再会への期待
私が投げ捨てたタナトスの宝珠をキャッチしたレグの坊やは、怪訝な表情を浮かべ、それを見ています。
けっこう、独特な感触ですよね。一見すると、鉱石のように堅い物に見えますが、実際はぶよぶよとしていて、まるでゴムのようです。それでいて、黄金色に光り輝く様子は、見る者を魅了するような、神秘的な光です。
「な、なんだ、コレは?」
「タナトスの宝珠です」
私は問いに答えながら、レグの坊やが連れてきた馬に飛び乗りました。
片腕で手綱を掴み取ると、ほとんどジャンプするような形で乗る事になります。馬が驚いた様子を見せますしたが、おとなしくしてくれて、とてもいい子です。私は乗ってから、軽くその頬を撫でてあげました。
「ひいぃっ!」
答えを聞いたレグの坊やが、まるで女性のように甲高い悲鳴を上げると、私に向かって、宝珠を投げ返してきました。仕方がないので、私は動く右腕でそれをキャッチして、レグの坊やを睨みます。
「なんて物を持たせるんだ、貴様は!」
そして、割と凄い剣幕で、私に向かって怒鳴りつけて来ました。
「触ったって、別になんともありませんよ。気にしすぎです」
「そ、それを持ち帰るのは、勇者である貴様の役目だ!自分で持っていけ!」
左腕が動かないので、持ちにくいから頼んだのに……。肝っ玉の小さな男です。仕方がないので、懐にしまって、言われた通り自分で運ぶことにしました。
「──勇者、エイミ様!」
それでは、出発しましょうかという所で、私の下へと駆け寄って来たのは、この村にやってきて、最初に出会った人物。ガタイの良い、村長さんです。
彼は、私に話しかける前から、目から涙を流し、レグの坊やと同じように、馬に乗った私の傍で膝を付き、突っ伏しました。馬の前でそれは、さすがにちょっと危ないですよ。
「本当に、ありがとうございました!この村を救っていただき、本当に、感謝の言葉しか出て来ません!」
「……私は、私がしたいと思うから、そうしただけです。そう思わなければ、こうはなりませんでした。そしてそう導いてくれたのは、レグの坊やです。感謝なら、既にレグの坊やからいただいています。なので、あとはレグの坊やにどうぞ」
「は、はぁ!?俺こそ何も──」
「レグ!お前は、本当に立派になってくれたな……!ありがとう……ありがとう……!」
村長を、レグの坊やに押し付ける事に成功しました。
涙ながらに、私と同じく馬に乗っているレグの坊やに迫り、レグの坊やの足に纏わりついています。
「は、離れろ、村長!お……俺たちはこれから、急いで城へと帰らなければいけないんだ!」
「なに!?宴を開くので、皆さんには是非、参加していただきたいと思っていたのだが……。この村の全力を持って、美味い食い物を振舞うぞ。それに……勇者様は、お怪我をしている様子だ。すぐに治療をしなければ……」
「ご厚意はありがたいですが、急いで帰らなければいけないのです。宴は、是非皆さんで行ってください。私が、救って良かった。そう思えるくらい、騒いでお祝いを。それが、この村を救った私の願いです」
私はそう言って、馬を蹴り、発進させました。
「ああ、ちょっと、勇者様!」
レグの坊やから慌てて離れた村長さんが、私を追いかける素振りを見せますが、私は止まりません。兵士たちも、私について出発しました。
「村長。また今度、休暇をもらって帰ってくる。その時に、ゆっくり話をしよう。ではな」
レグの坊やも、それをチャンスと見て、馬を発進させました。すぐに私に追いついてきて並びます。
「ぐすっ」
隣に並んだレグの坊やは、また泣いていました。大の大人が、みっともない。でも、その涙は嫌いではありません。優しい涙……私は、好きですよ。
「いつまでも泣いていないで、私をしっかりと、お城へ案内してください。大急ぎで、帰りますよ。いいですね」
「な、何故そこまで急ぐのだ、貴様は……!」
