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14.視力検査をしましょう


 突然だが、学校内の健康診断と聞いて特に億劫となるのは何だろう。


 男子であれば、やはり身長か。俺は今の平均的な身長に不満はないけれど、高身長が至高みたいな風習は消えて欲しいと思っていた時期がある。

 身長が高ければモテる、男っぽい、スポーツ万能……身長の低い人は肩身が狭くなるばかりだ。少し前までは、高身長であることが理想の男性の条件の一つだったらしいし……いやはや、今に生まれてよかったよ。


 女子は体重だな。『私ちょっと増えちゃったよー』なんて言葉はこの時期になると、流行語並みに聞こえてくる。

 しかし桂音によるとこの言葉、他の女子をけん制したり、気になる男子へのアピールにも使われることがあるとか。『増えてもこの軽さとスタイルですから』と言う裏の意味があるらしい。

 

 いや怖いよ。そんな女子事情聴きたくなかったよ……。


 あと学校の健康診断って、体力測定と同時進行だから、それを嫌に感じる生徒も多いだろう。長距離走とか特にね。

 ちなみに俺はハンドボール投げが嫌い。ホントに嫌い。しかも他の生徒が見てる中投げるのは勘弁してよぉ……。


 いや、だってさ?日常的に、あんな遠くまでボールを投げることがあるの?そういう球技をやってるならともかく、物を投げてはいけないって僕は小学校で教わりました。


 まあでも、健康診断で俺が一番嫌いなのは……


「右」

「これは?」

「……上?」

「これは?」

「右斜め下」


 視力検査ですね、間違いない。


 理由は当然、視力が低いから。むしろ何も見えないから。

 分からないのに、上だの下だの適当を言わなくちゃならないし。いや、検査自体は数分で終わるし、何も考えずやれよと言われればそれまでなんだけど……やっぱり嫌なんだよこの時間は。分かってくれ。


「これは?」

「分かりません」

「分からなくても、方向で答えて下さい」


 怒られました。ふえぇ……見えなくても分かる、その冷たい声。

 今は視力検査中なのに、視界が涙で歪んで見えなくなっちゃうぞ☆

 

 いや、分からないんだからしょうがないじゃん。そこで適当言って、そこから全部その適当な答えが正解だったら、正しい検査にならないんだよ?

 だったら分からないと答えて、見えない事実を受け入れようよ。大丈夫、分からないことは怖いことじゃないよ!


「……はい、終わりです」


 そんなことを考えている間に、苦痛の視力検査が終わる。検査担当の先生から用紙を受け取って早いとこ出ていこう。


「紫瞳くん、少しいいですか」

「……何でしょうか」

「あなた、この視力で矯正器具を使っていないなんて、何を考えているんですか?」


 案の定、引き留められた。

 ちくしょう、だから視力検査は嫌いなんだ……いや、俺のせいなんだけども。


「事前の通達で、視力検査で眼鏡やコンタクトレンズが必要な人は忘れないようにと連絡しているはずです。あなたのこの視力では、絶対に必要なはずでしょう?なぜ身に着けてないのですか?」

「え~と、ですね……」

「ほら、ここの文字が見えますか?両目共に0.1、D判定です。これでは学業どころか、日常生活が危ういでしょうに……」


 目の前の女性の顔こそよく見えないが(視力的に)、小馬鹿にしている訳でもなく、本気で心配しているような声音だ。

 今日の健康診断のために呼ばれた外部の人だろうに、たった一人の生徒をよくもまあこんなにも心配できるものだと感心する。


「ここで検査できる最低値は0.1ですから、そう記述していますが……恐らく、いえ絶対にあなたはそれ以下の視力です。つまり、こんな不明瞭な視力で生活していれば、いつ大きな事故に巻き込まれてもおかしくないんですからね?」


 そんなことは分かってます、と内心で独り言ちた。

 ただ……それでも俺が矯正器具を身に着けていないのは事実。黙って聞くほかない。あ、でも他の検査項目もあるので、早めに解放してくれると嬉しいです。


「……まあ、事前にある先生からあなたの事情を聴いていますので、これ以上の追及は控えますが……」


 知ってたんかい。


 というか、そのある先生って絶対ジャージ先生じゃ……いや、俺のプライベートぉ……!

 こうなると分かってて気を利かせてくれたのはありがたいが、あの人、人の過去話を勝手に……


「出来れば、矯正器具はつけて下さいね。あなたの安全のためにも」

「……はい、ありがとうございました」










 やっと全ての検査項目を終えたが、その足取りは重い。

 その原因は俺の向かう先にあり、俺の目の前ある。


「風紀委員室……ここか」


 扉に貼られた、達筆な『風紀委員』という文字。墨汁で書かれたそれは、それだけで厳格さを醸し出している。


 今日から俺が所属する……予定の場所。


 そう、予定だ。まだなれた訳ではない。というか変な話だが、俺も別段なりたい訳ではない。ジャージ先生の勧めがなければ関わろうともしなかったはずだ。

 それでも、入る努力だけはしないとならない。そういう約束なのだ。


 そのために、昨日は保健室まで行って夢有に相談したんだけど……


『ほ、ほんと!?私は嬉し……じゃなくて、全然いいと思うよ!うん!……でも、他の子がもしかしたら反対しちゃうかも……』

 

 もう反対されることが分かってるんだよね。それだけで気分が重い。

 夢有が前向きだったのが唯一の救いだけど……空気を読んでのことかもしれないからなあ……内心はどうなのか……。


 ……ここでグダグダ考えても仕方がない。

 とりあえず、第一印象だけでも良いものにしないと。


「……失礼します」

「あ、紫瞳くん!来てくれたんだねっ!」


 いざ、尋常に!と足を踏み入れると、さっそく夢有が声をかけてくれた。だけども、ここは全て敬語でいかせてもらおうか。

 軽薄な印象を与えたくない。


「紫瞳 楠です。本日は風紀委員に入りたく、お邪魔しました」

「……あなたが紫瞳さんですか」


 教室内に一つだけある、四角の大テーブル。その前の座っていた一人の女子生徒が、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。

 

 ……委員長さんか?俺より背は頭一つ分低いけど……。


 何にしろ、第一印象だ。

 大きな声、笑顔、言葉使い、身だしなみ。これだけ出来ていれば、大抵は好印象を与えられる。そして俺は人の顔がよく分からないからな!変に委縮することなく、堂々と好印象を与えてやるぜ……!


 反対の意思なんて、俺の第一印象で吹き消してやる!


「初めまして。今日はそのことで相談をと……」

「うちは男子生徒は入れません。お引き取りを」




 ……これ、第一印象うんぬんの問題じゃなくね?



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