勇者もどきの少女
私に睨みつけられたガラティアさんは、狼狽えた様子を見せて来ます。私の目つきがあまりにも悪いので、怖がっているみたいです。でも、私が貴女を殺そうとしただなんて、まるで思っていないでしょう。それを止めたのは、この子。貴女はこの子に、救われたんですよ。
未だに、私に抱き着いたまま、ガラティアさんに近づけさせようとしない女の子に、貴女は感謝をすべきですね。
「な、なんですか、エイミ様。その目は、私に対して何か、不満でもあるみたいですけど……?」
「不満……というか、タニャが、死罪になったと言う、貴女の話が信じられなくて……。そもそも、盗みを働いたとか、そこからもう胡散臭くて、今の貴女の話が、本当かどうか確かめたいのですけど……」
私はそう言うと、兵士の方へ目を向けて、確かめる事にしました。
「……ほ、本当です。汚れた血を引くものが、盗みを働いて、罰せられたと聞いております」
気弱そうな男の兵士が、そう言って、私に情報を与えてくれました。彼が、嘘を吐いているようには思えません。だとすれば、ガラティアさんの言う通り、本当にタニャが盗みを働いて、そして、死罪となった……。
そうだとすれば、やっぱり私は、暴れなければいけません。そんな愚かな事をした者達には、鉄槌を下すべきですから。
再び、私に抱き着いたままの少女の抱擁が、強くなりました。私の感情の昂ぶりを、察したのでしょうか。表に出したつもりはありませんでしたが、もしそれを感じたのだとすれば、かなり鋭い子です。
「──ですが、死罪にはなっていないはずです。確か、王宮と、この町を追放され、代わりに辺境の伯爵のお屋敷に、左遷となっと聞いております……」
「それを、早く言ってください……」
変な所で区切るから、思わずガラティアさんを殺してしまう所だったじゃないですか。
私はため息交じりに、兵士に向かって言い放ちました。
「と、こちらの兵士は言っていますが、どういう事でしょう」
「あら、そうだったかしら。私は、死罪になったと思ったのだけど、勘違いだったかもしれませんね。だって、汚れた血の娘に、情けをかける必要はないもの。特に、王子様をたぶらかした、悪い女に仕えるような子は、もっと汚れてる。そう思いませんか?」
勘違い、ではないでしょう。この女は、もしかしたら私に手を出させるため、わざと私の感情を逆なでる事を言って来たのかもしれません。王子の婚約者に手を出したら、それこそタダで済む事ではありませんからね。王子自体を殴った後では、若干インパクトに欠けますが、それは国王からの信頼の厚い、他の勇者たちのおかげで、赦されました。
でも、今は誰も見ていない。ここで手を出せば、私は本当に、この女の言う通りの悪女として、裁かれる事になりかねません。
まさか、一瞬にして殺されるとは考えず、挑発に出たのでしょう。本当に、頭の中が空っぽだから、そんな危うい橋を渡ろうとするんです。この子がいなかったら、醜く腐り落ちて、死んでいる所ですよ。
「……ヴァンフットさんの事でしたら、彼が勝手に私に言い寄っただけの事です。それを、貴女に恨まれるいわれはありませんし、タニャはもっと関係ありません。貴女は、何故そこまで、頭が空っぽなのですか?私の知り合いにも、過去に貴女のように、頭の中が空っぽな女がいました。彼女と貴女は、そっくりです。このままでいくと、貴女はいつか、その身を亡ぼす事になりますよ。そうなりたくなければ、その態度を改めなさい」
「──黙れ!」
少し、お説教っぽくなってしまいましたね。むかつくのは当然かもしれませんが、何もそんな大きな声を出して、叫ぶことないじゃないですか。
「私とヴァンフット様は、昔からとても仲が良くて、それなのに、いきなり私を見捨てるような事を言うはずがない!お前が、悪い!お前がヴァンフット様をたぶらかして、あんな事を言わせた!お前のどこが、美しいと言うのよ!不気味な黒い髪に、まとわりつくみたいな声!心底気持ち悪くて、反吐が出る!グリムダストで死ねばよかったのに、無事に帰って来て、私をイラ立たせるだけの、存在!どうして帰って来たの!?どうやって、グリムダストをたった一人で攻略できたと言うの!?死ね!死んで、二度と私の前に姿を現わすな!それができないのなら、グリムダストから逃げ出して、その汚らしい勇者もどきと同じように、奴隷に堕とされればよかった!」
