無事に帰ったら
この事態をおこした者が、ガラティアさんだという事は、もう察しがついていました。
しかし、そのガラティアさんに踊らされる、国王も国王です。大切な勇者だとか言っておいて、結局は、ただの道具としてしか、勇者を見ていない。だから、簡単に利用されるんです。
「……ふふ」
でも、良いでしょう。実を言うと、少しむずむずとしていたんです。早く、力いっぱい戦える場に赴き、この身体に宿った力を試したい。グリムダストが、一体どういう物なのか、それも気になりますが、まずはこの、枯凋の力が試せる場所に、私は早く行きたかったんです。
そこに何が待つのかは分かりませんが、たくさんの血が、見れるといいな。そう思いながら、私は笑いをこぼします。
「……エイミ様。やはり、少々危険すぎるのでは……こんなの、絶対におかしいですっ」
タニャが、お城の前で、私に用意された馬を前にして、小声でそう訴えて来ます。私の手を弱弱しく握り、私の身を案じてくれるタニャは、私の胸を射止めて来ます。
彼女とは、昨日知り合ったばかりだけど、私にとって、この世界でかけがえのない存在となりつつあります。運命の出会い、という奴でしょうか。本当は、私も一時たりとも別れたくはないのだけれど、グリムダストが危険な場所と言うのなら、タニャを連れて行く訳にはいきません。だから、ここは堪える必要があります。
「大丈夫。心配しないで」
私はそう言いながら、タニャの頭を撫でます。少しでも、心配を和らげるように、優しく、慈愛をこめながら……。
それから、ちょっと悪戯をしたくなり、タニャの耳元に、私は顔を近づけると、小声で囁きます。
「──もし、私が無事に帰ったら、その時はキスをして迎えてくれると嬉しいわ」
「き……!?」
顔を真っ赤にしたタニャが、慌てて私から離れます。困った顔も、可愛いわ。
「ふふ。冗だ──」
「分かりました。ぶ、無事に帰って来てくれたら、私なんかで良ければ、喜んで……!」
「……」
私の気合は、それを聞いて、俄然あがりました。もう、グリムダストだろうとなんだろうと、何でも来いという勢いです。
「エイミ様。ご無事をお祈りしています」
レイチェルも、顔を真っ赤にしたタニャの隣で、私に向かって頭を下げながら、両手を重ねてお祈りのポーズをしてくれています。
「……ええ。色々と教えてくれて、ありがとう。タニャを、よろしくね」
「はい」
「勇者、エイミ!いつまでメイドと戯れている!まさか、臆した訳ではなかろうな!」
既に、馬に跨って、私を待っている兵士の一人が、私を挑発してきました。私にも、荷物を担いだ兵士が付いてきてくれるようで、彼らは道案内役もかねています。私は、この世界の土地勘が、まだ全くありませんからね。彼らが頼りになります。
気に入らないのは、彼らは全員、男だという事です。この穏やかな時間を、その男に邪魔をされ、私の機嫌は一気に悪くなります。
「……」
柔らかな、風が吹きました。ただ、身体にまとわりつくような、生暖かな風です。更に、その風の強さとは見合わない、まるで大地そのものが震えるかのようなざわついた音が、辺りに響き渡りました。
「臆した?今、この私に、そう言いました?」
「い、いや……私は、ただ……!」
「ただ、何?」
「……も、申し訳ない」
「いいわ。これからは、気を付けて」
少し睨みつけただけで、男は情けなくも、私に対して謝罪の言葉を述べました。
私、昔から目つきが悪くて、睨みつけると皆怖がって、謝罪してくるんですよ。この世界の人にも、通じそうですね。
でも、何か違和感を覚えました。睨みつけ力が、上がっている。そんな気がします。睨みつけただけで、相手の男を殺せる。そんな感覚すら、覚えたんです。そんな事は初めてで、私は自分の両手を意味もなく見たり、瞬きを繰り返します。
当然、何も変わりはありません。私は、私のままです。
「それじゃあ、タニャ。レイチェル。私は行ってくるから、おとなしくお留守番をしてるのよ」
頭を切り替えて、私はタニャとレイチェルに向き直り、笑顔でそう言いました。
「……はい。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ。エイミ様」
可愛いメイドさんが2人、見送ってくれるだけで、私は嬉しくて癒される気分です。
そんな気分のまま、私は用意されていた、自分の馬。茶毛の馬に、颯爽と乗り込みます。馬の乗り方は、少しだけ知っています。少しだけですが、大丈夫。後は、乗りながら覚えましょう。
「準備はいいわ。私を案内して。その……カムチャッカ村に」
「て、テレット村だ!なんだその名は!」
先ほど私に悪態をついてきて、睨んであげた兵士に言うと、そうツッコミが返ってきました。
「行くぞ!勇者エイミの出陣だ!」
兵士が高らかに言うと、馬に乗って待機していた人たちが、一斉に手綱をとり、出発しました。私も、彼らに合わせて速足で、ついていきます。
振り返ると、タニャが遠慮がちに手を振り、レイチェルが頭を下げて見送ってくれている。
早く、グリムダストを攻略して、早く、戻って来て、タニャにキスをしてもらいましょう。私はそう心に誓いながら、私も2人に向かって軽く手を振り、お城を後にします。




