言論の自由か、それともお金の安定か。
ポーランドも右傾化かあ、って感じのころころころーっところーんさんです。
わたしはあんまり政治の話はしませんが、今日のこれは重要。ポーランドは、政権に批判的な裁判官をいつでも罷免できるようにしたのです。
京都賞にヴィトルト・ルトスワフスキさんが選ばれるなど、彼が亡くなるまでは、ポーランドは欧州トップの人権尊重国でした。いや、そういうことになってました。
彼がなくなったのは1994年でした。
その翌年から、ポーランドの作曲界とピアノ界は「まっさかさま」に成績が下降しました。決してポーランド人の音楽性がだめになったというわけではありません。
流行から完全に乗り遅れてしまいました。まるでアジア通貨危機かと思われるほどの転落でした。
いまでこそ、アガタ・ズベル、マーチン・スタンチック、ダリウス・プチビルスキの中堅勢で知られていますが、彼らが浮き上がったのは2000年代ですから、ちょうど10年くらいですかあ、ひどい低迷を余儀なくされました。
この低迷期の時に、ポーランドは何かが変わってしまいました。そうです。もうなろうの中学生の読者はお分かりですよね。
お金の問題です。なんせ何にも考えてませんでしたから。
ゴウモエラーは「お金の問題をないがしろにした罰」となんだか、わたしよりもからくちに切り捨ててかかるのですが、Xさんは「こうなってしまったのは、不可抗力だった」と言ってますねえ。
せみころーんさんは「どっちもだ!」と今日は珍しく朝食終わって一時間後にコーヒーとケーキでした。むかつくことがあると、やっぱり甘いものが大好きになってくるんだそうです。
ポーランドがどうも「やばそうだ」「実は死にかけ」「お金の貢ぎが大事です」などと、マスコミでは言えない問題がささやかれだしたとき、まだわたしはこどもでした。
わたしの両親はどっかの音楽事務所のえらいひとから「どうもポーランドは優良国家じゃない、大変なことが起きてるんじゃないだろうか」と、口頭で言われたのです。
ショパン国際ピアノコンクールで二度の第一位空位というコンクールの歴史に穴をあけてしまう事件が、1990年と1995年に発生しました。
わたしなんかよりものすごくうまいピアニストが集結する中、なんでこんなひどい空位なんてことをするのだろうと思いました。これには理由があり、「ショパン国際ピアノコンクールはお金には屈しない」という意思表示だったというのです。
そうやってプライドばかりが先行し、スポンサーをないがしろにするとどうなるでしょうか?もうお分かりですね。「俺にも出させろ」「いや私の企業を使ってください」とスポンサー天下一決定戦が行われます。
こうして、2005年のショパン国際ピアノコンクールは4人も日本人がファイナルに残り、3人も韓国人が残り、1人香港人が残りました。マクセルが公式スポンサーでした。
いくらなろうの読者が音楽に詳しくなかろうが、この結果を見て「公正だなあ」といえる人が果たして何人いるでしょうか?はっきりいいます。お金の問題で順位が変わってしまったのです。
そうしたら次の会の2010年は報復行為が成功したのか、一切の東洋人が予選落ち、というまるでプロボクシングかなんかのような採点表が掲げられました。
なぜこのようなスポンサーのバトルロワイヤルのような行為が、こうもポーランドの国際ピアノコンクールで行われているのでしょうか。一つは、ポーランド人がお金に関心を持つのが遅れたということです。
ロバート・クビツァさんは、アルファロメオのリザーブドライバーに就任し、まだレーシング引退にはなっていません。これもポーランドの石油会社の豊富な資金によるものという説が有力で、ポーランド人がカネに目覚めたというのは間違いがないようです。
井上隆智穂さんがペイドライバーをやっていたのは1995年。それからなんと25年です。井上さんが普通のペイドラコースを歩んで多く批判を受けておりましたが、今やクビツァがこれをやり、誰も何も言わないという社会になっているのは正直怖いです。
急にカネに目覚めると、どう使われるかわかったもんじゃない、というのは日本だけの現象ではなかったということです。
パデレフスキ国際の2019年事件など、ポーランドが果たしてきれいな人権重視国なのかどうかは非常に危なくなってまいりました。これは、ポーランド人が悪いんだ、いっけないんだー、ってことではありません。
誰もが生活が大事なんです。自分の生活のためなら他人の生活にすら介入する、これをポーランドが覚えだしたということは大きな歴史の転換点になるでしょう。
また、作曲とピアノの低迷期を迎えかねないのではないかと思いますねえ。。おかしなカネの使い方をやりだすと、評判が下がっちゃうんですよねえ。
でー、評判が下がっちゃうとー、、
まっいっかあんな程度の国だもんね、って落ちちゃう人っているんですー、、、。わたしの同級生のヨーロッパの小国のあの子なんかそうだったかなあ、、。