ガラティアさんが、勇者もどきの奴隷と呼んだのは、私に抱き着いている女の子です。非常に、気になる事を聞いてしまいました。グリムダストから逃げ出したら、私も勇者もどきの奴隷となっていた。そういう風に聞こえます。
髪の毛をかきむしり、目を見開き、美しい顔が台無しになったガラティアさんなんて、もう私の眼中にはありません。顔だけは好みだと思っていたけど、頭がここまで空っぽでは、宝の持ち腐れです。興味はすっかり失われ、私はガラティアさんに、背を向けました。
抱き着いたままのこの子を、私は自ら抱き寄せて、一緒に歩き出します。戸惑う様子を見せていて、最初は足元がおぼつきませんでしたが、やがて一緒に歩幅を合わせて、歩き出してくれました。
「どこへ、行くのよ……!」
「自室です。本当に、タニャがいないのか確かめるのと、盗みがどうのこうのも、調べなければいけません。レイチェル辺りに、聞いてみる事にします」
「待ちなさい、勇者エイミ!」
「──何の騒ぎですか、コレは」
その声には、聞き覚えがあります。振り返ると、ガラティアさんの向こうから、立派な青い服装に身を包んだ、ヴァンフットさんがやってきました。
「ヴァンフット様……!」
ガラティアさんは、彼の姿を見て駆け寄ると、その腕に抱き着きました。まるで、自分の物だと主張するように、力強く抱きしめ、そして私を睨みつけて来ます。
別に、取るつもりは毛頭ないので、ご安心を。むしろ、いりませんよ、気持ち悪い。
「エイミ様、お久しぶりです。グリムダストを、見事一人で攻略してみせたとか……。さすがは、勇者様。貴女はもしや、他の勇者にはない、特別な力を授かっているのかもしれませんね」
確かこの人は、私に殴られたのがショックで、女性恐怖症に陥っているとか、レイチェルが言っていた気がします。でも、思いのほか、元気そうです。やや、やつれた気はしますが、まだまだ元気のカテゴリに入るでしょう。
「偶然ですよ。ただ、偶然そうなっただけです。私は何も、特別な力を持っていませんし、貴方をたぶらかしたりなどもしていません。そのバカな女に、よく言い聞かせておいてください」
「っ……!」
私がそういうと、ガラティアさんの目つきが、更に鋭くなりました。今にも殴り掛かって来そうな勢いですが、それを制したのはヴァンフットさんです。
「──たぶらかしていない。ええ、確かにそうかもしれませんが、しかし貴女は、私の純粋な心を、その拳で打ち砕いた。私は貴女を、赦さない。私の大切な婚約者を、悪く言う事も、許さない。今言ったその言葉、訂正してもらおう」
何が、純粋な心ですか。婚約者がいる身でありながら、勝手に好意を持ち、勝手に告白し、勝手にふられただけです。忘れていましたが、ガラティアさんもですが、この男もかなりのお花畑脳でしたね。何を言っても、無駄でした。
イラついた私は、一歩、ヴァンフットさんに近づきます。謝罪をしようとした訳ではありませんが、ちょっと距離が遠く感じたので、なんとなく近づいただけです。
すると、ヴァンフットさんも、一歩引き下がりました。私が更に2歩近づくと、ヴァンフットさんも2歩引き下がります。よく見ると、足が震えて、汗も頬をつたっています。
それを見て、私は笑いました。やっぱり、女性恐怖症は治っていないようです。
「く、来るなぁ!」
「お待ちください、ヴァンフット様ぁ!」
勢いよく歩いて近づくと、ヴァンフットさんは叫び、慌てて走り去っていきました。それについて、ガラティアさんも去っていきます。やかましい2人が消えてくれて、私は清々しました。
さ、今度こそ、自室へ戻らないと。タニャに関しての情報を、集める必要がありますからね。
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