3.お話しましょう
翌日。
天気は晴天。気温は過ごしやすい。生徒数の少ない朝の廊下。
そして、俺の視力は変わらず低い。
先日の話通り、真人が連絡の肩代わりをしてくれている。俺は自身が在籍する教室の前で待つだけ……朝一で生徒もほとんどいないから、俺に近づいてきた人が夢有希だと判断できるからね。
そうして待つこと数分……廊下の突き当り、俺の視界で黒いものが動いた。あれは人だ、そしてまっすぐこちらに向かってきてるということはつまり。
「えと、夢有……だよな。同じクラスの」
「は、はい!そうでしゅ……!お待たせしてごめんなさい……!」
「いやいや、呼びつけたのは俺だからさ。気にしないで」
良かった、夢有で合ってたわ。分かってはいたが視力が低いせいで、のっぺらぼうの女子生徒にしか見えない。
ただ、声や言葉使いから察するに、やはり学年一の美少女と人気者と言われるだけはあると思う。真人のように言うならば、鈴が鳴るような可愛い声だろう。
……さて、ここからだ。
相手は俺をずっと見ていた(悪く言うとストーカー)相手……下手に刺激する言動は控えるべきだ。ゆっくり、そして確実に相手の真意を聞き出す!
「その、夢有がなんか俺に言いたげな雰囲気だって友達から聞いてさ。そのことで話したいことがあって」
「ひゃ、話したいこと!?」
「いや、そんな否定しようとか嫌とかじゃ決してないんだ!夢有の気持ちに気付けなかった俺が悪いし、それはホント、ごめん……!」
やっべ、謝ってしまった……!
でも今のは仕様がないな、うん!なんか彼女の口調が興奮しかけていたし、とりあえず謝っておこう!低姿勢だ、低姿勢を意識するのだ楠!!
「う、ううん。大丈夫だよ……」
「そ、そっか」
……ひとまずセーフか……いや待て。なんか空気を吸うような音が……
「すー……はー……」
え、何。夢有さん深呼吸してらっしゃる?なにをそんな準備運動みたいなことをする必要があるんですかね?え、ちょっと怖いよ?何されちゃうの俺?
「そ、その……さっきの紫瞳くん、私の気持ちに気付けなかったって言ったよね……?」
「い、言ったよ?」
「そ、それってつまり……今はもう、私の気持ちを知ってるって、こと……だよね……?」
今しているこの話し合いが、それを確認するためのものなんですけどー!!
ちょっと待って!『気付けなかった』とは言ったけど、『気付いた』とは言ってないよね!?そこに意見の相違が生まれるとは……!
どうする!?表情を伺ってから返す言葉を考えて……いや相手の表情が見えない(視力的に)から、否定していいか分からねぇ……!
くっ……ならばここは……!
「あ、あぁ。知ってるさ」
「ほ、ホントに!?ホントのホントに!?」
「そ、そうだぜ。ホントのホント」
「ひゃ、あ、あうぅぅ~~……」
うなり声!?何をうなっているんだ……!?睨まれたりしちゃってるの!?
ダメだ、怯むな!言葉を続けるんだ……!
「で、でもさ!まだお互い、まともに話したこともないでしょ?だからまずは、よりお互いを理解することが大切だと思うんだ!ちゃんと話したりして、ね!?そうした方がより良い意思疎通と言うか、関係を持てると思ったり!!」
「よ、より良い……関係……」
どうにか意味のある一文に出来た……はずだ!
夢有の反応も、落ち着いた声に戻った。さあ、どう来る。
「つ、つまり……友達から始めるなら、いいってこと……?」
「……へ?」
と、友達?なぜに友達?どこにその単語の要素があったんだ?
俺はただ、ちゃんと話して互いに整理し合おうって言いたいだけで……。
「ち、違うかな……?」
「合ってる合ってる!すごい友達になりたいな!そこから互いに理解を深め合っていこうじゃないの!」
涙声はズルいだろう……!
表情こそ分からないが、絶対に泣きそうだ。こんなの肯定する他ないじゃないか……!
「うん……分かった!友達から……私、頑張るね!」
「あ、はい。俺も……そうするよ……」
「それと……ありがとう……っ!」
初めて聞くような、気の入ったしっかりとした声で、謎の『頑張る宣言』をした彼女は廊下を走って何処かに行ってしまった……。
……
「とりあえず……今日はもういいや……」
朝から疲れた……。
彼女が俺を見ていたという話は、また聞く機会があるだろう。
何せ、彼女と友達になったのだから。
一限目は、寝よう。