分かった事
ツタをつたって降りて、私は地面へと降り立ちました。まずは、放り投げたリュックを回収し、それから腐って真っ黒になってしまった佐藤さんを見下ろします。
私が枯凋の能力を発動させたのは、佐藤さんの掌を、足で受け止めて空中に浮かんだ時です。ブーツ越しでしたが、しっかりと発動してくれて、助かりました。どうやら、物を挟んでも、能力は発動できるみたいです。更に、私が腐らせたいと思った物しか腐らないので、服などは無事です。
なんて、都合の良い能力なんでしょう。
それにしても、腐っていく佐藤さんの姿は、本当に美しかったです。元々醜い物が、更に醜くなって、死んでいく……後に残ったのは、黒く枯れた、薄っぺらい皮だけ……。
捕食者だと思っていた者が、逆に捕食される姿は、滑稽です。自分を強者と勘違いし、私を貶めようとするから、そうなるんですよ、佐藤さん。人には、我慢の限界と言う物があるんですから、やるならその限界は超えないようにだけ、気を付けなさい。
私は心の中で、佐藤さんに対して助言をしておきます。それは、かつての、本当の佐藤さんへの助言と、この腐ってしまった、偽物の佐藤さんに対しての、助言。両方です。
「……」
しばしそうしていると、ズルリと引きずるような音が、奥の方から聞こえて来ました。そちらを見ると、そこにいたのは、佐藤さんでした。
当然ではありますが、人ではなく、魔物の方の、です。しかも、3匹……。
「ひゅる……」
どうやら、彼らは集団の生物のようですね。全く同じ顔の魔物が、私の方を見て、首をぐにゃりと曲げたりしながら、威嚇のような行動をしています。
私の足元に転がる、腐った仲間を見て、怒っているのでしょうか。でも、跡形もないので、コレが貴方達の仲間と見分けるのは、難しい所です。
「ひゅ……!」
「っ!?」
いつの間にか、天井に佐藤さんがいました。私に姿を見せた3匹は囮で、上が本命だったようです。
いきなり空から降って来て、私を潰そうとして来ましたが、私は間一髪。それを後ろに飛び退く事で、回避しました。
回避はしましたが、飛び退いた私に対して、私にお尻を向けた形で着地をした佐藤さんの尻尾が、襲い掛かってきます。顔に向かい、鞭のようにしならせたそれを、私は顔をそむけることで、再び間一髪でかわす事に成功します。ただ、少しかすったので、頬に痛みが走りました。
攻撃は、止みません。
地面に着地した佐藤さんを飛び越えて、次の佐藤さんが襲い掛かってきました。今度は、かわす事ができそうにありません。
「ひゅるぅ!」
私は地面に寝そべると、降ってきた佐藤さんの胴体に足をそえて、蹴り上げました。
次の瞬間。まさか、半分ほどはできるとは思っていませんでしたが、佐藤さんの胴体が、宙に浮かびました。
巴投げのような形となり、大きなその身体が、私の後方へと飛んでいきます。
直後に、更に残りの2体の佐藤さんが、左右から私に飛び掛かってきました。私は腹筋を使い、アクション俳優のように素早く立ち上がると、右側から襲い掛かって来た佐藤さんの下に、滑り込みました。その際に、剣で切り付けておきます。
「ひゅ!」
痛みに、悲鳴のような声をあげる佐藤さんは、慌てて私を潰そうと、地面に寝そべりますが、遅いです。私は既に彼の身体をすり抜けて、背後に回っています。そして、地面に体重を乗せた彼の身体を駆け上がると、その身体を超えて、反対側から私に襲ってきていた佐藤さんの上に、着地をしました。
暴れられて、すぐに飛び降りますが、それでもう、勝負はつきました。
「ふ、ふふ。あは、あはははは!」
私が触れた佐藤さんたちが、何の前触れもなく、その場に崩れ落ち始めました。自らの、腐りゆく身体を見ながら、彼らはもう何もできず、ただただ腐っていく事しか出来ません。
その中で、私は笑います。目を見開き、彼らの死を笑い、私自身に与えられたこの力を、称賛します。
