8.一日経ちましょう
「し、紫瞳くん!おはよう!」
「……お、おはよう」
……目が覚めた。いや割とマジで、はっきりと。
だって教室の扉を開けたら、目の前で深々とお辞儀しながら挨拶する女子生徒がいるんだもん。俺が避けなかったら、挨拶が頭突きに変わってたぞ。
と言うかこの声は夢有だな。顔がぼやけているから、いつもなら声質で判断するしかないんだけど……今日は声を聞かなくても分かった。
だって、こんな異様なアクションしてくるのは夢有しかいないのだから。朝から挨拶という名の頭突きだよ?間違いないね。
「きょ、今日は日中も18度前後で過ごしやすい気候だよね。でも梅雨前線が近づいてきてジメジメするから、洗濯物は明日に回した方がいいよ!」
「そ、そうだね……?」
お天気のお姉さんかな?あとジメジメしてるのに過ごしやすいってどういうこと……?
「そ、それと今日は二時間目に健康診断のための身体測定があるから遅れないように気を付けようね!体操服を忘れないように!……えとえと……そ、それじゃあまたね!」
「あ、はい。ご忠告どうも……」
……夢有は体育委員じゃなかったはずなのだが、それだけまくし立ててモザイクだらけの(視力低すぎの俺から見た)風景に消えた。
と言うか、なぜ朝一でそんな話を……今まで遅刻したことも忘れたこともないんだけど。
「なんか亜紀ちゃん、昨日からちょっと変だよね~」
「うお!?……って、桂音かよ。驚かすな、もう眠気は皆無だから」
いつの間にやら桂音が隣にいた。
ちなみに、誰かが俺の隣にいたり突然話しかけると俺が驚く、もしくはコミュ障のように返答がおぼつかなくなるのはいつものことだったりする。俺の視力は0.1だからね。俺からしたら、突然その人が現れたように感じるんだよ。
「それに『昨日から』ってのは間違ってるぞ。俺に言わせれば、二年に進級してから既に変だ」
真人によれば、夢有が俺に対して妙なアクションを取り始めたのは二年に進級して、同じクラスになった時から。
あと一つ訂正させてもらうと、『ちょっと変』ではなく『すごく変』だ。『おかしい』でも可。ずっとチラチラ視線を送られて、更には帰りに跡を付けられている可能性すらあるのだ。
そう。その真実を暴くために、昨日は真人にも協力してもらって話す機会を手に入れたのだが……。
そんなことを考えながら席に着いたとき、真人が教室に入ってきた。声が大きいからホント分かりやすいね、あの子。
「おはよーさん!んで、昨日はどうだった楠?ちゃんと話せたか?昨日は疲れたとか言って話してくれなかったからな、今日は逃がさないぞ」
「友達になった」
「……へ?」
「だから、夢有と友達になった」
……わー。顔は見えないけど、真人は絶対間抜けな顔になってるな。
そりゃそうだ。俺も高校二年生にもなって友達報告をするとは思わなかったよ。
「あー、えと……おめでとうって言えばいいのか?」
「好きにしてくれ」
「友達……うーん、だから亜紀ちゃん、昨日からちょっと変わったのかなぁ」
「……一応聞いとくけど、変わったって何が変わったんだ?」
俺も察しは付いているが、夢有がチラチラ視線を向けていたという事実を教えてくれたのは桂音もだ。今回も聞いておきたい。怖いけど。
「しどっちをチラチラ見るのは無くなったと思うよ。帰るタイミングもずれてる気がするし」
「だけど、明らかに楠への積極性は増したよな。昨日の帰りもわざわざ挨拶してたし、話しかけようとしてるのが見て分かる」
そうなのだ。いくら視力が低かろうと、今まで話すこともなかった夢有がああも声をかけてくれば、さすがに気付く。
昨日からタイミングがあれば声をかけてくるようになったのだ。
登校すれば朝の挨拶。昼休みになれば昼の挨拶。放課後になれば帰りの挨拶。何?『一日三食』ならぬ、『一日三夢有』なの?
そしてその度に視力の低い俺は突然現れた夢有にビビり、彼女は彼女で今日の朝のように天気のことなどをまくし立てるという……第三者から見ればカオスな光景になっていたことだろう。
「まあでも、俺に視線を送るようなことはなくなったのか……それだけは良かっ」
「その代わり、しどっちへの生徒からの視線が凄いよ。特に男子の」
……はい?
「ま、学校一の美少女とも噂される夢有が、あからさまに楠に話しかけてるからなぁ……当然だな」
……勘弁してくれないかなぁ!?




