7.お話しましょう2(少女視点)
「えと、夢有……だよな。同じクラスの」
「は、はい!そうでしゅ……!お待たせしてごめんなさい……!」
か、噛んじゃった……っ。
「いやいや、呼びつけたのは俺だからさ。気にしないで」
こちらを落ち着かせるような、穏やかな声音。
紫瞳くんはいつも通りの様子だ。制服も着崩すことなく、頭髪も短く切りそろえた模範的な生徒像と言っていいだろう。
もう少しはっちゃけた恰好や言動をしてくれれば、風紀委員として注意するという大義名分のもと話せたり出来るんだけど……って、違う違う!何言ってるの!
と、とにかく!紫瞳くんは見た目落ち着き払っているように見える。
だからこそ、何を言われるか予想も出来ないけど……大丈夫、分かってるよ。まずは落ち着いて会話するんだ!
「その、夢有がなんか俺に言いたげな雰囲気だって友達から聞いてさ。そのことで話したいことがあって」
「ひゃ、話したいこと!?」
「いや、そんな否定しようとか嫌とかじゃ決してないんだ!夢有の気持ちに気付けなかった俺が悪いし、それはホント、ごめん……!」
ふえぇ、ダメだったよ珂月ちゃん……!!こんな高い声、私でも初めて聞いたよ!
二年に上がってから初めての紫瞳くんとのまともな会話。それだけでも手いっぱいなのに、未だ不明瞭な話したいことという不安要素……心臓一つじゃ足りないよ……!
そ、それよりも!紫瞳くんに謝らせてしまった……!
私がこんな調子じゃ、彼だって話しづらいに決まってる。というか実際慌てて、わたわたしてる……ちょっと可愛……じゃなくて!
もう!私!いい加減にしなさい!!
紫瞳くんが作ってくれたこの機会(正確には大辺くんだけど……)、失礼な態度だけは絶対ダメ……!
「う、ううん。大丈夫だよ……」
「そ、そっか」
よ、よし、普通に言えた!ここからだよ、私……!
「すー……はー……」
深呼吸、完了……うん、落ち着いた……気がする。
今度は私から、ちゃんと彼の話したいことを聞いて……あれ?
そういえば紫瞳くんのさっきの発言、『私の気持ちに気付けなかった俺が悪い』って言ってたよね……。
気付けなかった……過去形……。
つまり、目の前にいる今の紫瞳くんは……私の気持ちに気付いているってこと……?
えっと、私の気持ちというのはつまり、『紫瞳くんが好きだということ』だから。
それに彼が気付いているってことは。
つまり。
……やああぁぁぁぁーーーーーー!!!??
ばばばばれちゃってるの!?私の好意気付かれちゃってるの!!?
た、確かに私が彼に色々とアピールしていた時は、話すきっかけに乗じて『気持ちに気付いてくれないかな……』なんて思ったりはしてたけど……!
え、じゃあ今呼び出されてるのって……大切なお話って……。
それのお返事ってことに……!?
い、いや待って!落ち着いて夢有亜紀!!
珂月ちゃんも言ってたじゃない、ちゃんと話すことが大事なんだって!まだ聞いてもないのに、決めつけダメ!よくない!!
確認するんだ……見てて珂月ちゃん、私ちゃんと……話すよ……!
「そ、その……さっきの紫瞳くん、私の気持ちに気付けなかったって言ったよね……?」
「い、言ったよ?」
「そ、それってつまり……今はもう、私の気持ちを知ってるって、こと……だよね……?」
か、顔が熱いよぉ……!
でも、ちゃんと話せたよ……珂月ちゃん……!
上目遣いで、彼の反応を確認する。目をまん丸にして、意外そうな表情……?もしかしたら、私の推測が間違っていたのかもしれない……!
でもすぐに言葉が帰ってこないのが怖い……!
お願い、気付いていないで……!あ、でもちょっと気付いてほし……じゃなくて気付かないでぇ!
「あ、あぁ。知ってるさ」
「ほ、ホントに!?ホントのホントに!?」
「そ、そうだぜ。ホントのホント」
「ひゃ、あ、あうぅぅ~~……」
あ、あぁ……終わった……終わっちゃったよ珂月ちゃん……。
ちゃんと話したら……終わっちゃったよ……。
私には分かる。自惚れじゃないけど、ありがたくも多くの男性から告白を受けてきた私なら。
紫瞳くんの表情は……たたずまいは……この気持ちを受け入れる人のそれじゃないということを。だって私が今まで、そんな顔をしてきたんだもの。
困ったような、焦ったような。それでいて、申し訳なさそうな。
思えば紫瞳くんは、最初から私を下手に刺激するのを避けるように言葉を選んでいるような様子があった。いや……どこか怯えている感じですらあった。
あぁ……何やってるのかな、私……。
遠回しで分かりにくいアピールばかりで、いざ気付いてもらったら、もう終わっていて。こんなことなら、ちゃんと告白しておけばまだ良かったはずなのに。
私が今まで交際をお断りした人たちも、こんな気持ちだったのかな……。
……やだなぁ……諦めたくない……やり直したいよ……っ。
そんな、余りにも遅い後悔が私を支配しかけたときだった。
「で、でもさ!まだお互い、まともに話したこともないでしょ?だからまずは、よりお互いを理解することが大切だと思うんだ!ちゃんと話したりして、ね!?そうした方がより良い意思疎通と言うか、関係を持てると思ったり!!」
「よ、より良い……関係……」
紫瞳くんの力強くも優しい、その温かい言葉は、私に何かを気付かせるものだった。
……そうだよ。私は何で今まで、男性からの告白を断ってきたのか。
その相手のことを、よく知らなかったからではないか。
もちろん、その理由に当てはまらない人もいる。だけど、大半の男子は私と直接面識のない、交流関係の浅い人だった。
私の評判や容姿を見聞きしただけのそれ。
だから断った。よく知らない人とのお付き合いは出来ないから、と。
でもそれは、紫瞳くんだって同じだ。
彼は私のことをよく知らない。ほとんど話したこともない。二年に上がってからは尚更だ。それじゃ断るなんて当たり前だ。
だから彼は、『よりお互いを理解することが大切だ』と。そう言ってくれた。
今は気持ちに答えられない。でも、これからならと。そう優しく説いてくれた……こんな身勝手な私を。
「つ、つまり……友達から始めるなら、いいってこと……?」
「……へ?」
「ち、違うかな……?」
うぅ……ダメ、泣くなんてダメだよ……!
彼は私にチャンスをくれたんだ。他でもない私が願った、『やり直したい』という我儘を。だからこれは、私がすべき確認……!
ちゃんと話して、ちゃんと聞くんだ。彼の気持ちを……!
「合ってる合ってる!すごい友達になりたいな!そこから互いに理解を深め合っていこうじゃないの!」
「うん……分かった!友達から……私、頑張るね!」
「あ、はい。俺も……そうするよ……」
……良かった……
良かった、良かったよぉ~……!!
何も出来ないで、勝手な後悔で全部終わって諦めるかもしれなかったけど、まだやり直せるんだ……!紫瞳くんと友達になれるんだ……っ!
「それと……ありがとう……っ!」
その一言が今の私には精一杯で、私はその場を後にした。どんな顔をしていいか分からない。でもその足取りはとっても軽くて……。
もう、今日みたいな失敗はしたくない。
彼と友達になれた。紫瞳くんからそう言ってくれた……もっともっと頑張って、アピールして……今度はちゃんとこの恋心を伝えてみせるから!
「珂月ちゃん聞いて!紫瞳くんと友達になれたよ!」
「小学生か」