感染者はいないっ!キリッ!あーっ!感染拡大しとるいまのなしいまのなしノーカンノーカン!
国家元首が危篤になってもなんのお知らせもできない、半島ってこういう人々しかいないんやろうねえ。どーもーせみころーんさんですーーーーととととととととてててててて。
温度が下がったので、今日はパスタでもええやろと鍋がぐつぐつぐつぐつって感じでまたトマトソースの何とかになりそうなころーんさんは「今のなしっ!ってのが、その国の民度なのかもしれない」と。
一般人が「今のなし」ならわかるんですが、一国の国家元首がそのセリフだと国民はなんも考えたくないでしょう。
よくねえ、国民のだれもが政界に入れる社会をって人多いでしょ。それは当然理想ですよ。でも、地方都市や田舎は信じられないくらい都市の常識と隔絶してる人もいるんですよね。
それも国際社会と一緒でですねえ、、、
中進国から後進国、発展途上国にいる人は、先進国の搾取だとかイキリは結構効いてるんですよ。
で、結局言葉遣いからして間違ってるので、こういう国ってきもいよねってことで、どんどん貿易も止まっちゃうし、食料もなんもなくなっちゃうんですよね。
ここでパスタを茹でてるころーんさんはあんまり経験ないと思うんですが、、かつてのね、せみころーんさんのおとおさんとかが勉強してた時、開始45秒ぐらいで事故っちゃって「あーーーーー!いまのなし!」ってのあったんですよ。
結構ありましたね。指揮者はよくテンポの変更されるとこで間違えちゃうんですよね。
こういうのが、そうですねえ、セリーでなければ人ではないとか言われてたときあったんですよ。
ここらへんが、ゴウモエラーやころーんさんがもっとも嫌う側面でございまして、アマチュア丸出しの現代音楽業界とか批判されてたんですよ。
でね
いまさ
そういうの、ぜんぜんないでしょ?
ほんとにないでしょ?
これってすごいことですよ。
例えばですね、オケスタもどんどんヴァージョンアップされて、近年の作曲家の作品なんかも載るわけでしょ。
昔のオケスタはラヴェルで終わりでしたが、今やフェデーレやシャッリーノくらいまでのっとると。
そうするとさ
ほんとに、間違えなくなるまで、練習してやってくるんですよ。これすごいことですよ。
ゲームと一緒ですよ。クリアできるまで何度でもやるでしょ。くおてしょんさんは「にゃーんっっっ!」とか目が血走ってまですらあっーしゅさんに勝つまでやるじゃないですか。
あれといっしょでね、勝つまで人間やるんですよ。
そういう動物なので、最近現代音楽業界で「間違えた!あー!いまのなし!」ってのすっごく少なくなりました。イダ・ヘンデルが途中で止まること自体、日本のクラシック音楽業界ではレアなケースだったといわれるくらいです。
この、勝つまで人間は絶対に努力してやってくる、ってのに、近年のコンセプチャル作曲は辛辣な皮肉を盛り込んでくるってわけです。
だからー、、、かーんまはそれをまんま受け取ってですね「書くことの豊かさは死んだんだ!」「書くことの豊かさはもう死んでんねんで!」って何処行っても連呼するもんですから、私が代わりに頭を下げました。
リベラル系の教育を受けた人ほど「死んだんだ!」って表現には敏感ですよねえ。そりゃそーでしょ。
書くことの豊かさは科学的に定義できるかってやつですよ。
これは20世紀からずっと続いてて、前衛の世代はかろうじて定義してたようですが、そのあとの世代は「そんなの主観だろ」と突っ込むのが出てきたんですよねえ。
萌え顔のかわいさは科学的に定義できるでしょうか?これみたいなもんですね。
これってね
クオリティ・オブ・ライフは科学的に定義できるか、ってのと同じ問題ですよね。
西洋人はできるって言ってますよ。
でさ
これってほんとなの?と、獣人コミュニティは懐疑的な視線を人類にぶつけてくるようになりました。亜人さんはどうだかわかりません。
よく考えれば、ヨーロッパだって20世紀中葉まではひどい女性蔑視の社会で、奴隷が何人いるのかを勘定する社会でした。クオリティ・オブ・ライフとか言い出したのは、爆弾が降ってきてからでしょ。
家が燃えて初めて分かったというやつです。まぁこんなもんですよね。一般人とやらは。
で、今度は反対なんですよね。
何処がクオリティ・オブ・ライフの平均値なのか?食事はどうなんだ、学歴はどうなんだ、職歴はどうなんだ、そんなものにクオリティ・オブ・ライフの平均値を決定できるのかと。
ここらへんなんですよ。コンセプチャル作曲の問題点とやらは。
クオリティ・オブ・ライフならぬ、クオリティ・オブ・コンポジションてのですよ。
クオリティ・オブ・コンポジションってのはあると、そんなもんさいしょっからねえ、ってのと。どっちが正しいんですかね。
これをかーんまはよく私の友人知人に思い切りぶつけ、「いいかえせないーんだっ!」とか言うので周囲は気まずい雰囲気になってしまいます。
アムパサンドさんが詳しい教会音楽の作曲家の皆さんは、ここらへん、知ってて黙ってたみたいなんですけどどうなんでしょうね。




