一石二鳥
この国には、奴隷制度という物が存在しているようです。奴隷は、主人の所有物となり、何をされても逆らえない。そういう存在になり下がる。
タニャの先祖たちは、かつてその全てが奴隷となり、国の所有物となっていた。しかし、その制度も時間の経過とともに風化していき、やがて先住民たちも、国の一員として、奴隷から解放される事になった。
しかし、そうは言っても、差別意識は色濃く残り、先住民たちは未だに、真の意味でこの国の一員とはなれていない。学校では容赦のない虐めにあい、働き口も限られる。そんな状況を重く見た一部の政治家が、国が率先して雇うという姿勢を見せるために雇ったのが、タニャという訳です。
「──汚れた血。あんなに可愛くて、一生懸命な子が?」
「残念ながら、人々の意識は簡単には変わりません。タニャはこの先も、汚れた血を持つ者として、差別を受け続ける事でしょう」
そう説明をしてくれたのは、レイチェルです。私のお部屋に2人で戻ってくると、そう話をしてくれました。
本当は、タニャのお仕事を傍で見つめてちょっかいを出したかったんですが、仕方ありません。こうしてレイチェルとお話をするのも、悪くはありませんからね。
「……ここだけの話ですが、タニャを勇者様の専属メイドにつけるなど、本来はあり得ません。汚れた血を持つ者は、メイドの仕事の中でも、誰もが嫌がるトイレ掃除や、汚物の処理。下水の掃除などの仕事しか分け与えられないはずです。一見すると、大抜擢にも見えますが、しかしそこには裏があります」
「誰かが、嫌がらせでそうさせた、とかですか」
「……」
レイチェルは、黙りました。否定も、肯定もしません。でも、否定しないということは、肯定したのと同じですね。
「ふふ」
私は別に、構いません。タニャが専属についてくれて、何も思う所はありませんからね。むしろ、大満足です。
むしろ、誰かがそうして、私に嫌がらせをしようとしている。その事実が、たまりません。今は回りくどい手を使っていますが、いつかは正面から……先ほどタニャがされていたような事を、私がされるかもしれない。そう考えると、その時が、たまらなく楽しみです。
「笑いごとではありませんよ。今はこの程度の嫌がらせですが、貴女に対して反感を抱いている者が、既に城の中にいるという事です。他の勇者様にはなかった事態ですからね……。一体何をしでかせば、たった一日で敵を作れるのですか」
「どうかしら。何も、特別な事はしていないのだけれど。強いて言うのなら、国王の前でヴァンフットさんを殴り飛ばしたとかでしょうかね」
「……」
レイチェルは、私の方をじとっとした目で見て来ます。呆れかえり、言葉も出ないと言った様子のその目は、容赦なく私を射抜いてきて、とても良い感じです。
「とにかく、お気を付けください」
レイチェルはそう言うと立ち上がり、部屋の扉の方へと歩いて行ってしまいます。もう、お話は終わりですか。もっと、色々なお話をしたかったんですが、残念です。
「はい。できるだけ、気を付けますね」
「……」
「どうしました?」
途中で立ち止まったレイチェルの背中に、私は声を掛けました。何か、忘れ物でしょうか。
「……タニャの事、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いしますね。では」
そう言い残し、レイチェルは再び歩みを開始すると、静かに扉を開いて閉じて、出て行きました。
どうやらレイチェルは、タニャの事を特別嫌っている訳ではないようです。しかし、同調はしないけど、表立って彼女を庇う気はないようですね。そうはできない、事情があるのでしょう。レイチェルはレイチェルで、自分自身を守るため、タニャを守ってあげる事ができない……。歯がゆいですね。
そこで登場するのが、私という事ですか。私が、タニャを守ってあげてレイチェルの評価もあがって、仲良くなる。そうすれば、2人とも私と良い感じの仲になって、一石二鳥……。ふふ。可愛いメイドさん2人と、イチャイチャ。楽しみですね。
そうして楽しみに想像をしていると、再び部屋の扉がノックされました。この遠慮がちなノックは、間違いなくタニャですね。
「どうぞ」
「失礼します」
やっぱり、そうでした。私は笑顔で、タニャを出迎えます。
「どうしたの?」
「じ、実は……朝食の時に言った、お召し物の方の仕上げが、遅れていまして……。今日は、出来上がりそうにありません。なので、代わりのお召し物をいくつか、ご用意いたしました。本当に、すみません」
そうして謝罪をしてくるタニャは、本当に申し訳なさそうにしていて、追いつめた表情をしています。私が、それくらいで怒る人に見えるんでしょうか。
……いえ。汚れた血だとの言われ、迫害される彼女だからこそ、ミスはゆるされない事なのだと、勘違いをしているようですね。そんな、タニャのせいではない事ですら、タニャは自分の評価に関わるのだと、思い込んでいる。
「いいのよ、タニャ。今日は、昨日着ていた異世界の服を着るわね」
「は、はい……。では、どうぞ、こちらへ。更衣室へ、ご案内します」
タニャはそう言ってくれるけど、タニャのいう更衣室とは、更衣室の域を超えています。多くの服がハンガーにかけて並べられ、もう大きな服屋さんですよ、あの部屋は。オマケに、大勢のメイドさんが待機していて、着替えを強制的に手伝ってくれるんです。身体を触れるのも、見られるのも別に良いんですけど、落ち着けません。
「ここで、いいわ。タニャ、手伝ってくれる?」
私はそう言うと、パジャマのボタンを外し、その場で脱ぎ捨てました。下着姿になり、脱いだパジャマは、イスにかけておきます。
「わ、私で、良ければ……お手伝いをさせていただきますっ」
「それじゃあ、お願いね、タニャ」
手伝いと言っても、ほとんどしてもらう事はありません。でも、パジャマから制服に着替えるだけなのに、タニャは一生懸命、手伝ってくれました。見た事のない服に、手間取う場面もありましたが、その一生懸命さが、愛しいです。
タニャは、本当に良い子。私はたった一日で、その魅力の虜になってしまいました。優しくて、気遣いができて、そんなタニャの、一体どこが汚れていると言うのでしょう。