2.確認しましょう
「あの夢有だぞ!学年一どころか、学校一とも噂される美少女!」
その日の放課後、俺を見ていた……というよりあからさまなアピールをしていたという女子について語ってやるから待っていろ!ということで、真人が部活を終えるまで待たされた。
日が暮れるのが遅くなった今日この頃、もう午後六時を回ろうというのに外は明るい。そして隣で騒ぐ真人は煩い。また明日学校に苦情が来るだろうなぁ……。部活終わりなのに、なぜこうも元気なのだ。
「知ってるよ、俺たちと同じクラスなんだから……それ以外は何も知らないけど」
「整いながらも庇護欲を掻き立てられる顔立ち!高すぎず、しかし低すぎずの男子理想の女性身長!絹糸のように艶やかな黒髪ロング!完璧なスタイル!そして何より、制服から強調されるその胸!おっぱい!!あの神秘を見れないとは……楠はなんて可哀そうな奴なんだぁ……!」
「お前にそこまで観察されてる夢有の方が可哀そうだと、俺は思うね」
後半とかセクハラでしかない。
しかし真人がどれだけ情熱的に語ろうと、俺がそれを確かめることなど出来はしないのだ。
だって見えないから。視力的に。実際にその美少女だとか言われる夢有の姿を見ても、黒髪の女子生徒がいるとしか認識出来ないだろう。
まあでも、人気者であることは分かる。
彼女の名前は学内でもよく聞くし、それだけの人気と認知度ということだ。容姿は全く分からないけれど。
「で、何で夢有が俺を気にしてる風だって分かるんだ?」
「そりゃ授業中もチラチラお前の方を見てるし、昼も休み時間もそうだし、帰る時すら同じタイミングで教室を出るんだぞ。多分、お前と本人以外はみんな気付いてるぜ」
「……待って、帰る時?いつからそんなことになってたの?」
「二年に進級してからだな」
「いや、だから怖えーよ!」
これを言うと、真人は贅沢なことを!なんて怒るが……怖いだろ!
もう一種のストーカーじゃん!進級してからってことは、少なくとも一年の時から俺のことを知っていたことにもなるから……うわ、怖い怖い怖い!!
「美少女がやれば健気な追いかけであって、ストーカーにはならないんだよ。あれだ。恋愛漫画である、一途な後輩が憧れの先輩を追いかけるのと同じ感覚」
「だから俺は顔も知らないんだっての!!」
そして俺は視力が低いから、例え待ち伏せされていたり、俺の跡を着けられていても絶対に気付けない。いつの間にか後ろにいるなんてホラーな展開もあり得る訳で……やべ、変な汗が出てきた。
「……明日、朝一で謝ろう」
「は!?何で!?」
「ずっと見られるなんて普通じゃない。俺が何か自覚なしにやらかしたんだ……大事になる前に全力で謝罪する」
「待て待て、何でそうなる」
「逆に聞こうか、それ以外に何があるのさ」
すると、真人は両手を広げて、首を『やれやれ、こいつは』と呆れを表すようなジェスチャーをして見せた。
こいつ、俺が視力低くてよく見えないからって……!
「それは……恋ってやつだよ」
「恋愛漫画の読みすぎだ、この変態」
「変態は関係なくない!?」
どんな答えが返ってくるかと思えば……いつからこいつは恋愛脳になったのか。
恋をしたから遠くから見つめる?漫画なら美味しい展開だろうが、あいにくこの世界はどこまでも冷たいリアリティな現実なのだ。
曲がり角でパンを加えた少女とぶつかることもないし、手料理を振舞ってくれる幼馴染も存在しないし、小さい頃に結婚を約束したお姉さんもいないのだ。
他人事だと思って、適当なことを……。
「もっと真剣に考えてくれよ。そんな学校中で人気の女子に見られてるなんて、普通の学校生活も送れなくなるんだぞ」
「もう手遅れな気もするがな……ん~、そうか。真剣にか……」
お、真人が静かに腕を組み始めたようだ……が、そんな熟考も一分も経たずに終わり、指をパチンと鳴らした。
「よし!何はともあれ、まずは対話だ。いきなり謝っても余計な思い違いが生まれるだけだし、ちゃんと話して互いに状況を整理するべきだろ」
「……まあ、それはそうだな」
意外にも説得力がある。
少なくとも俺は彼女のことをほとんど知らないし、視線を向けられる理由に至っては心当たりなど皆無だ。まあ、会話するだけでも若干の恐怖があるのだが……話さなければこの異様な状況も改善しないだろう。
「早速だ!明日の朝、俺が夢有を呼び出そう」
「いや、さすがにそこまでは……」
「夢有の顔を知らないのに、どうするんだ?」
「……何から何まで世話になります」
こうして、前日になって突然の大きなイベントが出来てしまった。
随分と長い期間見られていたという事実に恐怖感は拭えないが、覚悟を決めるしかないだろう。真人も協力してくれているのだ、やるしかない。
……どうしてこんなことになったんだか。