美麗グラフィックとかいわれてもさ、結局黒でしょ。黒。
FF7リメイク、まぁなんとか50万は行くかって感じのせみころーんさんですー。どーもーとととととて。ころーんさんは夕飯の仕込みに入りました。
でもねえ、私は近年のFFがですね
まっくろ
ってのがどうにも受け付けないんですよねー。ファミコンやスーパーファミコンのグラは真っ黒ってのを回避してたように思うんですよね。
もともとファミコン初期はバックブラックでゲームを作ってるんですよ。
これは私のおとおさんがファミコンフリークだったから言えるらしいのです。そういえばマリオブラザーズだろうが、ピンボールだろうがポパイだろうが全部、、
背景が黒じゃないですか。
でーAtariとかはバックが黒ではない色、、典型例はE.T.とかですよね。ああいうのは外人が好むんです。でも洋物ゲームもバックブラックでしょ。たいがいは。
今FF7リメイクの画面を見ましたらね、
なんで、、全員黒っぽい服を着て黒っぽいビジュアルなのか、あんまわかんないんですよねえ。
ほれ、、作曲の授業でもね、ほら、真っ黒いと、おこられるじゃないですか。
ころーんさんは真っ黒い楽譜は嫌いなの?そうでもないか。
ピアノ科の人は真っ黒い楽譜は全然平気なんですよ。ゴウモエラーもです。どんだけ頭の悪そうなピアノ科の人でも真っ黒い楽譜は一応読めます。これはベートーヴェンのピアノソナタの全曲が必修だからです。
ところがですね。
鍵盤楽器と指揮以外の人々は、真っ黒い譜面には露骨に嫌悪感を丸出しにします。これは楽器の性能上黒ければ黒いほど、ホールの残響のおかげで、単旋律のみの和声的空間が損なわれるからです。
このあたりリゲティ・ジェルジュは、その問題点を指摘した「アトモスフェール」って曲で話題を取りました。
確かに真っ黒ですが、順次進行で真っ黒なので、あーれーはー大した問題じゃないんですよ。
跳躍進行で真っ黒だと、って話なんですよね。
ここら辺ピアノの人とそうじゃない人の間で、音楽観が全く違います。
19世紀、無視できない音楽上の革命が起きました。それはピアノ音楽がスポーツと同じになったからです。
どこまでオクターブが刻めるか、どこまで早く弾けるかといったオリンピックのようになってしまい、当然出版される楽譜はまっくろくろすけのオンパレードでした。
ところが、19世紀の他の楽器はヴァイオリンとかチェロとかを除いて、そんな革命が起きるのが大きく遅れました。まだ調律が良いか悪いかという問題で争ってました。
コンピュータもありませんから、手で計算して、手で管に穴をあけていたわけです。もちろん間違える人も多くいて、ベルリオーズは「この楽器の調律悪すぎ」としっかり書いてます。
この手の問題が解決したときには、もう20世紀は半分終わってました。
となると、まっくろくろすけのような楽譜を見て育った人と、そうじゃない人で、しっかりと情報格差が付きます。この格差こそ、前衛が停滞した戦犯だったと考えてます。
やっぱねえ、格差つけられると、いやなんですよねえ、、、
私ところーんさんはそういう格差にもめげずに無事修了できたんですけど、めげてやめちゃう人だっていっぱいいます。
この格差がずっと1945年から75年以上残っちゃってるんですよねえ。
今はフルートは比較的真っ黒でも読む人が増えてきたって感じですよねえ。まぁデンクやファーニホウの功績なんでしょうがねえ。。
んでー
FF7リメイクのねえ、宣伝チラシとかとか見てますと、、ゲームの出来はともかく、なんでみんな黒っぽい服を着ているのかってことです。
服飾という点で違和感があるんですよねえ。いくら異世界とはいえね。
このあたり、あつまれどうぶつの森は、この問題点をよくわかってらっしゃると感じました。ちゃんと朝があって夜があってと。
いまやマリオメーカーにも昼と夜がありますからねえ。
こういうビジュアルの問題点が解決できないと、FF7をリアルタイムで経験した層ならともかくとして、もうおっさんおばさんしかやらんでしょうよ。
音楽も今チェックしましたが、4小節全部おんなじコードってのがですねえ、、
ころーんさんは肉を煮込みながら「、、だっさ」「コードも同じなら音源も古い」「なんともおもわないのかな」っていってます。
3小節同じコードだと、構造上愛染かつらの「旅の夜風」のイントロと一緒ですね。あれね、1938年なんですよ。イントロが進むと4小節同じコードもあります。
こんな古いヒストリカルをせみころーんさんは当然リアルタイムで知っているわけもなく、すらあっーしゅさんの膨大なSPコレクションで聞きました。
もちろん、8小節全部とか16小節全部とかそれってフィリップ・グラスの影響なんですがあ、グラスより詰まんなくなっちゃてるのが問題なんだと思います。今日はここまで。




