18.風紀委員を仮体験しましょう2
「あの、何かありました?必要であれば先生とかも呼びますけど」
もしかしたら何かのトラブルかもしれない。そう考えて、まずは進路妨害をしてることは咎めなかった。
いや、怪我したとかだったら大変だからね。そこに文句言いに行ったらただの嫌な人になってしまう。
「え?いや……誰?」
「風紀委員ですが」
「いや、あのさあ……空気読んでくれないかなぁ?」
うん、この苛ただしげな声を聞く限り怪我人発生などではなさそうだ。むしろ俺が怪我人にされそうな雰囲気だね。
改めて見ても異様な光景だよ。
一組の男女を、たくさんの生徒が数歩離れて囲って見物していたらしい。そしてそこに、目の前の男子曰く空気の読めない俺が踏み込んだと。
……ホント、眼鏡とかかけてなくて良かった。
こんな大量の視線をその状態で一身に受けたら、また泣き出していたかもしれない。そして学校にいられなくなる。最後に転校してスリーアウトチェンジだ。いやー、視界がぼやけてて良かった良かった。
まあ今でも、こんなふざけたことを考えないと平静を保てないんですがね。
「空気を読むなら、あなたも周りを見るべきです。朝からこんなところで足を止められては他の生徒の迷惑ですし。何より……彼女の風紀委員としての仕事を邪魔しないで下さい」
「なっ……!」
そうきっぱりと告げる。視界が鮮明で相手の顔が見えていたなら、こうも偉そうには言えないだろうな……もしかしたら、すごい睨まれてたりするかね?
周囲からコソコソと声が聞こえる。
それを聞くに、どうやら目の前の男子生徒は夢有に告白する最中だったらしい。
すげぇな、こんな大衆の面前で愛の告白ですか。嫌みや皮肉なしに、度胸と勇気ある行動だと思う。俺じゃ視力低い状態でも無理だ。
皆に見られながら、正々堂々と告白。まさに青春っぽいね、まともに視力が使えない俺には青春が何かも分からないんだけど。
でも残念ながら、これは風紀委員としての仕事なのだ。青春の一ページを刻みたいのなら、他生徒に迷惑のかからない校則の範疇でしてもらわないと困る。だから空気が読めようと読めなかろうと止める。
それに、何でかな。見える訳がないんだけど……
「紫瞳、くん……」
夢有が泣いている。そんな気がしてならないのだ。
これがただの勘違いだったり、この男子生徒に告白されて狂喜乱舞のうれし涙だったのなら、この後全力でお二人に土下座をかますさ。靴もペロペロしちゃう。しばらくパシリになってあげる。
でもそうじゃなくて、もしもそれが悲しさや怖さからくるものなら……
「今、この場では控えていただきたい。解散して、校舎に入って下さい」
風紀委員として、この場を収めた方がいいだろう。
……それに男子生徒!君のためでもあるんだぞ!
君が夢有とどれだけ親しいか知らないけど、ちゃんと交友を深めた上での告白なんだろうな!?じゃなかったら悪く言わないけど踏みとどまれ!
よく分からないストーカー行為を受けた俺からの、心からの言葉だから!俺は一対一で対話したにも関わらず、何も分からなかったんだぞ!
学年一の美少女って言われてるらしいけど、こんな目立つことをしたら夢有が何をするか分からんぞ!だからまた場を改めて……な!?
「ちっ、うっぜーな……ここで返事もらって終わりだから、すぐ済むさ。だから引っ込んでろよ……夢有、返事もらえる?」
悲しい。僕の心の叫びは彼に伝わらなかったようです。
しかし彼もギャラリーも、このやり取りに落着を付けない限り梃でも動かないつもりらしい。これはいよいよ、夢有に何かしらの返事をしてもらう他ないようだ。
チラリと、夢有の方向へ視線を向ける。
「紫瞳くん……私……」
だいぶ戸惑っている様子。
そりゃそうだ。こんな大勢の前で返事をしなくちゃならないのだから。
「……夢有の本音を言えばいい。嘘偽りない、夢有だけの言葉でさ」
「……っ!」
だから、それとなく助言する。
急いでいるとはいえ、一番最悪な結果となるのは、その場の空気に流された時だ。今回ばかりはそんな生半可な返事をすべきではない。
受けるにしろ、断るにしろ、それでは誰も報われない。彼も彼女も、そんな言葉は望んでいないはずだ。
「私は……」
半ば急かした俺が言うのも何だけど……夢有の本心を伝えるべきだと思う。
「私は……あなたのお気持ちには答えれらません」
「な……へ!?な、何で!?」
「私、あなたの名前も何も知りませんから……ごめんなさい」
夢有は深々と頭を下げた。
周囲が息を飲み、彼の狼狽する声が聞こえる。と言うか君、知り合いですらなかったのか……。
「そ、それならこれから知っていけばいいだろ!?だからさ、とりあえず付き合ってみようぜ!?」
「ごめんなさい。どうしても、あなたとお付き合いすることは出来ません」
「なんで!?」
「……私には……」
彼は頑なに納得しない。断られたことが余程信じられないのだろうか、むきになっているようにも思える。
これはいつ終わるのだろうか……と言うか、そろそろ大葉たちの援護があってもいいんじゃない?当事者でもなんでもない俺が輪の中心にいるって、周りの視線が分からなくても辛いんだけど……。
その時……グイっと引っ張られたかと思いきや、腕を抱かれた。
――夢有に
「私には……好きな人がいるんです。だから……ごめんなさい」
「……へ?」
……その間抜けな呟きは、誰が言ったのか。
周りが嫌に静かだった。それなのに。
始業のチャイムが、むかつく程にいつも通りに……時間が進んでいることを教えてくれたのだ。




