破棄
ニヤニヤと笑う、ガラティアさん。その姿が、かつての私のクラスメイトと被り、とても不快です。私はたぶん、この時少し、怖い顔をしていたと思います。
「っ……」
私の顔を見て、驚いた表情を見せるガラティアさんが、そう感じさせました。
「何か、御用でしょうか。ガラティアさん。見ての通り、私は怪我をしていまして、あまり構っている場合ではないんです」
「ち、治療室でしたら、こちらではなく、あちらです。兵士に案内をさせるので、おとなしくついていけば良いのではないでしょうか」
私は、私を取り囲んでいる兵士を睨みつけます。彼らの言う事に逆らい、私は自室へと戻ろうとしている所でしたからね。
治療室は、私の向かう先にはありません。
「いえ、それよりも、とりあえずは、自分の部屋でゆっくりしたいなと思いまして……。だから、失礼しますね」
私は、ガラティアさんの横を通り過ぎ、自室へと向かおうとした時でした。
「──まるで、誰かに会いたくて仕方ないみたいですね」
横を通り過ぎた所で、ガラティアさんに言われて足を止めました。確かに、私はタニャと会いたくてたまりたくて、自室へと向かおうとしています。何も言っていないのに、分かってしまうくらい、面に出ていましたか?ちょっと、恥ずかしいです。
「ええ、約束があるもので。今は怪我の治療よりも、そちらを優先したいのです」
「約束とは、あの汚れた血を引く娘との事ですよね」
「……」
ガラティアさんが、私に向かい、そう言い放ってきました。私は既に、ガラティアさんの横を通り過ぎ、互いに背中を向いている状態です。
汚れた血の娘とは、先住民の血を引く、タニャの事を示している。タニャと一緒にいる所を、ガラティアさんには目撃されていますし、私にタニャをあてがったのも、レイチェルの話によれば、ガラティアさんです。嫌味のつもりでそうさせたみたいですけど、私には逆効果で、タニャの事をとても気に入りました。
ガラティアさんが、そんなタニャの事を話題に出した瞬間、私はとても嫌な予感に襲われました。タニャと私の約束を、ガラティアさんが知っているのはおかしいです。タニャが、自発的にそんな事を話すとは、とてもではないですが、思えません。そして何故か、タニャとみーちゃんが、被って思えてしまいます。
神経が研ぎ澄まされ、外から聞こえてくる雨の音が、いやにうるさく聞こえます。
「ええ、そうですよ。タニャと約束があるので、早く会わなければいけないのです」
「約束、ですか。残念ながら、その約束は、破棄されましたよ。残念でしたね、エイミ様」
「どういう事でしょうか。約束をしたのは、タニャと私であり、ガラティアさんは関係ないはずですよね」
あくまで冷静を装って、ガラティアさんに返します。でも、内心は取り乱し続けています。腕や足が、震えてしまう程に、です。
先ほどまでは、私に治療室にと言い続けていた兵士たちは黙り、何も言ってきません。ただ距離を置いて、私とガラティアさんの様子を伺っています。
たぶん、私とガラティアさんの間の、ただならぬ空気を察したのでしょうね。それでいいです。今口を挟んできたら、殺してしまいそうですから。
「ええ、関係ありません。ですが、あの汚れた血の娘が、最後までエイミ様との約束がーと騒ぐので、滑稽で、おかしくって」
「……最後?」
「そうですよ……。もったいぶっても仕方ありませんから、お教えして差し上げます。あの汚れた血の娘は、罪を犯しました。お金に目がくらんで、他のメイドの私物を盗んだところを、捕らえられたのです。汚れた血の娘が、この国で一番神聖な場所で、盗みを働いた……。その事実に、国王様は大層お怒りで……言い渡された罪の償いは──……死罪」
それを聞いた瞬間に、私はガラティアさんの背後から、襲い掛かろうとしていました。襲い掛かると言っても、ただ手を伸ばしただけですよ。ただ、この手でガラティアさんに触れたその瞬間、ガラティアさんは、腐り落ちて死ぬはずです。まだ、生身の人間には試した事はありませんが、きっと、腐り落ちて、死ぬでしょう。
タニャが、盗みなんて働くわけがない。本当に、ガラティアさんの言う通り、罪に問われているのかも分からない。まだ、生きている可能性だってある。それらを確認する作業を省き、私は自分の感情を抑えられなくて、半ば反射的に、ガラティアさんを殺そうと動きました。
この人も、佐藤さんと同じ。超えてはいけない一線を越え、私に喧嘩を売ってしまったんです。タニャにさえ、手を出さなければ、私が手を出す事はなかったのに。本当に、バカで、愚かな、美人だけど頭の中にうじのわいた、まるでまだ動くのに捨てられてしまった、家電製品のような女です。
「っ!?」
でも、私の手が、ガラティアさんに触れる事はありませんでした。
それは、横から突っ込んできて、私に飛びついて来た人物により、邪魔をされました。見た事のある、人物です。黒髪の少女は、安っぽい鎧に身を包み、他の勇者について馬に乗って出かけて行った、勇者ではない少女です。
私やミコトさん達と同じ風貌なのに、勇者ではない事に違和感を持ったので、よく覚えています。オマケにその首には重圧な首輪が嵌められていて、そちらも気になります。
「離しなさい……!」
でも、今はそんな事に構っていられません。この女を、殺さなければいけない。この手で、ちょっとだけ触れれば、彼女は腐り落ちて、死に絶える。
私は、私に抱き着いたまま離そうとはしてくれないこの子に、イラ立ちを隠さず、そう告げました。でも、彼女は必死に首を横に振りながら、必死に私をなだめようとしてきます。
「一体、何を……」
私は、武器を抜いた訳ではありません。ガラティアさんに、手を触れようとしただけです。なので、ガラティアさんは戸惑いながら、ガラティアさんに手を伸ばそうとする私と、それを止めるこの女の子を見ています。
周りにいる、私を治療室へと連れて行こうとしていた兵士たちも、訳が分からないと言った様子です。
「……」
私は、もがいても、もがいても、手を離してはくれない少女に、ついには根負けしました。伸ばしていた手を下ろし、抵抗をやめます。
よく考えれば、可愛い少女に抱き着かれ、ちょっとしたラッキーな出来事ですね。私はそう考えなおし、未だに必死になって私に抱き着いている彼女の頭に、手を乗せました。
「……?」
すると、彼女が私を見上げて、上目遣いで見て来ます。可愛いけど、どこか目に曇りのある、暗い女の子……。私が人の事を言える立場ではないかもしれませんが、そう感じました。
この子のおかげで、私は冷静になるまでの、時間を貰う事ができました。感謝しつつ、ほんの数秒前まで、殺そうとしていたガラティアさんを、睨みつけます。
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