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汚れた血


 廊下に出ると、早速タニャが行った方向が分かりません。分からないので、適当に右の方へと速足で歩いて、追いかける事にします。


「……おはようございます、エイミ様」


 廊下の向こうから歩いてきて、私に挨拶をしてきたのは、昨日もお世話になった、メイドさんの一人です。

 身体を洗っていただいた子ですね。茶色い髪の、小柄な子です。若く見えますが、恐らくは私よりも年上ですね。その仕草のひとつひとつが大人っぽいですし、とてもしっかりとしていて、周囲のメイドさん達からは、頼られているようでしたから。

 前髪が、髪留めでしっかりと留められていて、そのオデコをさらけ出しています。そして、しっかりと見える目は、ややキツイ目つきをしながらも、青色の美しい目です。この世界では珍しくない色のようですが、見慣れていない私にとっては、とても美しく、憧れを持ちますね。


「おはよう、レイチェル。タニャを、見ませんでしたか?」


 彼女の名は、レイチェルと言います。

 可愛くて、やや不愛想な顔つきですが、私は嫌いではありません。むしろ、好みです。

 この階層には、基本的には男性がいません。働いているのは皆女性で、泊まっているのも女性のみです。昨日出会った、他の勇者の女性も、この階層に泊まっているんですよ。男性であるツカサさんだけが、他の階層にいます。

 どうやらこの世界は、男女をきっちり分け隔てる慣習があるようですね。その辺は、私が元居た世界にもある慣習でしたが、この世界の物は、それよりも強く感じます。


「タニャでしたら、つい先ほど、あちらですれ違いましたが……」

「ありがとう!」


 レイチェルはそう言って、今自分が歩いて出て来た、廊下の曲がり角を指さしました。どうやら、私の勘は、あっていたようです。

 というか、ただ単に、調理室に行ったのだと考えて行動しただけなんですけどね。

 レイチェルの横を通り過ぎて、そちらに行こうとした、その時でした。まさに、その方向から、何かをひっくり返したような音が響いてきて、私は一瞬足を止めました。

 しかし、すぐに走って向かいます。


「……」


 それを、レイチェルも聞いていたはずです。でも、レイチェルは驚く事もなく、ゆったりとした歩みで私の後に続いて来たのには、違和感を覚えますね。まるで、この音が聞こえてくるのが、分かっていたかのようです。

 私はそんなレイチェルを尻目にみながら、先行して向かいます。待っていられませんし、待つ必要もありませんからね。


「何をしているのよ、タニャ!」

「本当に、使えない子!さっさと片付けなさい!」

「も、申し訳ありません。すぐに、片付けます」


 そこには年上のメイドさんが2人いて、タニャを怒鳴りつけていました。

 見ると、先程食べて私が空にした食器が、廊下に転がっています。台車ごとひっくり返してしまったようで、タニャは慌ててその食器を拾っている所です。

 そんなタニャを、年上のメイドさんは、見ているだけで手伝おうとはしません。それどころか、食器を足で踏みつけ、タニャが拾えないように邪魔をしています。加えて、罵っている。


「……タニャ。台車をひっくり返してしまったの?」

「え、エイミ様……!」


 食器を拾っているタニャに私が声を掛けると、タニャは青ざめた顔で見てきて、すぐに食器拾いを再開します。

 幸いにも、食器は割れずに済んだようで、怪我はないようです。


「エイミ様、申し訳ございません。タニャは、メイドの中でも使えない、能無しの子でして……」

「その通りですね。まったく、これだから汚れた血を引く者は、困ります」

「汚れた血?」

「……」


 気になる単語が飛び出して、私は聞きなおしました。

 タニャは、その間も黙って食器を拾い続けています。


「あら。知らなかったんですか?このタニャは、かつて奴隷としてこの国に仕えた者の、末裔ですよ」


 私がその事を知らなかったのは、承知のはずです。何せ私は、つい昨日召喚されたばかりですからね。その上でこの人は、私の興味を引くように、話を持ってきました。癪ですが、気になるので聞いておきましょう。


「そうそう。この国の、初代国王様がこの地を平定して、先住民は皆、国に仕える奴隷となったんです。その奴隷となった先住民の末裔は、皆赤い髪を持っています。もちろん、先住民以外にも赤い髪を持つ者はいますが、彼女たちのように、汚れた色合いはしていません」


 汚れた色合いとは、少し黒がかっている髪色の事でしょうか。私には美しく見えますが、その感覚の違いは、理解する事ができません。


「へぇ、そうなの……」

「っ……」


 タニャは、悔し気に唇をかみしめながら、食器を拾い続けます。


「そうですよ。だから、勇者様であるエイミ様に、タニャみたいな子を専属メイドにつけられるだなんて、そんなの本来は、あり得ない事なんです!だって、奴隷の末裔ですよ!?私、この赤色の髪を見るだけで、虫唾が走るんです!」

「そうそう、分かるわ。気持ち悪い色よね!」


 盛り上がる2人は、無視しておきましょう。

 私は、タニャの横に跪き、一緒になって、食器を拾い始めます。


「え、エイミ様、何をしているのですか!?」

「おやめください、エイミ様!」

「……」


 慌てる年上メイドさんを無視して、私は黙って食器を拾い続けます。タニャは、呆然と私を見ていて、その手が止まっていますが、構いません。私は、食器拾いを続けます。

 そして、最後の一つに差し掛かりました。その一つは、メイドさんが足で踏みつけていて、拾う事はできません。私はそのお皿に手を差し伸べながら、顔を見上げてメイドさんを睨みつけました。


「っ!」


 慌てて足をどけたメイドさんから、食器を回収。それから、台車を起こして、その上に乗せておきます。


「タニャ。これからは、気を付けるのよ?タニャが怪我をしたら、大変だもの」

「……エイミ様、私は──」

「もしかして、どこか怪我をしたの?見せて?足?それとも、お尻?」

「ひんっ」


 私が、座りこんだままのタニャのお尻に触れると、タニャは悲鳴を上げて立ち上がりました。どうやら、怪我はないようです。ついにで、自然とお尻が触れて、ラッキーでした。


「あ、ありがとうございました、エイミ様!では、私はお仕事に戻りますので、失礼します!」


 タニャは、自分で拾った分の食器も台車に乗せると、顔を赤くして去っていきました。

 年上メイドさんの横を通る際、ペコリとお辞儀をして行き、私はそんなタニャの背中を見つめながら、手を軽く振って見送ります。


「──何をしているのですか。貴女達も、仕事に戻りなさい」


 そこへ、遅れてやってきたレイチェルが、年上メイドさんにそう命じました。彼女たちも私にお辞儀をすると、速足でその場を後にしていきます。

 その場に残ったレイチェルは、彼女たちが去っていくと、ため息交じりに私の方を見て来ました。


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