70年たったり、110年たったりしてから謝罪しよう!これって誰も傷つかないでしょう?
このサブタイがほんとに機能すると思ってる白人さん懲りないよねえ。どーもせみころーんさんですーととて。ととととと。て。
なんですか?動物園に本物の黒人を入れて、114年後に謝罪ですか。
こうやって100年以上たってしまえば誰も何も傷つかないのでいいでしょうってのが、自由民主主義なんですよねえ。
かといって、黒人至上主義で新国家を建設すればハイパーインフレだし、どーすりゃいーのさ、って感じで。そりゃあすらあっーしゅさんじゃなくとも「くさっとるんや!人間だけがくさっとる!獣人や亜人は日々精進の毎日なのに!」と一言の愚痴も言いたくなりますよねえ。
114年前というと、まだジャズやタンゴのレコードも何にもないころで、楽器はおろか楽譜も買えない日本でしょ。9割以上が旧制中学あるいは小学を卒業して働いてた時代。印象派ってのが産声を上げたばっかりって頃でしょう。
印象派ってのも、ポリコレでアウトになる可能性があるらしいんですよね。
「印象に残る被搾取民族の描写」らしいんですよね。これ。
タヒチやバリの風景の描写ということは、植民地主義だあああああぐぎぎぎぎぎい!ってやつらしいんです。事情はよく分かります。
これがポリコレアウト案件だと、ゴッホやゴーギャン、ドビュッシーなどなどあのあたりの「印象主義」ってのはなんって言えばいいんでしょうね?
アムパサンドさんが「もしも原住民に突っ込まれた時は、教科書も変えなければならなくなる」「変えるのは正しい」「怒られるかもしれないけど、音楽に関する限り付加6をいっぱい使ってるんだから、付加和声主義音楽っていいんじゃないか?」と真顔でskypeで言って、やべーなこれと思いました。
ころーんさんは「もしもだよ?変えろ!って黒人の方々に言われたら、こうやって変えるんだろうなあ」「西洋音楽ってのが、諸民族の音楽文化の集合体だから、ポリコレには厳しい」あーーーそうでしょうねえ。
一部の教科書では指摘されておりますが、印象派音楽あるいは印象主義音楽の極論は、ドビュッシーの喜びの島の最後の和音なんだそうです。
ここの中学生や高校生の読者は、おそらくは授業で触れることが一回くらいあるでしょう。小学生ではない。ピアノ独奏のためのドビュッシーの『喜びの島』の一番最後の装飾音がいっぱいついた音を「アグレマン」と言います。
このアグレマンが付加6和音を採用した非常に初期の例であり、これに近い付加6を使用した最初期の作曲家はドビュッシーとバルトークくらいしかいないんですね。
バルトークも、バリ島の音楽に興味があったといわれております。したがって、印象主義音楽が「植民地音楽の描写」であることは紛れもない事実です。
付加6自体が、ジャワあるいはバリのガムランの音色の模倣ともいわれております。その後ずいぶん経ってから付加7ってのも結構スペインの作曲家は多用しますが、これは話が長くなるため触れません。またどっかでやるかな、、、
「ぐぎぎぎぎぎい!ポリコレ案件だあ!演奏するなあああああ」ということには、ならないと思います。イラン音楽もいつからか五線紙で書くようになりましたし、もちろんイラン人のおじいさんたちは一斉に怒ったらしいのですが、使い勝手が良かったので五線紙になったということです。
どこの国もですね、都合の良いことはなんでも採用するんですよ。ものすごく多民族の怒りを呼んでも。
ここら辺が、自由民主主義音楽ってやつだったんですよね。もうとにかく、都合の良いことだけを羅列しようと。
そう考えると、セリエリスムの延伸をやってた若き日のフイバールツは、自由主義ではなく、禁欲主義だったのかもしれませんね。
ここのなろう小説もそうですし、文化一般に言えるんですが、都合の良いことだけ並べて何が悪いかっていう派閥と、規範があるべきだって派閥は、どうしても二つ共存してなくならないんですよねえ。
どっちが悪いって話じゃなくて、音楽院とかがある限り、なくなりようがないんですよねえ。
ほれ、いまだになろう小説を差別する人っていっぱいいるわけじゃないですか。そういう人たちは、小説ってのは規範があるべきだっていうんですよ。
でね
そんな規範誰が守るんだって話なんですよね。
だってー、、そんな法律ないやん。それが大きいですよね。
あと文学賞の選考に携わる人が、暴力事件で降板とか、セクハラ事件で降板、、、ほうらみろ文学なんてこんなもんだと。こういうのは一般人の耳に入るのは早いですからねえ。
そんなのが、選考してる限り、規範は破られ続けるだろう、、ってのが正解でしょ?
1906年ってのは、まだローマ賞ってのがヨーロッパのフランスにあったんですよ。フーガとカンタータを書いて合格で、メディチ家に滞在している間に一曲オーケストラのための大作を書かないといけない。こういう時代です。
しかし、ローマ賞の選考で、本当に楽譜をしっかり読んで審査していたかどうかはかなり疑問視されており、お前らほんとはよめねーだろ、と突っ込みが入って廃止されました。廃止されるまでに150年以上かかりました。
白人は審査員に都合の良いことだとわかれば150年でも続ける、という教科書に載せてはいけない事実に、それ以外の色の人種の方々が怒りを表明しているというわけです。
(。・_・。;)<付加6がジャワで、付加9フラットがバリなんでしょうかね。




