拒否
「あの──」
私は、目の前で勝手に進んでいく話に入るべく、声を上げました。
「凄いじゃないか、エイミさん!王子様のお嫁さんだなんて、本当に凄い事だ!」
「おめでとうございます、エイミさん!この世界に召喚された仲間として、祝福いたします!」
声を上げようとした私に対し、ミコトさんとイズミさんが、口々に言いながら私の手を掴んできます。
目を輝かせて祝福してくる2人に、私は圧倒されてしまいます。私も、乙女の端くれとして、2人のお気持ちは分ります。王子様と結婚とか、それって女の子の憧れですから。私からすれば、分かるけど、理解ができない事ですけどね。
ではなく、早く話しを止めないと。お2人に手を握られて、喜んでいるような状況ではありません。
「私は──」
「──許す。ヴァンのしたいように、するが良い」
「ありがとうございます、父上!」
そうこうしている内に、国王とヴァンフットさんの話が、まとまってしまいました。
国王の許しを得たヴァンフットさんが、私の方へと歩み寄ってきます。彼に譲る形で、ミコトさんとイズミさんが、私から離れて行ってしまいました。残念です。
「……エイミさん。勇者として、危険な事をする必要はない。この世界で、私の傍で、私の妻として、安寧に過ごしてほしい」
私の前に跪き、手を取ろうとしてくるヴァンフットさんを拒否するように、私はそこから一歩、引き下がりました。
「エイミさん?」
「残念ながら、私は貴方の妻になるつもりはありません。貴方の妻になるくらいなら、その危険な勇者として戦う方を選びます」
「ど、どうしてですか!?貴女は、美しい!美しい貴女には、戦いは似合わない!私の妻としてなら、その役目から解放してあげる事ができるのに……!断る理由が、ありません!」
美しいから戦いが似合わないとか、妻としてなら戦いから解放してあげられるとか、支離滅裂です。
「断る理由なら、あります。私、貴方の妻にはなりたくありません。簡単に婚約者を捨てるような男は、ハッキリ言って不愉快です。それに、私の意見も聞かずに自分だけで盛り上がり、勝手に話を進めようとするような男は、この先もきっと、妻の話を聞こうともせずに、我を通す男になるでしょう。そんなのと、結婚?冗談ではありません。お断りですよ」
「そ、それでも私は、貴女が欲しい!」
ヴァンフットさんが、唐突に私の手を握った上で、肩を掴んで迫ってきました。凄い力です。痛いくらいで、私に対する配慮が、微塵もありません。
「……離してください」
「私は、貴女を必ず幸せにする!貴女のために、尽くす事を誓おう!私のダメな所は、貴女が指摘してくれれば、直す事ができる!だから、共に歩んでいこう!ね、エイミさん!私の妻に、なってくれますよね!?」
慌てて言葉を綴ってきますが、私の言う事をまるで聞いてくれていません。離してと言った事も、先程言った事も、何も聞いていないようです。
「……離せ」
「エイミさん、私は本気だ……貴女程美しい人を、私は視た事がない。私は、貴女が欲しい!貴女でなければいけな──」
私は、ヴァンフットさんの膝裏を巻き込んで蹴り上げてバランスを崩させると、握られていない右手の拳で、ヴァンフットさんの顔面を殴りつけました。鼻にぶつかった私の拳は、ぐしゃりと潰れたような感触を感じさせます。
本当は、触れたくもありませんでしたが、仕方ないですね。
かくして、顔面から血を噴き出したヴァンフットさんは、見事な放物線を描きながら、床に倒れました。そんな彼に、ガラティアさんが寄り添って心配しています。
そんな男、放っておけばいいものを……目の前で、いとも簡単に捨てられた立場なのに、優しい方です。が、どうして私をそんなにキツイ目で睨んでくるのでしょうか。私、何もしていませんよ。むしろ、男に言い寄られて怖かったです。私の方も、慰めてくれてもいいと思うんですけどね。
でも、そんな目で睨まれると、ちょっと恥ずかしくなってしまいますね。思わず身体をもじもじとさせ、ガラティアさんの、恨みの籠もったその視線を、私は楽しみます。
「貴様、ヴァンフット様になんて事を……!」
周囲の兵士たちが、私を睨みつけて来ます。男に睨まれたって、嬉しくもなんともありません。なので、そちらの視線は気に入りませんね。気に入らないので、睨み返しておきます。
「エイミさん、なんて事をするんだ!ヴァンはただ、貴女に好意を持っていただけなのに……!」
ところが、今の状況を見ていた、勇者一行の3名も、彼らと同じような目で私を見て来たのは、想定外でした。どう考えても、無理矢理言い寄って来たこの男が悪いと思うんですけど。
「──ああっ。ごめんなさい、男の人に言い寄られるのは初めてで、気が動転してしまいましたっ。私は、なんて愚かな事をしてしまったのでしょう!」
さすがに、この状況はまずいです。だから私は一芝居うつことにしました。ヴァンフットさんを殴った事を後悔しているように見せて、やり過ごす作戦です。
「……む、無理もありません。相手は、一国の王子様ですもの。気が動転してしまったというのも、頷けます」
そう言ってくれたのは、シスター服姿の、勇者さんです。
「イズミの言う通りだな……。ツカサ。エイミさんの気持ち、私もよく分かる」
シスター服姿の方が、イズミさん。という事は、ポニーテールの女性が、ミコトさんですね。
ミコトさんも、イズミさんに賛同し、私を庇ってくれました。最初は、私を軽蔑するような眼差しを送っていたのに、単純な人達です。
「そ、そうだな。よく考えれば、ヴァンにも悪い所はあった。国王様!どうか、エイミさんに寛大な措置をお願いします!」
「……この国の王子であるヴァンを、この国の国王の前で傷つけたのだ。それを、無罪で済ませる訳にはいかん」
「国王様……!」
「──しかし、勇者殿は召喚されたばかりで、この世界の儀礼も何も、理解できていない。更に、勇者ツカサの弁護もある。それらを鑑み、ヴァンとの結婚の話……それをなしとする事で、貴殿への裁きとする」
「……残念ですが、仕方ありません」
私は、内心ほくそえみながら、その罪と言う名のご褒美を、受け取っておきます。
「兵士よ。ヴァンを、医務室へ連れて行け。勇者エイミは、下がって良い。先程も言った防具の件や、部屋の割り当てなどがあるのでな。それに、貴殿にはまず、この国の事を知ってもらいたい。担当の者に、詳しく聞くが良い。他の勇者には、報奨の受け渡しがあるので、残ってもらうぞ」
そうして、どうにか私は、この場を切り抜ける事ができました。一時はどうなる事かと思いましたが、最終的にはうまくいって、ホッとしましたよ。
しかし、わだかまりが残ってしまいました。最後まで私を睨みつけていた、ガラティアさんの事です。彼女、頭が少し足りていないようですが、見た目は好みなんです。でも、ああやって睨まれると、背筋がゾクゾクして、たまりません。
一方で、収穫として、もう一つ。私が、ヴァンフットさんを殴った時の事です。あの光景を、笑いながら見ている人物がいたんです。一瞬だけでしたが、明らかに、面白い物を見るように、笑っていました。
彼女とは仲良くなれそうで、いつかお話しする日が、今から楽しみです。