです」
「……本当に、その通りだ。あの地獄を、たった一人で切り抜けて攻略し、無事に帰還するなんてまずできる事じゃないよ」
「ええ。ですが、ご無事のようで何よりです。運が良かったとはいえ、たった一人でグリムダストを攻略してしまうなんて、頼もしいですね」
ミコトさんとは違い、イズミさんはどこか冷静です。まるで、私が戦力になるかならないかを見定めているようにも思える発言と、ニコやかながらも冷たい目です。でも、美人さんだから許します。
「ところで、ミコトさん。イズミさん。国王は、タナトスの宝珠を使って何をしているのでしょうか」
「っ……!」
私の問いに、ミコトさんとイズミさんは、特に反応を示しませんでした。レイチェルも相変わらずの不愛想で、私から一歩引いたところで私たちの会話を聞いているだけです。
でも、この部屋の中でただ一人だけ、私の問いに大きな反応を示した者がいたのを、私は見逃しませんでした。それは部屋の隅っこでおとなしく立っている、ナナシさんです。
「何を、とは、なんだろう。処分しているんじゃないのか?」
「そうですね。グリムダストを生み出す危険な物ですので、恐らくは処分されている事でしょう」
何も知らない、以下の答えです。
国王はアレを手にして、普通ではない程に喜び、上機嫌となった。グリムダストの攻略によって、地方が解放されたからではない。私が送られたあの地は、国王が解放を望んだ地ではありませんでしたから。
タナトスの宝珠は、何かに使う事ができる。それは国王が喜び、彼の利益になる事だと想像するのは容易い事です。
彼の信頼を得ているこの2人ならば、知っているかもしれないと思って尋ねましたが、期待していた答えを得る事はできませんでした。
「そうですね」
私は特に何か言う気にもなれず、とりあえず同調しておきます。
「ミコト様。イズミ様。申し訳ございません。エイミ様のお怪我の治療をしたいので、お話はこれくらいに……」
そこでレイチェルが、申し訳なさそうに、2人に向かって頭を下げながら言いました。
せっかく来てくれて、確かに申し訳ないです。でも、怪我をいつまでも放っておく訳にもいきませんし、治療している姿を見られてもちょっと恥ずかしいです。ここは、レイチェルのしたいようにしておきましょう。
「ああ、分かった。無事な姿が確認できただけで、良かった」
「どうか、お大事に。でも、勇者の身体は驚くほどに回復力が早いので、ちょっと驚くと思いますよ」
「そうだな。私も、最初は驚いたよ」
「それでは、失礼しますね」
そう言って2人は私に背を向け、入って来たばかりの扉の方へと歩き出しました。その途中で、隅っこにいたナナシさんを、2人が睨みつけました。
その目に、ナナシさんがビクリと身体を震わせ反応します。
「何をしているのですか。貴女もです」
声を放ったのは、イズミさんです。その声は、とても冷たくて、到底人に向かって放った物とは思えないトーンでした。イズミさんの、表面上ほんわかとした雰囲気も、優し気な声も、その時だけはどこかへと飛んでいき、忘れ去られたようでした。
ミコトさんもそれに同調するように、ナナシさんに対して憎悪の宿った目で睨みつけています。
「……」
ナナシさんは、慌てて2人の後につくと、2人についてお部屋を出て行きました。
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