1.気付きましょう
「おっす楠ー!今日もまた素晴らしい朝だな!!」
「おはよ、真人……何度も言うけど、その挨拶文句は辞めた方がいいぞ」
あの番組の天気予報は今日も外れて、雲一つない澄んだ空。四月も中盤となり、学校の雰囲気はいつもの日常に戻りつつあるが、忌々しい花粉症は未だ猛威を振るっているようだ。
登校の間も、そこら中で聞こえるくしゃみをBGM代わりにした程だ。
俺は花粉症患者ではないが、花粉はこの世から消えていいと思う。
俺の『紫瞳楠』の名前に木が入ってるとか言う理由で、目の前の友人である大辺真人に八つ当たりされたからな。
「いやいや、この挨拶に天気のことを入れると女子に受けが良くてモテるんだぜ?ラブコメ主人公の挨拶は絶対に『今日はいい天気だね』なんだからな」
「なぜ男の俺にそれを試した……と言うか、花粉症は収まったのか?」
「ああ、鼻に水を流し込んでだな……」
真人の話は飽きない。常に新しい話題を作り出す器官が脳内にあるのではと思う程に。
しかしそれと同調するように激しくなる身振り手振り身体のアクションと声量はどうにかしてくれ。一週間前も学校に騒音の苦情が来たのを忘れたのか。
今考えてみれば、冴えない帰宅部の俺と、バリバリ青春を送っているサッカー部の真人がこうして登下校を共にしているなんて、どんな因果なのか。
それを何気なしにこいつに伝えたら『俺は女子が好きだから……ごめんな?』とか言ってきたので、手持ちの国語辞典でぶっ叩いた。もちろん角で、脳天に。
そしたら翌日の国語のテストが六十点上がったと感謝された。
何?何が起きてもプラスの方面に向かう女神の加護でも付いてんの?
下駄箱に付いても、真人が煩いのは変わらない。いい目覚ましですね。カフェインにでも生まれ変わればいいのに。
……そしてまた今日も、何の変哲もない二年目となる学校生活が始まるのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「く~、今日も一日疲れた~!」
「寝てたのに疲れたとか、お前の身体どうなってんだ」
「いやさ、夢の中で十人の美少女とデートしてたからさ」
「……真人、君は幸せだな」
おう!という掛け声と共に右手を突き出す真人。多分、親指を立ててグッとジェスチャーしているのだろう。
そして今日もまた、変わらない平凡な一日が過ぎた。
授業を受けて、抜き打ちテストで喚いて、休み時間で疲れを癒し、昼食で腹を満たす。学業生活という一日の仕事を終えた生徒たちは、放課後に各々の時間を過ごすのだろう。
俺もその流れに乗って家に帰りたいところだが……
「桂音、お前も授業中寝て板書とってないだろ」
「うえぇ!?何で分かったの!?」
「さすがの俺も、ノートが真っ白くらい分かる」
いつも通り、彼女への注意も忘れない。俺の隣の席なのだから、机上に広げた真っ白のノートに気付かないはずもないだろ。
月立桂音、真人の負けず劣らずリアクションの良い幼馴染の女子生徒。薄い桃色のショートカットであり、制服も少し着崩したりするため、生徒指導の先生に目を付けられたと最近嘆いていた。
本人に悪気が無いのは俺も分かっているが、だったら学習面を改善すれば多少多めに見られるのではと助言したら、馬鹿を見る目で見られたのを俺は忘れないぞ。
「で、でもさ。しどっちがスマホで今日の授業も撮ってるんでしょ?見せてくれると嬉しいな~とか……」
「ダメ、俺が特別なのは今更だろ。それに以前泣いて頼まれて貸したら、俺のスマホを真っ二つにしたじゃん。俺はガラケーを買ったつもりはないぞ」
「けちんぼ!!」
「俺は貸してくれなんて言わないからね!」
いや、お前は成績を上げる努力をしろよ。ツンデレたって成績は上がらないよ?
……そんな騒がしくも楽しい一日が、今日も終わる。二人もいつも通り、放課後の部活動に勤しむのだろう。
そして俺は帰宅部、速やかに帰ることが俺の仕事だ。
「じゃ、二人ともまた明日……」
「あー……楠、一つだけいいかな?」
真人が躊躇いがちな口調で俺に声をかけてきた。珍しい、思ったことがすぐに口に出る彼からこんな声が聴けるとは。
「あのさ、今日一日で変わったこととか、気になることとか……ない?」
「いや、特には……え、なんか記念日だったとか?俺が知らぬ間にサプライズ的な?」
「それは全然ないから、安心していいよ」
そんなノータイムで否定しなくてもいいじゃない……
「でも、そっか。今日も気付いてないかぁ……」
「……そんな些細なことだったりしたら、俺は気付けないぞ?二人はよく知ってるだろうけど、ちょっとした変化に気付いてとか、俺には無理だからね?申し訳ないけど」
「いや、そんな些細なことではないというか……」
「むしろ大き過ぎるというか……」
ますます分からない。真人に続いて、桂音までもがよそよそしい声色になってしまった。
ふむ、ちょっぴり……いや大分気味の悪い反応だ。二人が揃えば校内放送を塗りつぶすほどの大声を出せるだろうに、なぜこうも控えめなのか。
それに今日もって何だ。そんな毎日あった変化なのか。それは気付かない俺が申し訳なく感じるレベルだぞ。
「何、教えてくれよ。気付かなかったのは謝るからさ」
「……学年一の美少女って人気の『夢有亜紀』にずっと見られてたの、気付いてるか?」
「……は?」
なに?学年一の美少女?ずっと見られてた?
それも、今日だけじゃなくて?
「何それ、怖い」
「ああ!?お前、なんて羨ましい言葉を吐きやがる!」
「いや怖いだろ!俺ずっと見られてたんでしょ!?」
「あ、やっぱり気付いてなかった……」
そんなの気付ける訳ないじゃないか!
俺の視力は0.1、めちゃくちゃ視力が低いんだから!!
今の二人の顔だってのっぺらぼうと変わらないんだぞ!隠れたり、遠くで見ている人間に気付けとか絶対無理だからな!
「でも、しどっち学校中から注目されてるよ?去年のミスコン優勝者だし、ずっと見られてたからさ」
「はあ!?」
冗談じゃない!
いつも通り、平穏な学校生活だと感じていたのは勘違いだったのか!?というかその女子生徒、用があるなら直接……!
ちょ、真人やめて。のっぺらぼうの顔面ドアップはきついです!この距離だと微妙に顔の輪郭も見えてさらに怖いです!
と言うか、その美少女って誰だよ!