中学校のチャイムがうるさい?
はぁ、ととともに、そういえば中学生のときって、と回想しだしたせみころーんさんですーどーもーとととととって。
チャイムの音がうるさくなったんだ、がおー!とかいうそういうクレームをつける人は昔からいます。
ちょっとあれっとおもったことがですね。
チャイムの音量ってのはどこの学校も一緒だよね?ってことです。デシベルで決まってますよねえ。
でしょでしょ?
せみころーんさんの子供時代、放送室を清掃することがございました。そのときにですね。ゆっくりゆっくりと機械式チャイムが動き、ポーン、とあのウェストミンスターの通りに鐘を鳴らす、、そのチャイムのハンマーと機械のキリキリキリポーンってのがね、いまでも覚えてるんですよねえ。
なんでそんな話するのかって言いますとね、こういうのが頭から離れない奴が作曲家になるんだろうなって思うんですよ。今日はお菓子をたべてないころーんさんは「そーんなのちがうだろー」っていいながらりんごジュース飲んでました。
いや、私はあるとおもいますよ。どん。(あんまり怒ってない音)
この機械式チャイム。もうないんです。ララモエラーは電子式だって言ってました。わたしの母校は、校長が無理をして機械式チャイムにしたのです。払ったんでしょうねえ。おいくらだったんでしょうか。
だからなんですよ!機械式チャイムのあの清純な音の響きはやはり心に残るんですよ。電子チャイムの音はあまり覚えてないんです。
すらあっーしゅさんは「そういうのってあるのか?たかがチャイムに」っていってますけど、私は違います。Xさんは「教会の鐘の近くにいた人はこれ覚えるってのは聞いたことある」と。
この小説はたいしたこともなんもなくすすんでくよなあ、と読者の方は思われるかもしれませんが、入力者の生涯を振り返るのに重要な働きをしているので、この小説のストーリーにも影響を及ぼすでしょう。
だって!ヨーロッパの鐘の音は電子式なんかに代用できないじゃないですか。ころーんさんは「そりゃまあそうだね」とようやく納得します。
やはり、あのキリキリキリポーンってのは、入力者の生涯のみならずせみころーんさんの生涯も変えたんだなって思いますよ。ああいうのを覚えているようなのは、即Audio-Artに行ったでしょう。私やころーんさんの同級生も、多くがAudio-Artに行きました。
んーーー、昨日と違って、今日は妙な感慨があるなあ。
やはり人間の書くことの豊かさってのは、物理現象そのものの豊かさなんじゃないのって考えてます。ベートーヴェンが歯に棒を加えて振動を確かめたとかどうかそんな話がありますが、あれで骨に伝わって、体で振動を感じることができることが後日証明されてます。
内部奏法やプリペアドピアノでピアノそのものをいじるよりも、新しいメーカーと新しいピアニストのための新しい通常奏法の音が生まれるほうが人々は喜ぶんじゃないか、、これに気が付いたのは前衛も停滞し、CD時代になった後でした。
CDの音はなんかおかしい、LPに戻りたい、俺はLPで出すんや、、そんな話をせみころーんさんのおとおさんは職場でよく聞いたそうです。
前衛が流行らない、CDの音がおかしい、、これは大きな変化だったのではないか。後から考えると、1979年とか、あの時期前衛音楽家はみんなダメになったとまで言われた。すべての点で伝統志向が強くなり「逆戻り」とまで言われました。前衛音楽を俺はやめるぞーっ!うぉーっ!ってペーター・ミヒャエル・ハーメルのような人まで出ました。
ちょっとハーメルの生涯は残されたスペース全部では振り返れないので、また今度にしましょう。せみころーんさんのおとおさんは「ハーメルはちょっとした問題児だったんだ」とか言ってますが、なんでフランス語を独習するような人がドイツ音楽を聴くのか子供の頃よくわかってませんでした。
もっと突き詰めると、日本人はうまい下手は気になりますけど、ピアノの音が天井座敷に届くか届かないかを一切考えないってのがあるでしょ。
これはものすごく大きいと思うんですよねえ。日本勢ってどうしても順位は上々でも演奏そのものはあんまりねえってのが多いでしょ。
これね
音が通らないよってことなんですよね。やっぱ音量は大きいが、鈍くてピシっと奥まで聞こえないってやつです。
ころーんさんはそういうの子供のころに難なくクリアしてるからわかんないんですよ。(ころーんさんのてへぺろ)
私も10代でクリアしましたが、それまではあんまり通ってない音とか言われました。
それは何でなのかというと、ピアノの音が指の曲げ方でいくらでも変わる、これが子供のころに無視されてたからなんですよね。
響きの密度を何も考えないまま大学生になっちゃうので、もう書くことの豊かさが響きに反映しないんですよ。だから、アジア勢が総じてダメなんじゃないかなって思います。
響きの豊かさってのは、それは、個性の豊かさでもあって、日本はどうしても個人主義になれないサンマの大群主義ですからねえ。




