留守番
謁見の間には、当然と言えば当然に、国王が待ち構えていました。昨日も訪れた、広々とした空間の一番奥のイスに、偉そうに座っています。この国のトップですから、実際偉いんでしょうけどね。
周囲にいる人々は、昨日よりも少ないです。ガラティアさんに、リシルさんの姿もありません。残念です。
「遅いぞ、皆!」
先にそこにいたツカサさんが、急いで駆け付けた私たち3人に、文句を言ってきました。
恐らくは、私たちよりも偶然近くにいただけと思われるのに、なんて言い草でしょうか。
「す、すまない、ツカサ……」
「ごめんなさい……」
それなのに、ミコトさんとイズミさんは、素直にツカサさんに向かい、頭を下げました。
この人たちの関係性が、私にはよく分かりません。仲間、なんでしょうけど、どこか上下関係めいたものを、感じさせます。ただ、怒られたと言うのに、2人はあまり、ショックを受けた様子はありません。むしろ、先に来ていたツカサさんに対する、尊敬の眼差しを見せています。
「勇者たちよ。よく揃った。他でもない。貴殿らには、緊急の情報が入ったので、集まってもらった」
「グリムダストですか」
国王を真っすぐに見返し、ツカサさんが先回りして尋ねました。
「その通りだ。山菜や、薬草。上質なキノコが豊富に生える、テイラの森に、グリムダストが出現した。テイラの森は、それだけではない。動物たちも暮らす、豊かな地だ。民の生活のためにも、その地を手放す訳にはいかん。昨日任務をやり遂げて帰って来た貴殿らには、誠に申し訳なく思う。しかし、どうか勇者達よ。テイラの森を、守ってくれまいか」
お願いをしているように見えますが、実際は命令です。申し訳ないだなんて、全く思っていないのは、国王のその態度から見え見えです。
「もちろんです!オレ達は、そのためにこの世界に呼ばれたんですからね!」
しかし、この勇者。ツカサさんは、高らかにそう宣言して、やる気を見せています。
「当然だな。ここで戦わなければ、この世界は救われない」
「援護は、お任せください。私が必ず、皆さんをお守りします」
それに影響されたのか、ミコトさんとイズミさんも、続きました。
正義感に駆られるのは、悪い事ではありません。ツカサさんは、まさに勇者と呼ばれるのに相応しき方だと思います。
しかし、見せかけだけの正義でなければ、の話ですけどね。
「エイミさん。心配はいりません。私がお守りしますので、エイミさんは気にせずに、力を振るっていただければ、大丈夫です」
黙り込んでいた私を、怖がっているとでも思ったのでしょう。イズミさんが、私の手を握って、そう励ましてくれました。私はすぐに、その手を握り返します。
「はい。ありがとうございます、イズミさん。怖いですけど、頑張りますね」
「そのいきです!」
「なお、勇者エイミには、留守番をしてもらう」
しかし、国王がそう言った事により、イズミさんは私の手を離してしまいました。
「どうしてですか、国王様。エイミさんは、私たちの仲間です。同じ勇者として、私たちと共に戦う義務がある。そうではないのですか?」
「……勇者イズミの言う通り、勇者エイミには戦ってもらう義務がある。しかしながら、貴重な人材を、しっかりとした装備なしで送り出す訳にはいかん。勇者エイミの装備の準備が、少し遅れているのでな。それが完成次第、戦ってもらう事になるだろう」
「……そういう事ですか」
イズミさんは、胸をなでおろし、納得した様子です。
私を庇ってくれているようで、イズミさんの言葉には、含みがあります。戦いに参加しなくても良いと言われた私に対する、嫉妬でしょうか。一人だけ、平穏に暮らすなんて、許せない。そんな気持ちを感じました。私がヴァンフットさんに告白された時、表面上喜んではいたけど、内心はそう思っていたのでしょうか。
そう考えてしまうのは、私の性格がひねくれているからでしょうかね。
「お心遣いは嬉しいのですが、行けというのなら、私は行きますよ」
「ダメだ。勇者エイミは、留守番とする。コレは、決定事項である」
そう申し出た私の意見は、即却下されました。
それにも、違和感を感じます。国王は、本当に私のを案じてそう言っているのでしょうか。戦わなければ殺すとか言っておいて、それが装備がないから行かなくていいよと、なりますか?
そう感じるのも、私の性格がひねくれているせいでしょうか。
「エイミさんは残念だが、いつも通り、三人で戦うまでだ。国王様!オレたちは、すぐに出発します!旅の準備をお願いできますか」
「既に、準備はさせてある。お前たちの好きなタイミングで、出立するがよい」
「では、すぐに出発します!行くぞ!ミコト!イズミ!」
ツカサさんは、勇ましく歩いて、行ってしまいました。マントを翻す姿が、あざといというか、勇者らしいと言うか……私は、見ていて腹が立ちました。
「では、な。エイミさん。戻ったら、またゆっくりとお話をしよう」
「一緒に行けないのは残念ですが、装備がないのなら仕方ありません。次は、一緒に行きましょうね」
「はい。皆さんのご無事を、お祈りしています」
ツカサさんに続いて歩いていく際に、2人がそう声を掛けてくれて、私はそう答えました。
ですが、ここでお別れではありません。私は旅立つ3名を見送るために、3人について行きます。お留守番を言い渡された私にできる、せめてもの責務です。