食事もステーキなどで
この文面を見た後、ころーんさんが「うおおおおお!」と歓喜の雄たけびを上げているので目が覚めたせみころ-んさんですーどーもーとととととてててて。
ちょと。このクルーズ船はですね、緊急時ですから。緊急時じゃなければステーキばっかになりませんから。今日の夕ご飯はステーキじゃありません。肉料理は出しますが。
こういう時のために、将来のクルーズ船はカロリーメイトを大量に積んでおくべきだと思ってます。これなら怒られることはないでしょう。変人は「カロリーメイトばっかり」とかいうかもしれませんが。
まぁ食料があるうちは寄港地もなく、ゆらゆらさまようってことなんでしょうねえ。さすがになくなれば寄港するでしょう。溺れてしまっては元も子もない。
船、とかいうので思い出したのが、ルチャーノ・ベリオです。動いている船を見るのが一番感動する、とかなんとかいったとか。現代音楽の航海士、とも言われています。
ただですねえ、べリオの音楽を何度聴いても、素敵な航海に結び付くような音楽はあんまなかったんじゃないの?って思っちゃうんですよねえ。
彼のオペラも、航海そのものに取材した内容があったかどうか・・・でも、そういう彼のオペラがあったら見てみたかったですね。クルーズ船で殺人とか。そういうサスペンスに踏み込める能力はあったと思ってます。
ベリオ。この作曲家もシュトックハウゼンやブーレーズ同様に、誹謗中傷の多い作曲家でした。彼に加えられた中傷はシュトックハウゼン以上に多かったと思ってます。
典型的なのが彼の代表作「Opera (1969-1970, rev1977)」をめぐる問題でしょう。この作品は、彼が失敗作と自ら述べたことで話題になりましたが、音源を聴く限り盛大に大コケしたダメ作品のようには見えません。これをダメ作品と呼ぶのなら、いったい何作のオペラがだめ枠にはいるのでしょうか。おそらく数百ってとこでしょう。
これ、Youtubeでぽちれます。
ぽち。
どうやら、ベリオが航海士と他人に称されているのは、本人の言葉を真に受けているだけのようですね。武満の著作関係の問題に近い。こういうのは研究じゃなくて、受け売りです。本人の作品タイトルに「船」を前面に出したものはないんじゃないかな・・・
かろうじて「水の鍵盤」くらいか。ほんのちょっとありました。あと初期の作品に「海の祭りへの前奏曲」「波立つ海」ってのがありました。なるほど。でも初期だけですよこれ。
このオペラ、そんな悪くないと思いますけど、なんでそんなにたたかれてしまったのか?それはですね、音楽劇なのかオペラなのか動作を伴う音楽なのか、どれかはっきりさせろ、ということだったのです。
当時のアメリカ人の民度の低さがよくわかりますが、アメリカで大うけしたオペラといえば「アメリア舞踏会へ行く」ですから。あのレヴェルを書かないとうけない、そういう国家ですからねえ。シェーンベルクのSの字すらない、そーんな時代があったんです。
あとこの時代のベリオに特徴的な「やたらめったに音数が多い」というのもアメリカ人の可聴能力を超えたのではないかと思います。
ベリオもイタリアに帰国して3人目の奥さんに乗り換えてからは、トレードマークの音数が落ちて平凡な作曲家になりました。しかしっ!全盛期のベリオを否定してはいけません。徹底的に32分音符で埋め尽くすというのも、ミカエル・ジャレルが元祖のように思われていますが、実はベリオの「カーブで見出す点」が最初です。
で、ベリオはオペラをやめて音楽が登場人物の動作を左右する音楽劇に真摯に取り組み始め、この試みは成功して評価が安定しました。晩年は音楽劇ではなく「音楽的アクション」とか言ってますが、こういう言いかえは素人に受けが悪いです。
でもう、、、、
「評価が安定してからつまらなくなった」ってころーんさんは言うんですよねえ。Xさんもですね「名声と引き換えに創作力を失った」って言ってます。もしそうなら、徹底して誹謗中傷を受けたままの作曲家だったほうが、よかったのかもしれません。
あとベリオの評価が下がった原因の一つにディスコグラフィーの少なさが挙げられます。
本来、ブーレーズとシュトックハウゼン同様の作曲家なのですから、作品全集が企画されていないといけないレヴェルです。しかし、ベリオは「音源は評価できない。下手に弾かれると一大事」と自作の音源化には最も消極的な作曲家として知られていました。
イタリアは保守的な国家で、作曲は譜面で勝負せよという常識がまかり通っていました。このため、アンザーギやペンニーシなど、多くのイタリアの巨匠たちの音源はまだCDにすらなっていないのです。このことはイタリアの値打ちをひどく下げたと思ってます。
確かに作曲家は一冊の譜面で勝負するわけですが、その音源化に誰が関与したのかも20世紀では問われるため、想定以上の酷評を受けたということです。




