寡作の作曲家ってこういう時損だよね。
きょーはせみころーんさんがひっさしぶりにライブやーってので、毎度おなじみ音声で大半が編集されるすらあっーしゅさんだよー。
もうさ、昨日やったっけ、NHKのニュースの速報欄よ。
ものの見事に、コロナコロナコロナコロナ株コロナコロナコロナ大相撲コロナコロナコロナコロナ野球、、
すげーなっておもたわー。おっかっしいな、SARSの時こんだけ騒いでたか?まぁ、今回は船でパンデミック起きたからよっぽどなんやろうな。こんだけウイルスネタで埋め尽くされるってのはねえ。
でさー、そんなんにここつこてもおもんないやん。
でー
今回はひっさしぶりに、思い切り偏った作曲家の紹介。Ştefan Niculescuの話をしてみよっかなと思う。
日本語の読みは「ステファン・ニクレスク」や。ルーマニアの作曲家はかなりの実力のある人物がおったが、多くはチャウシェスク政権下での活動を余儀なくされたため、何割かは亡命した。世界に知られているルーマニアの作曲家のほとんどが脱出組。
フランスに逃げたホラチウ・ラドゥレスクは誰もが知っとるが、国内にとどまったニクレスクは当然のことながら受容が遅れた。日本でもこの異世界でもほとんど演奏されてない。
ただ、チャウシェスク政権は音楽と数学の教育には明るく、何とか国民的スターを担ごうとはしとったらしい。で、ハリー・ハルプライヒが絶賛したことで西ヨーロッパに招かれ、これからの人と呼ばれたところで志半ばで亡くなったのがニクレスクや。
多くの聴衆はダニエル・ケンジー経由でどうやらこの作曲家を知ったらしいが、いかんせん知るのが遅すぎた。東ヨーロッパ通の作曲家にはすでに知られていた。ただ、時代の流行に即して音楽を書くということを彼が採らなかったため、彼の音楽性に気が付いた人間は少ない。
なろうの読者にはあまり縁がないかもしれんけんど、発表時ずいぶんと話題になったSymphony no. 3 "Cantos" (1984)ってのをYoutubeでぽちってみるとええやろ。
もう俺はこれ全部聞いたんで、いまからこれぽちるってことはないよ。
これ、1984年っていうと、日本は一番現代音楽が詰まらんとか言われてた時とちゃうか?でもね、全世界的にあかんかったんやで。
全世界的にあかんかったんで、どっかほかにええのおらんのか、まともなやつ呼んでこいや、ってので普段はめっちゃめちゃ嫌われてる地域からつれて来いってので、連れてこられたのがこの曲。
なんでルーマニア人が嫌われとったかというと、ニコラエ・チャウシェスクがキム・イルソンと組んで拉致やっとったのよ。ほんで、「(ぴーーーーーーー)」とか「(ぴーーーーーー)」みたいなもんまでやってしもて、みんなしっとって、なんもいえんかったんよ。いえば殺されるって時代やし。
1984年というと、チャウシェスクが死ぬ5年前で、そのころにはコントロールもほころび始めてたのかもしれん。彼がクーセヴィツキー賞を取ったのが1985年。いくらなんでも認められるのが遅すぎた。
この"Cantos"もチョン・ミュンフンの指揮は棒振りで、ちょっと理解とは程遠い演奏やけどなんとか大丈夫かなと思う。この曲の狂気はRemus Georgescuが一番理解しとる。
1980年代は全音階主義に微分音というわかりやすい売り込み方やったけど、1990年代に入るとより複雑な共鳴を採ったんで、ほんで客離れしたんやろう。
でもなあ!!
この客離れした1990年代こそがっ!ステファン・ニクレスクの真骨頂であったとすらあっーしゅさんは確信しとる。Symphony no. 5 "Litanii" (1996-1997)には、もう全音階的な響きはどこにもない。でもこれこそがニクレスクのやりたかったこと。
ところどころクセナキス後期を参照したかのような旋法が散見されるが、ヤニス・クセナキスのような極限の混濁は、ない。
メロディーがクセナキスよりもわかりやすく、読めないほどのリズムは使わんかったらしいな。こんなんなら大フィルや日本センチュリーでも難なく演奏できるし、意外にも「関西風味」な作曲家と思うんやけどどうやろ?
関東よりも関西のほうが、旋法を大事にしてるイメージがあるんやけど、それなら旋法性を強く打ち出したオーケストラ曲を紹介したほうがええんのんちゃう?とおもう。ルーマニア人が全員旋法的にふるまったわけではないけんど、彼の態度は結構現実的やったのかもしれん。
ルーマニアはこいつのほかにもCostin CazabanとかDimitrie Cuclinとか、ほんまできるやつがいっぱいおったんや。日本でルーマニア音楽ってのはあんまりやってくれんけど、超演奏困難なんて奴はおらんし、日本のオーケストラでも演奏できそうなやつはいっぱいおる、、、。んじゃ(ぶつっっっ)。
"(/’ω’)/"<編集したにゃーん。




