17.風紀委員を仮体験しましょう(少女視点)
シリアス注意です
ラブコメにしたい……
何をしているんだろうと、つくづく思う。
あの朝の廊下で、やっと紫瞳くんの気持ちが少しだけ知ることが出来て……だからこそもっと、紫瞳くんに私を知ってもらいたいと思えた。
珂月ちゃんのアドバイスもあって、隠れたり、遠回しのアピールも止めた。何より、私の好意を知ってもなお、私のことを知ろうとしてくれている紫瞳くんにも……そんな態度は失礼だから。
『きょ、今日は日中も18度前後で過ごしやすい気候だよね!』
だから、積極的に話しかけた。
少女漫画でも、挨拶で天気の話は王道だったから、それに倣って話しかけてみたり……。
『私、走るのは得意じゃないけど……今はどうしてか、頑張れる気がするよ!』
長距離走の時はなるべく一緒にいようと思って、体力もないのに彼の隣に並んだ。
……えと、準備運動の時とか、最初の集合の時とかはつい目線が紫瞳くんに向いちゃったけど……。
だ、だって……す、好きな人を見ちゃうのはしょうがないというか、恋する乙女の性というか……。
と、とにかくそんな感じだからしょうがなかったんだもん……っ!
……でも、結果的に私は……迷惑でしかなかった。
勝手に無理して、へとへとになって、紫瞳くんの足を引っ張った。彼に迷惑をかけて……それなのに紫瞳くんは、足を止めて、私を心配してくれた。
申し訳なかった。情けなかった。
……こんな私を気にかけて、一緒に歩いてくれたことが……笑ってしまうくらいに嬉しかった……。
その後も、紫瞳くんは私に会いに来てくれたよね。
保健室で見知らぬ男子生徒さんに触れられそうになって、怖くて動くことも出来なかった時。
紫瞳くんは慌てることもなく、穏便に事を済ませてくれた。今思えば、今後のことも考えて後腐れのないように動いてくれたのかもしれない。
誰よりも、彼が来てくれたことが本当に嬉しかった。
……同時に、迷惑をかけた癖してそんなときめきを覚えている私が……同じくらい嫌だと思う私がいたんだ。
『……俺を風紀委員に入れることって、出来るか?』
これは、頭の整理が追い付かなかったなぁ……。
その時に感じたのは……嬉しさ半分、恥ずかしさ半分、かな?
紫瞳くんと一緒にいられる時間がある……でも、クラスにいる時でさえあの始末だから、そんなことになったら私の心臓が絶対に足りない。
もしかしたら、私と一緒にいたくて……?
ジャージ先生に勧められたからという理由を聞いた時には、そんな妄想も儚く散ったけれど。大辺くんが言っていたけど、こういうのは黒歴史というらしい。対処法も聞いておけば良かったな……。
そしてそれ以上に、嫌な想像が私の心を侵し始めていた。
……本当は風紀委員なんてやりたくないのに、無理やりやらされてるんじゃないかな……って。
『紫瞳 楠です。本日は風紀委員に入りたく、お邪魔しました』
その言葉を聞いた時、景色の色が全部抜け落ちたみたいに感じたんだ。
だって、ただでさえ迷惑をかけた私がいる風紀委員会だ。
昨日今日のことだけじゃない。今までにしていたアピールだって、普通はしちゃいけないことだって珂月ちゃんに怒られたんだ。
彼は私を知りたいと言ってくれたけど……本当はもうとっくに、私に愛想を尽かしているんじゃないの?嫌々で、風紀委員に入ろうとしているんじゃないの?
……紫瞳くん、何でさっき敬語だったの……?わ、私何か悪いことした……!?それなら謝るから、ごめんなさいするから……!敬語はやだよぉ……!いつもみたいに接してよぉ……!
