正直な気持ち
そこにあったのは、場違いな物体でした。何者かの意図をもって作られたとしか思えない、石でできた門のような建物が、ぽかりと口をあけて、侵入者を待ち受けています。その石の建物をおおうように、木のツタが、建物を含めて周囲を覆いつくしています。
霧の中で、この場所だけが、まるで古代の遺跡に迷い込んでしまったかのような、場違いな様子を作っているんです。
「コレが、グリムダスト……」
「そうだ」
霧は、ここまで案内をしてくれたレグの坊やが言ったように、確かにここから溢れ出しているようです。
それにしても、不気味な建物です。門の奥は、霧が深すぎるせいか、外からでは中を覗く事が、まったくできません。それに、そこから放たれる空気は、まさに異様です。いつ、どこから、何が出てきてもおかしくない。そんな気配を感じさせられ、私は鳥肌がたつのを感じました。
しかし、気になるのはこの建物、あまり大きくありませんね。門は、せいぜい家一軒分の大きさしかなく、攻略するも何も、ないような気がします。
「これ、外から壊す事はできないんですか?」
「……できれば、皆そうしている。このグリムダストは、周囲のツタも含め、非常に頑丈だ。特に、門は一体何でできているのか、何をしても傷一つつける事はできない。だから、困っているんだ」
「……」
私は、周囲のツタを、手で触れてみました。
そして、枯凋の能力を発動させます。お城でお花を枯らす事には成功しましたが、このグリムダストに果たして通用するのか。
結果は、通じませんでした。ツタは枯れず、何も起こりません。
「なるほど。確かに、そうみたいですね」
「……?」
私が、何をしようとしていたか、彼には分かりません。不思議そうに見てくるけど、構いません。
このグリムダスト自体に、私の転生特典である、枯凋の能力が通じない事は、分かりました。となると、中に入って、素直に攻略をするしかありませんね。
私は、グリムダストの入口へと向かい、踏み出します。
「ま、待て、勇者エイミ。本当に、行くのか?」
「当たり前じゃないですか。そのために、私はここへ来たのでしょう?」
私は呼び止められ、足は止めますが、あまりにもくだらない事を聞かれたので、若干イラつきました。
「移動してきたばかりで、休憩もなしに?もうじき夜がやってきて、眠くなるのではないか」
「これくらいの広さの物、あまり時間はかかりませんよ」
「グリムダストの中は、異次元だ……。見た目と反し、道はどこまでも続いていて、タナトスの宝珠のある最下層へと辿り着くのは、至難の業であり、その道も険しく、長い。攻略には、最低でも一日は要するぞ」
「そうなんですか……」
それは、知りませんでしたし、思いもしませんでした。
見た目の広さのままであれば、楽勝だと思ったのですが、そうもいかないようです。でも、確かにそんなに簡単に行くのなら、苦労はしませんよね。
「ああ。だから、一晩寝て、それから行くのがいい。今日は、移動で疲れた体をゆっくりと休め、明日にでも発つのがいいだろう」
「大丈夫ですよ。私、夜更かしは得意ですから」
「い、いや、大丈夫ではないだろう。体力的に、万全をきして──」
「どうして、中に入ったらすぐに逃げて来るように言っておいて、私の体力を万全にさせようとするのですか?」
「そ、それは……!逃げる時のため、体力はあった方が、いいからだ……」
「違いますよ。貴方は私に、体力を万全にした上でグリムダストの攻略に乗り出してほしいんです。だって、この村を救ってほしいから。口ではいくらいい人ぶって、私に逃げろだなんて言っていても、己の欲望は、隠しきれません。貴方は、私に、グリムダストを攻略して、この村を救ってほしいんです」
「……」
本当に、分かりやすい人。例えカマをかけたとしても、すぐに面に出てしまい、分かってしまいます。でも何も、恥ずべき事ではありません。なのに、レグの坊やは悔し気に、黙り込んでしまいました。
「──だとしたら、どうした。ああ、そうだよ。俺は、お前にこの村を救ってもらいたいんだよ……!」
やがて、レグの坊やが口を開きました。そして、何故かキレ気味に、私が指摘したことを認めました。
「この村は、俺の故郷だ!村長には、ガキの頃から世話になって、他の人にもガキの頃から可愛がってもらった!身内が死んじまって一人になった俺を、村の皆は本当の家族のように慰めて、育ててくれたんだよ!この村は!この村の人たちは、俺にとってかけがえのない家族だ!俺はまだ、その家族になんの恩返しもできてない!それなのに、グリムダストのせいで終わっちまうなんて、そんなのあんまりじゃねぇか!国王様は、こんな田舎を救う気なんて、さらさらない!だが、勇者を派遣してくれる事になって、あんたがこの村にやってきた!陰謀でも、なんでもいい!勇者がグリムダストの攻略に乗り出してくれると言う、最後の希望が出来てしまった!もう、あんただけが、頼りなんだよ……!」
「だから、最初から素直に、そう言えばいいのに……。任せてください。出来る限りの事は、やってみます」
とはいえ、本当に危険になったら、お言葉に甘えて逃げ出しますけどね。私だって、初めての事に対して、自信を持って任せろだなんて、言う事はできません。もしそう言ってしまう人がいたら、それは、無責任と言うものです。
「それじゃあ、行ってきますね」
「……やはり、今行くのか」
「はい。善は急げです。体力は問題ないので、ご安心を」
「少し、待っていろ」
そう言うと、レグの坊やは駆け足で、どこかへと言ってしまいました。でも、すぐに戻ってきましたね。その手には、バッグを持っています。
「コレを、持っていけ」
レグの坊やが差し出したのは、肩掛けのショルダーのついているバッグです。受け取って、中を確認すると、食料や水が入っていました。他にも、火が起こせる火打ち石と思われるものや、ちょっとしたナイフや、ロープが入っています。それと、火が既に灯った、ランタンを寄越してきました。
確かに、攻略に時間がかかると、水や食料もいりますよね。でも、重いです。コレを持って、戦えと。
「一人なら、コレだけあれば、事足りるはずだ……」
「……ありがたく、貰っておきます」
そのバッグを肩にかけると、私はついに、出発の準備が整いました。グリムダストの入口へと踏み出し、レグの坊やはもう、それを止める事はありません。
私は振り向きもせず、ツタだらけになった地面を歩き、ぽっかりと開いたその石の門の中へと、足を踏み入れます。ランタンで照らされたその中は、レグの坊やの言う通り、広くて、奥深い、石と木の空間が広がっていました。




