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4戦どころか7戦も中止でさあ、、、

アゼルバイジャンもできるんですかねえこれ、って感じのせみころーんさんですーどーもーととととて。


世界中おわったーおわったーっていってますけどねえ。30年以上前の中近東ではこの百倍死んでたんですよねえ。かつては。いかに昭和の時代が殺し合いだったかよくわかりますよね。


子供がテレビアニメを見ているころ、中近東は怒りのランボーレヴェルの殺し合いで、東南アジアは社会主義が正しいのか間違っているのかで殺し合い。お釣りの計算もできない人が出るほどにまでインフラが破壊され、、こんなのが1980年代まであったんですよ。


それから40年たって、ウイルスが流行って非常事態だとか株がだだ下がりとか、毎日爆弾や無人機攻撃を受けてた地域の皆さんはどう思ってるんでしょうかね。ざまあみろ、って感じなんでしょうね。


民主主義の終焉の時代なんだろうなって思います。


それを、また学校で洗脳するように教える。これがいけないんだろうと思うんですよね。ちゃんと「この民主主義体制を肯定するものではない」とか但し書きの一行でもあればいいのに、これが絶対正しいとかキャンペーンまで打つわけですから。


ヴォイス・オブ・アメリカはその工作機関でした。長らく。


どんな主義主張を誇っていようが、病気には勝てない。死んだら終わり。そのあたり、藪医者だらけだった19世紀人のほうがしっかりしてたんでしょうね。あの時代はケガをすれば死ぬって時代ですからね。


じゃあせみころーんさんは全体主義を肯定するのかという突込みはあるでしょう。


そっちもだめですよ。


じゃあどうするのかってことなんですよね。


答えは、どうもできない、です。


何が正しく何が間違っているのかという戦いは音楽や美術、演劇の時代で頻繁にありました。前衛を否定したあげく何もできなかった団塊世代はもう老人です。オタク文化を肯定してた団塊ジュニアだって、今は子供が小学校に行く頃でしょう。


もう、一人一人が個別にコレクトネスを掘るしかないんですよ。


柴田南雄は作曲のレッスンで「来週、この続きを書くように」と毎回言ったそうです。ほんとかよとおもいましたが、三善晃は「今なんか料理作るから待ってて」食べた後に「あ、今日作曲のレッスンするの忘れてたからまた今度来てよ」だったとか。


この二人の言葉には重要なことが含まれています。


「またきてね」です。


これは、全体主義でもなければ民主主義でもないんですよ。


毎週毎週弟子は師匠のところに通い、一通りことを済ませて「またきてね」で終わる。本来学問とはそういうものなんでしょう。


この「またきてね」というひとかけらの愛ってものなのかなあ、そういうことがおろそかになってるってことなんでしょうか。


それとウイルスの流行と何が関係があるのか?いやありますよ。そこらじゅうイベントが中止でしょう。


それも


「やりたくもないイベント」が。


この新型コロナウイルスの流行で、やりたくもないイベントがつぶれていい気味だ、って人は少なくないんじゃないでしょうか。


オタク文化が一部滅んだのも、どうやらこの辺りが正解なんじゃないでしょうか。オタク文化には師匠と弟子という関係はありません。飴玉に群がる蟻、飴玉は師匠ではありません。


飴玉は師匠ではない、これがわかるやいなや、近年の日本のテレビアニメは続編ばっかりです。続編見たって面白くないでしょう?


「またきてね」というひとかけらの愛が、一番なかったのがアメリカ合衆国で、そのために銃乱射と考えるとすごく納得がいきますよね。あの国は師匠はカネで決まりますから。白人を追い出してまでアジア人を雇用するわけです。優秀なら誰でも来い、ガチでやってしまう。


優れた制度のように思うけれども、その結果として銃乱射、というのなら、そこにはひとかけらの愛すらない、こういうことでしょうか。


今中国や韓国や北朝鮮は数学や語学、プログラミングを国策でやって、日本人を倒せって教育をやってますけど、倒してもなんのクリエイティビティも出てこないです。


でしょう、という言葉すら使いたくない。出てきません。


今日は珍しく朝からしっかりマッシュポテトをつくってくれるころーんさんは、台所から「勉強しろしろっていう国は、絶対に優位に立てっこない」っていうんですが、キリスト教だと神が立たせてくれないっていうんでしょう。


でも私は神なんかじゃなく、「神がいなくともそんなことぐらい気が付けよバカ野郎」って言葉しかないです。


クリエイティビティは民主主義でもなければ全体主義でもない。一人の人間が生きた証、そのものであって、それはみんなが信じる主義ではない、こういうことでしょうかね。


そこらへん日本を含めてまだわかってない国があるということです。日本だけの問題じゃありません。「私はこの作曲家は認めたくない」こういうのいっぱいいるでしょ。一人の人間が生きた証を尊重できるかどうかなんですよ。

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