そんな感情だけが私の頭をぐるぐる回って、心をかき乱した。
実際に言葉にしなかっただけ、まだ良かったけれど……だからといって、その酷く暗い気持ちが消えることはない。
彼の心を知りたい。けれど知ってしまえば、私が壊れてしまう気がして聞きたくない。
そんなどうしようもなくわがままで、ズルい私。
……だからこれも、そんなどうしようもない私の罰なのかもしれない。
「夢有が一人なんて珍しいな!いやー、いつも頑張ってて偉いなって思うわー!」
「ど、どうも……」
「あ、知ってると思うけどさ。俺もバスケ部で次期部長って言われてるから、朝練のときに頑張ってる夢有を見ると、俺も頑張ろうって思えるんだよね。だからいつかお礼が言いたいなって!」
変な遠慮から、紫瞳くんからも珂月ちゃんからも距離を置いていたら、いつの間にか知らない男子生徒に捕まってしまった……。
バスケ部の方とは知り合いもいないので、そう言われても分かりません。
はっきりとそう主張できないのは、本当に私の悪い所だ。
長身で、性格も見た目も相応な目の前の男子生徒は楽しそうに話し続ける。でも彼の話に嘘はないのか、登校してくる生徒たちは私たちをそれとなく囲って見物している。
その視線を受けた私は……身体がゾクリと震えたのをはっきりと自覚した。
先日の保健室で。そこに向かう途中で。今まで生きてきた中で受けてきた、その視線。
……私を、私として見てくれないその視線。
学年一の美少女と言われているから。胸が大きいから。清楚だから。誰にでも優しいから。そうであるからこそ、初めて夢有 亜紀になる。そうでなければ、夢有亜紀ではない。
つまり、それらが無くなれば、私は夢有亜紀ではなくなる。
……じゃあ、その時の私は、何?誰?
夢有亜紀ではない私って、誰になってしまうの?夢有亜紀は何処にいて、私は何になればいいの?
夢有亜紀を見ているのに、私を見ていないその視線が……私はいつからか、どうしようもなく怖くなってしまった。
『いい子ぶって、男に媚び売るとか気持ち悪』
『あんな尻軽女のどこがいいのかねー』
『いやー、あの子にくっ付いてれば勝手にいい男と知り合えるからね。マジウザいけど、我慢するわ』
『アハハ!友達な訳ないじゃない!利用してるだけよこっちは』
小学校では、男の子にたくさんの嫌がらせを受けた。
中学校ではそんなこともなくなったけど、代わりに男子からは優しくされて……遠くから女子たちの嫌な言葉がたくさん聞こえた。
この高校に来て、本当に優しい友達も出来て……そして……
『お前の求める夢有亜紀が、俺にとっての夢有亜紀だ』
好きという気持ちを、初めて知ることが出来たのに。
本当に私は……何をしているんだろう。
「なあ夢有。いい機会だからさ……俺たち、付き合わないか?」
「……へ?」
そんな言葉と、周囲の黄色い歓声が私を思考の海から引きずりあげた。
え……何でこんなことに……?いい機会だからって、何?私、この人の名前も知らないのに……!?
だからそれは、彼の私のことをよく知らないってことなんじゃ……!?
「自慢じゃないけどさ、俺もけっこう女から告られたりするんだよね。だから十分、夢有とも釣り合うと思うんだけど」
「え……あ……」
目の前の男子の、彼の自信に満ちた表情。
私は、この顔を知っている。私に告白してくれた男の子たちの中で、こんな顔をしている子も何人かいた。
周りの評価に裏付けられた自尊心。だからこそこうやって見せつけるように、晴れ舞台のように大勢の前で気持ちをさらけ出すことが出来る。
「どうかな?」
みんなが見ている。興味深そうに、けれども決してその当事者たちに踏み入れないように、安全地帯から観察している。
……何でこんなことに。
今日は、紫瞳くんとろくに話せてもいない。何で、紫瞳くんが来た今日に限って。
……こ、断らなきゃ……
私には、好きな人がいるからごめんなさいって言わなきゃ……
……それは、夢有亜紀としてどうなの?夢有亜紀がしていいことなの?
……なんで言えないの私?
断らないと。断らないと……!
自分の好きな人まで、否定したくないのに……っ!
「そこの人たち、何かあったんですか?」
自分の好きな人すら言葉に出来ない私を
あなたはまた、助けてくれますか?




