表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
222/368

現代音楽もそこらじゅうがサーベイ楽曲ねえ。

こういう時代来ると思ってましたが、現実に聞いちゃうと萎えますねえ。どもーせみころーんさんですーとととととととととて。


ころーんさんも、この種のサーベイ楽曲ってのは授業で聞くんでしょ。


ほら。


でもそれって、没後70年は経てるじゃないですか。エクリチュール科ってそういうことですから。


経てるのはいいんですってば。


でもねえ


これ、存命とか著作権切れてない人だったりするとねえ、、、ってことですわ。


もうインターネットの時代になりますと、ファイナリストはいくらでもsoundcloudにアップロードしてくれるわけです。ラジオでかかったから無断でYoutubeってのも見られるようになりました。いや、もうそういう文化も終わって、公式がspotifyにあげてくれるとか、いくらでも手段はあるんです。


公式が、即アップロードってのをやるようになったのは、軽い衝撃ですよ。私のおとおさんなんか、公式がアップロードするって聞いたとき「時代も変わったねえ」と。


そうやってえ、、誰でもどんどんアップロードしてくれますとねえ、結局、ああこう書いたほうが効率がいいのか、ってのでサーベイ楽曲が出てくるんですよね。


大体、サーベイ楽曲ってのは21世紀に入って初めて出てきたことではありません。16世紀の声楽曲なんかほぼサーベイ楽曲と言って過言ではないでしょう。


サーベイ楽曲が盛り上がる時代とそうでない時代があるっていうと、一応の納得が得られるのかな。


2020年代に入って、この種のサーベイ楽曲がどこにでもあるのは、業界内にも問題があるとは思いますね。


なにがって?


ほれ、審査員が被るんですよ。複数コンクールあるのに、同じ審査員とか。となると、その審査員のやってるのを移動すればいいだろとか、、こんなのも出てきちゃうんですよねえ。


でも、ヨーロッパは自由民主主義国家なので、誰が何度やろうと勝手なんですよね。この辺りをおかしいといった非ヨーロッパ人のほうが賢かったのかもしれません。



ころーんさんも、soundcloudをつけながらですね「、、、ドナトーニかと思ったけど、これトム・ジョンソンだね」「こいつはでもガチでパロってるからいいのかあ」


「、、、最初はフラーで次はアンドレで、とどめはリームか、、、」「この人30過ぎて何がしたいんだろう」「エクリチュール科の宿題と考えると、これ100点満点だよね」


こういうのを調べるときは彼女はお菓子を食べません。


そうですよ。宿題を解く要領なんだろなってことです。院の数学の課題ならそれでいいのかもしれませんが、、


作曲でこれやられると、思い切りげんなりですね。怒りの感情もわかない。


そこへ


skypeで「書くことの豊かさは死んだんだ!」と決まり文句を言うのが弟子のかーんまです。どっーとはそんなこと言いませんが。


19世紀にこの種のサーベイ楽曲が明けても暮れても出版され、その楽譜がほとんどフランスの国会図書館に死蔵される運命であったヨーロッパの人もそう思ってたんでしょうかねえ、、、


なんでこうサーベイ楽曲だらけになるのか。


これは、楽譜の書き方にあるんですね。


かつてケージとかシュトックハウゼンとクラムとか、多種多様な記譜法が開発されました。当時は演奏家の水準も非常に低く、インテンポで刻める人はほんとに少数でした。


どうしたらクラシック音楽のテンポ感覚を脱せるだろうかと、いろんな人がいろんな書き方をしたんですが、1970年代になるとまた普通の五線譜に戻ってしまいました。


最近では、小節線のない楽譜なんてのも絶滅危惧種になってしまい、確かにIddonは、やってますが、ほとんどだれもやらなくなってしまいました。もちろん私もやりません。


ところが普通の五線譜に戻る、ということは、視認しやすくなるということです。


29:37とか8:13とか、めっちゃくちゃに難しい比率を使おうが五線譜は五線譜です。


それなら、Finale上でシミュレートさせて、目と耳でこぴっちゃえば、、、ってことです。


私はこの違法行為を奨励しているのではありません。ただし、かつての音楽家、それも19世紀のコンポーザーピアニストはそれが当たり前だったのです。


演奏会に行くと、ピアニストが現れるでしょう。そのピアニストの手の動きを食い入るように見ながら、音も聞く。カセットテープなんてものはありませんから、生で聞くしかありません。


となると、家に帰って「くそう、あのピアニストよりももっとド派手に決まるパッセージはないのか」とあれこれ思案するわけです。


この堆積が19世紀のピアノ音楽だったのです。ヴァイオリンも似てましたが、ピアノほどではありませんでした。


この手のサーベイ楽曲に異を唱えていた作曲家が、あのローベルト・シューマンだったのかも?彼はオーケストレーションのとても下手な作曲家として有名ですが、非常に見切りが早いことでも有名で、ピアノ曲はもうやめ、とかそういうことを平気でやりました。


ブゾーニはサーベイ楽曲に、比較的寛大だったのかもしれません。それなら全集が企画されるってこともないでしょう。


ブゾーニってもうちょっとで没後100年なのに、全集の一つもないのはこういう事情なのですよ。


「いいじゃんサーベイでも」ってのがお偉いさんの逆鱗に触れたんでしょうね。つまり、わかっててやってるのがいっぱいいたと、、、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