この力は、素晴らしい。私が手に持った剣で切り付けても、同じ効果を得られる。素晴らしすぎますよ、ラスティライズさん。この力は、本当に面白いです。
「ふふ……」
更に、もう一つ。分かった事があります。私のこの身体は、前の私よりも能力が向上しています。筋力、反射神経、瞬発力……どれをとっても、前よりも上です。ヴァンフットさんを殴り飛ばした時の、思ったよりも強かった自分の拳に対し、違和感は感じていましたが、こうして戦ってみて、ようやく確信が持てました。
元々、運動神経は良かった方ですが、それを遥かに凌ぐ力を、この身体は持っています。コレも、ラスティライズさんがくれた、転生特典なのでしょうか。
「……良かった。コレで、村を守ってあげられそうです」
私は微笑みながら、奥へと向かい、歩みだします。その先に、下に向かって降りていく、石の階段を発見しました。私はためらうことなく、その階段を降りて、下層を目指します。
階段を降り終わると、また上と同じような光景が広がっていました。人工的な石の壁と、自然の土と木々……。その中に佇み、地面を掘ったり、寝転がったり、意味もなく壁に頭突きをしている、佐藤さんたち。
私に気づくと、彼らは一斉に、私に襲い掛かってきました。しかし、その全てを、返り討ちにします。腐りゆく彼らは、何が起こったのかも理解できないうちに、全てが死に絶え、私はその屍を後にして、奥へと進みます。
すると、また同じように、下の階へと続く、階段がありました。
そして、その先にまた、佐藤さん。その繰り返しです。ただ、下の階へ行くにつれて、佐藤さんがどんどん強く、そして数が多くなっていく事に、気が付きました。
「奥に行くにつれて、強くなっていく……?」
私は、目の前で私と対峙していた、最後の佐藤さんが、その場に崩れ落ちて行くのを眺めながら、一人そう呟きました。
現在私は、20回、階段を降りた階層にいます。この階層の佐藤さんを全部倒し終わった所で、少し休憩です。
私は、手近な岩の上に乗ると、ランタンを傍におき、身体を横たわらせます。
「はぁ……」
少し、舐めていました。レグの坊やの言う通り、一晩眠ってから旅立てばよかったです。そう思うくらいに、私の疲労は溜まってきました。
現在、グリムダストに入ってから、体感的にですけど、数時間程が経過しています。ここまで、休憩なしで戦ってこれたのも、私の体力が向上しているからだと思われますが、そのキャパシティすらも超えて、疲労感が襲ってきました。
進めど進めど、先に待つのは佐藤さん。倒しても、佐藤さん。腐っても、佐藤さん。しかも、進めば進むほど、その数はどんどん増えていき、更に力も強くなっていく。終わりのない、悪夢ですか。
せめて、出てくるのが可愛い女の子だったら、救いようがあるのですけどね。
「そうだ……」
レグの坊やが持たせてくれた、カバンを思い出しました。中身を見てみると、中には水がたんまりと入った革の水筒や、燻製のお肉に、パンに、じゃがいもなどなどが入っています。
他にも細かい道具が入っていますが、今はそれよりも、水と食料です。
「んー!」
ただのじゃがいもや、パンに、お水なのに、口にいれると格別に美味しく感じます。
最初は、こんな重い荷物を持たせて、正気を疑いましたが、今は持ってきて良かったと、本当にそう感じますよ。
私はひと時の幸せを味わってから、再び横になると、目を閉じました。疲れて、そこにお腹一杯になり、眠くなってしまったので、仮眠の時間です。
この状況で眠るのは、危険かもしれませんが、しかし疲労をとるためには、やはり睡眠が一番です。さすがに、装備を外したりはせず、完全武装のまま眠りにつく事にします。カバンを枕にして、タニャを想いながら……。
「おやすみなさい……」
そう呟き、私は眠りにつきました。
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