認めておかなければいけない事
お城の立派な門の前には、馬に乗るツカサさんと、ミコトさんとイズミさんがいます。それと、護衛の兵士も数名、馬に乗っていますね。彼らは、食料などの荷物持ちや、戦闘要員に、怪我をした時の治療要員に分かれて、それぞれその関連の荷物を、馬に背負わせています。
そんな兵士に紛れて、同じく馬に荷物を背負わせる、少女の姿を発見しました。
黒髪の、少女です。飾り気のない髪を、だらしなく伸ばし切っていて、目を覆ってしまっています。その髪の奥に見える瞳は、全てを諦めたような、とても暗い目です。どちらかと言うと、やや小柄な身体には似合わない、大きなリュックを背負い、彼女は馬に乗っているんです。服は、地味目な軽装の鎧。武器は、持っていません。
「行くぞ!」
ツカサさんは馬に乗り込むと、すぐにそう合図をして、全員を引き連れて出発してしまいました。荷物のチェックもしないんですね。せっかちな人です。
おかげで、黒髪のあの子に関して、聞く間もありません。ツカサさんに続いて、馬に乗っていた全員が、あっという間に走り去っていってしまいました。
残された私は、どうして、勇者ではない女の子を一緒に連れて行くのかとか、どうして彼女は、あんなに大きな荷物を背負わされているのかとか、どうして重厚な首輪を、その細い首に嵌められているのかとか、どうして私たちと同じような顔つきをしているのかとか、色々な疑問が浮かび上がります。
後で、タニャに聞いてみましょう。
「──確かに、いますね。私も、いつも不思議に思いながら、見ていました」
皆さんをお見送りして、その後部屋に戻ると、タニャが早速訪れたので、私は聞いてみました。
でも、答えは知らないと言う回答です。
「そう。あの子は、いつも一緒に出かけて行くの?」
「はい。私が記憶する限りでは、毎回そうだと思います」
「ふぅん」
あの子の待遇から察するに、勇者ではない。でも、グリムダストの攻略に駆り出される。たくさんの荷物を持たされるだけで、武器も持たずについていく……。オマケに、その容姿は私たちの世界。私たちの国の人の物です。何かがない訳がないですね。
「あ、あの、エイミ様。手が……」
「うん?」
私の手は、ベッドのシーツを交換しようとしてくれている、タニャの手に重ねられています。指の間に、私の指をいれこんで、しっかりと握っているので、離す事はできません。
「気にしないで。私も、一緒に手を動かすから、自分の思うように動かして」
「……」
顔を、耳まで赤くするタニャは、それ以上何も言ってこず、私と手を重ねたまま、手を動かし始めます。とても、やりにくそうですね。でも、私はタニャとこうして手を繋いでいたいので、離してあげません。
……さて。この場で一つ、認めておかなければいけない事があります。
一晩明け、私が今いるこの世界は、本物だと言う実感が湧いてやって来ました。こうしてタニャと話したり、ミコトさんや、イズミさんと話をする限り、どうやら本当に、召喚という技術があり、私は召喚されてこの世界へとやってきた、という事になっています。
異世界なんて、存在するかどうかも怪しいところでしたが、事ここに至って、認めるしかありません。ラスティライズさんは、本当に私を異世界に転生させてみせたのです。とすると、彼女はやはり、神様……。
お庭で試した、枯凋の能力も、本物でした。本当に、私が手で触れたお花が枯れて、腐ってしまったんです。
タニャと握っている、この手で、あのお花を枯らせたんですよ。タニャが、その事を知ったら、慌てて私から手を離すでしょうか。
「──エイミ様!」
とそこへ、勢いよくお部屋に入ってくる人がいました。ノックもなく入って来たのは気に入りませんが、女の子だったので許します。
扉を開いたのは、金髪縦ロールの、ドレス姿の女の子……ガラティアさんです。
昨日は、睨まれるばかりで、嫌われたのかと心配していましたが、こうして訪れてくれるという事は、違うという事でしょうか。私も、ガラティアさんの事、好きですよ。見た目は凄く美しくて、好みのタイプです。
「どうかしましたか、ガラティアさん」
「緊急の案件があるとの事で、国王様がエイミ様をお呼びです!」
「……またですか」
仕方がありません。私は、タニャの手から、そっと自分の手を離すと、ガラティアさんの待つ、お部屋の出口へと歩み寄ります。
「行ってくるわね、タニャ」
「は、はい。いってらっしゃいませ……」
「……」
私にそう挨拶をしてくれるタニャに向ける、ガラティアさんの視線は、とても冷たい物でした。私が、そんな目を見逃すとでも思っているのでしょうか。横を通り過ぎて、もう顔を見られる事はないとでも思ったのでしょうかね。ハッキリ言って、私にその目を向けるのならまだしも、タニャのような可愛い子に対して、そんな目を向けられるのは不快です。特に、タニャはもう、私専属のメイドさんなんですから、私の物が蔑まされるのを見ると、イラっとします。
「ガラティアさん。急ぐのでは?」
「ええ、少し、急ぎますね」
ガラティアさんはそう言うと、私を先導して、速足で歩きだしました。それについて、再び訪れたのは、国王の待つ謁見の間です。