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JASRACの職員のいったい何人が自作をレッスンに使えるのだろうか?

コロナウイルスで株は真っ逆さま、すらあっーしゅさんは支度が早く何とか損失を逃れられたようでほっとしたせみころ-んさんですーどーもーととととて。


お金が無くなっちゃったら何もできないですからね。何とか逃げ切れたようです。


で、なんの話でしたっけ?そうですねレッスンの話ですね。先生は作曲できてそれを教材に使うとかいうのでした。それがですね、、


いつの間にやら、、アントン・ブルックナーがジモン・ゼヒターに個人指導を仰いだ時ですね。そのあたりから、「先生にものを習うということは、厳格書法と通奏低音を最初にやることである」になっちゃってたんですね。


なんかどっかおかしいとおもいませんか?


そうです。先生の自作を使ってレッスン、ではなくなったのです。ブルックナーは勤勉な生徒で、最終課題はベートーヴェンの悲愴ソナタのオーケストレーションだったみたいです。録音もあります。


先生の自作なんかより、過去の大先生の遺産を頭に入れようという啓蒙色が強くなってきました。もちろんゼヒターは毎日作曲する方だったのですが、もうこの人の作品を生で聞けることはほとんどなくなってしまっています。チェルニーよりも聴く機会はありません。


バロックの時代は創造行為の継承だったのに、古典派の時代になると先生の曲を弾く、ロマン派の時代になると先生の私淑する大先生の遺産を学ぶために厳格書法、、


200年で、人類は順調に衰退してますねってことです。


教育メソッドが合理的に完備されたといえば聞こえはいいですが、裏を返せば人の褌で相撲を取ることです。


次の段階は何でしょうか?今度はですね、、


もう先生は作曲は下手になってしまったが名編曲ならできるよ!というタイプのピアニストが教師になることが増えてきました。これが19世紀後半です。作曲できなくなってしまったので、それなら編曲でもといえばまだ許されました。この世代に該当するのがレオポルド・ゴドフスキです。


ゴドフスキの作曲は近年再評価を迎えていますが、やはり彼が本領を発揮したのはバッハやショパンの編曲作品です。時にはピアノ曲をさらに編曲し、APSシリーズのように注釈まで示してくれる奥義も示してくれました。理想的な教師の姿でした。


そして第二次世界大戦と呼ばれる戦争が終わりました。ピアノの工場すら爆撃でありません。焼け残ったピアノを探すことから始まりました。


戦争があったとはいえ、もう音楽の教師は作曲もできなければ編曲もできなくなります。この「作曲もできないし編曲もできない」ピアニストが到来するのが1950年代以後の話です。


国際ピアノコンクールで八百長が横行したのは、作曲もできなければ編曲もできなくなったピアニストたちの利権に基づくものだという解釈がありますが、事実そのとおりであると思われます。単に指を動かすだけならスポーツですし、体育会系のマナーの悪さは今に始まったことではないでしょう。


大体作曲もできないし編曲もできないピアニストがどこから始まったか調べると、意外にも最近なのです。1920年代生まれくらいにそういう人たちが目立ちます。彼らが戦争で活動の大半を失ったことを考えると、仕方のないことだろうと思われます。


そのため、「作曲もできなければ編曲もできないが、現代音楽は弾ける」という何とか表現者としてセーフ、という首の皮一枚の方が1920年代生まれ以降に多く集いました。1930年代に、その典型例コンタルスキー兄弟が誕生しました。


もう首の皮一枚ですよ。。


そして、1970年代に「もう現代音楽を弾くことに興味を感じない」というコンタルスキー兄弟の来日時のコメントから一気に前衛バッシングが起きました。起きて何も残らず、、、、


最後に「作曲も編曲もできないし現代音楽も弾けないが、口はうまい」というピアニストと口だけの素人が出現します。


そうして、彼らは教師と評論家になりました。日本は地方を含めて総じて低学歴国家でしたので、低学歴に合わせたプログラムが横行したため、1980年代はどこの地方でも同じ曲を同じ順序でやっているという奇妙な現象が発生しました。


どうですみなさん?JASRACがなぜあのような組織になるのかはこれを読めばお判りでしょう?人類の質が劣化しているのですから、JASRACに限らずどこもかしこもこういう衰えはあるでしょう。


いま食パンを焼いてくれたころーんさんがエクリチュール科に転科したのもこういう事情によるものでした。最初はピアノでもいいやって思ってたらしいんですが、あまりにもピアノ科のマナーがひどく静かなエクリチュール科を選んだのだそうです。


おそらく日本の現代音楽は練習でも演奏すると著作権料が発生するので、教えられなくなるでしょう。もうダルムシュタットにもガウデアムスにもインプルスにもYCMにも日本人の招聘作曲家はいません。完全に世界の楽壇の最先端から、追放されたと思われても仕方ないでしょう。


もうちょっと、創造者に対して頭を下げるところから始めてみてはいかがでしょうか。摘み取った苗は元に戻りませんので。

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