「言ったじゃないですか。早く帰って、私の帰りを待っていてくれる子と、イチャイチャするためです」
私の頭には、もうそれしかありません。だから、痛いのも我慢できるし、お腹が減っているのも我慢できます。とにかく今は、タニャと会いたい気分なんです。
レグの坊やに、ようやく私のその気持ちが伝わったのか、馬を加速させると、私の前を走り、スピードをあげました。私もそれについて、加速させます。待っていてね、タニャ。もうじき、帰りますからね。
いつの間にか、雨が降って来ていました。気づけば辺りは暗くなり、どんよりとした空気が漂っています。
その中を、私たちは馬を走らせます。帰り道は、来た時以上に、長く感じました。私の心が、はやっているからでしょうか。
それでも、何度かの休憩をはさみ、ようやくお城へと帰ってきました。かかった時間は、半日ほどでしょうか。来た時と、同じくらいです。
あと、どうでもいいですけど、このお城の名前はなんでしたっけ。なんだか、それっぽくない名前にケチをつけた気がしますが、思い出せません。とりあえず、エリザベス城という事にしておきましょうか。
「──勇者エイミが、テレット村に出現したグリムダストを、見事に攻略!無事帰還した!至急、国王様に謁見を願いたい!」
お城につくと、城門の前にいた兵士に、レグの坊やが大声で報告しました。それを聞いた兵士たちに、瞬く間に情報が広がっていき、そこら中から大きな歓声が聞こえて来ました。
この様子なら、すぐにタニャの耳にも届くでしょう。駆けつけて、私を迎え入れ、そしてハグをして、キスをしてくれる。そんな妄想が、頭の中に浮かび上がります。
でも、私の望んだ展開には、なりませんでした。タニャは、私を出迎えてはくれませんでした。代わりに、お城の中から兵士が迎え入れ、大怪我をしている私に対し、すぐに国王の下へ来るようにと指示されて、仕方なくついていきます。
そうして訪れた、謁見の間……。そこに、大きなイスに座る国王が待ち構えていて、私はその眼下で立ち止まり、彼を見上げました。
「ご苦労であった、勇者エイミよ。此度の勲功、真に大きな物であり、貴殿の働きには国民を代表し、礼を言う」
「はい……」
「怪我を、しているようだな。あまり、長話はしないようにしよう。早速本題に入るが、タナトスの宝珠を、差し出すが良い」
私は言われた通り、懐にしまっていたタナトスの宝珠を取り出しました。それを、国王に向かって投げ捨てます。
「なんと無礼な……!」
私の行動に、国王の側近から、非難の声が上がりました。でも、タナトスの宝珠を見事にキャッチした国王は、上機嫌になって笑いだし、そんな彼らを黙らせました。
「たった一人で、よくやった……!褒美は、後日用意する故に、今はゆっくりと休むが良い!おい、勇者エイミを、治療室に連れて行け!くれぐれも、丁重に扱うのだぞ!」
急にテンションが上がった国王を、私は怪訝に思います。グリムダストを攻略した時より、タナトスの宝珠を手に入れた時の方が、遥かに喜んでいる……。不思議に思わない方が、どうかしていますね。
ま、いいでしょう。コレでようやく、タニャに会いに行けます。
タニャ……タニャ、タニャタニャタニャタニャ……。私は、心の中で、彼女名前を連呼しながら、謁見の間を出ました。そして、兵士たちが治療室に案内しようとするのも振り切り、廊下を歩いて、私のお部屋に向かいます。彼女はきっと、そこで待っていてくれている。そんな気がするんです。
「──エイミ様」
そんな私を、待ち受けていたかのように、廊下で話しかけてきたのは、ガラティアさんです。彼女は、ニヤリと笑い、金髪縦ロールを手で払いながら、勝ち誇ったように、道のど真ん中に立って、私の行く手を阻んできました。
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