誘惑した悪女
「グリムダストの、出現が確認された。勇者エイミには、そこに向かってもらう」
謁見の間に訪れた私に、国王はそう告げました。
先ほど言っていたお話とは、だいぶ違いますね。私の鎧が準備できていないから、私はお留守番になったはずです。それが、いきなりやっぱり出陣しろとか、どうして堂々と言えるのでしょうか。
「お言葉ですが……私は、鎧の準備できていないので、お留守番になったはずです。先程貴方が言った通りであるのなら、大切な勇者である私を、万全な準備もなしに送り出す事は、はばかられる事なのでは?」
「鎧でしたら、完成しました。こちらに」
ガラティアさんがそう言って、手で合図した方向には、メイドさんがいました。その手の上には、キレイな鎧が乗せられて、それが私の装備品のようです。
おかしいですね。準備ができていないはずのものが、どうしてそこにあるのでしょうか。
「鎧が準備できている以上、エイミ様は勇者様としての、お勤めを果たさなければいけません。例えたった一人だとしても、国王様に命じられれば、グリムダストへと赴き、民の平和を守る。それが、勇者様としての、貴女の使命です。そうでしょう?エイミ様」
仰々しく、天を仰ぎながら言うガラティアさんですが、わざとらしくて、演技がすぎますよ。
「……もし、万全を期すのであれば、ツカサさん達を呼び戻すべきではないでしょうか。私はまだ、グリムダストがどういう物なのか、知りません。敵がなんなのか……内部がどうなっているのかもしらない、ただの素人です。それを、いきなり一人で行けとか、あまり賢い選択とは言えないと思うのですが」
「ツカサ様達には、ツカサ様たちに与えられた、重要な任務があります!それを放棄する事は──」
「放棄しろとは言っていません。せめて、誰か一人を呼び戻し、私に付けていただければ、二人ずつとなってバランスが良いのでは、と言いたいのです」
幸いにも、ツカサさん達はまだ、出たばかりです。今から追いかけて、一人だけ呼び戻す事は、可能のはずですよ。だって、彼らの馬には、荷物がたくさん積まれていましたからね。現場がどこかは知りませんが、あの荷物の量では、あまりスピードを出す訳にはいかないはずです。例え遠くとも、荷物を運ぶ馬は、休憩が必要のはず。早馬を出せば、充分追いつけるはずです。
「……勇者であれば、例え一人でも、この任をこなす事は可能のはずである。勇者エイミには、一人でグリムダストを攻略してもらう。コレは、国王命令であり、覆る事のない絶対的な言葉だ」
「……なるほど」
私は、自分が嵌められたことに気づきました。
私をお留守番にさせたのは、私をたった一人でグリムダストへ向かわせるための、方便だったのですね。一度は、タニャが完成したと伝えてくれた鎧の件も、ガラティアさんが手を回し、やっぱり完成していない事にしたと。
どうして、そんな事を?私は、ヴァンフットさんに迫られて怖い思いをした、被害者のはずなのに。私は、ニヤリと笑っているガラティアさんを睨みますが、その答えをここで出すのは、やめておきます。
私は、嵌められた。そして、ガラティアさんは、悪意を持って、私に接している。なんて、ぞくぞくさせるシチュエーションなのでしょう。その事実が分かっただけで、私は満足です。
「分かりました。グリムダストに、一人で行かせていただきます」
「よろしい。では、鎧を身に纏い、準備が出来次第、すぐに出立するのだ。向かうは、西のテレット村である」
「はい!」
地名を言われても、全く分かりません。しかし、ここは気を付けをした上で、元気よく返事をして、国王の株をあげておきました。
そうして、私はグリムダストへと向かう事になったのですが、その前に鎧へのお着替えが待っています。着替えは、さすがに初めての物で、着方が分かりません。そこで、レイチェルとタニャを指名して、2人に着替えを手伝ってもらう事にしました。
「痛かったり、動きにくい場所はありませんか?」
「ん。ないわ」
胸には、白銀の胸当て。左手には、同じく白銀の籠手を装備し、利き腕である右手には、動かしやすいよう、レザーの鎧を装着しています。下半身は、赤色のスカートを履きます。激しく動けば、めくれて見えてしまいそうですが、動きやすさでも重視されたのでしょうか。その上から更に、胸当てと繋がった、ロングスカート風の鎧を垂らして装着します。足にはレザーブーツを履いて、少し蒸れそうですね。
大雑把に、装備はそんな感じですが、一部防御が足りない気がします。特に、脇。脇には一切の装備がなく、手を挙げれば脇を隠す物はありません。下に着ているインナーは、袖なしのタイプなので、そこまで隠してくれないんです。隠したとしても、インナーでは簡単に切れてしまいますけどね。更に、ブーツとスカートの間の、大胆に露出した太ももも、何も隠せていません。
「……」
タニャは、不安げな表情を浮かべながら、ベルトをしっかりとしめてくれて、私の着替えを手伝ってくれています。私が、たった一人でグリムダストへ向かうと聞いてから、こんな調子なんです。私を心配してくれているようで、嬉しいわ。
でも、その事を口にする事はありません。この命令は、国王が出したものだから。下手に異議を唱えれば、タニャの身が危ない。私は、自分がこの任務を言い渡され、それをタニャに伝える時に、ハッキリと、異議を唱えるなと言って、警告をしました。
「……そのまま、お聞きください」
一緒になって手伝ってくれているレイチェルが、同じく各所のベルトを締めあげながら、私に話しかけて来ました。とても小さな声で、周囲には聞こえない程の声です。
「ヴァンフット様ですが、エイミ様に殴られて以降、女性恐怖症に陥っているようです。しかし、ガラティア様が懸命に説得し、慈愛を見せる事により、ガラティア様に対してだけ、心を開きました。そこまではいいのですが、ガラティア様は、エイミ様の事を、ヴァンフット様を誘惑した悪女として、触れ回っています。更に、ヴァンフット様を利用して、今回の事態を引き起こさせました。タニャをエイミ様にあてがったのも、おそらく……」
「っ!」
タニャが、それを聞いて私の腰元のベルトを、かなり強く締め上げて来ました。凄い、締め付けです。コレを、タニャがしていると思うと、とても気持ちが良いです。もっと、強くしてください。