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4日前はあんなに元気だったんだよ?

せみころーんさんですーどーもととて。


ディミトリー・スミルノフさんが、昨日Covid-19で亡くなりました。まだ71歳でした。子供たちは芸術家の道を歩み、これからって時にねえ、、、


すらあっーしゅさんは「、、、」と言葉にならなかったみたいでした。


ころーんさんのピアノの棚には、まだ使いかけのWELL TEMPERED PIANO op.125の楽譜がはさかったままでした。


こんな振り返り方はしたくないですが、幸い彼は多くの自作をwww.scoreexchange.comにアップロードしてくれてました。


おそらく、日本語で彼の生涯を振り返る文章がアップロードされるのもこれが最初で最後でしょう。フレンニコフの7人としてブラックリストに入れられ、イギリスに亡命、軌道に乗った豊かな作曲生活から、急転直下でこれ。


アムパサンドさんも「心の整理がついていない」といって、コメントを避けています。


なので、私が言うしかありません。でも、私が彼の音楽を完璧に熟知しているというわけではないので、、ちょっと不勉強な記述になるかもしれません。ご了承ください。


私が彼の音楽を知ったのはころーんさんがMAGIC MUSIC BOX op.77を買ってきてくれたからです。


現代音楽じゃないけれども、ロシアの人がこんな曲を書くのは珍しいとかいって二人で弾いていた思い出があります。


21世紀にはいると、調性音楽やシベリウスの出力音源のみで作曲した音楽など、ずいぶんと軽くなった印象がありましたが、正確な書式の方、という印象は崩れませんでした。


結局最後の作品はなんになるのかわからず、to be or not to be...op.195はアップロードされてるみたいなのでYoutubeでぽちってみました。


ぽち。


ヴィオラを中心とした濃厚な音楽。もう、現代の流行の音楽でもなんでもないですが、不思議と調性はありません。


書いていて、ふとニコライ・ミャスコフスキーのことを思い出しました。


ミャスコフスキーの死も、予期せぬものでした。彼は丹念に日記をつけており「プロコフィエフを見舞いに行ったが虫の息でもうダメだ」と書きつけた1年後に、自らが急にプロコフィエフより前に亡くなったのです。


どうしてもロシアの作曲家は、不幸な亡くなり方をするケースが多いように見られます。酒やたばこの問題といった些末な問題では、ないような気がいたします。


そもそも、なんで、こんなに正確に作曲している方がフレンニコフの7人に入れられてしまったのでしょうか。


どうも、これは彼の言動や行動ではなく、師弟関係に問題があるような気がいたしました。


彼はこれでもエディソン・デニソフ門下生です。デニソフの最期も信じられないほど悲惨な亡くなり方でした。


デニソフはザグレブ・ビエンナーレに呼ばれ、大成功をおさめます。これがフレンニコフの逆鱗に触れ、ブラックリスト入りを余儀なくされた第1号、その門下生もすべてアウト、ということです。


要は作風とかはどうでもよく、フレンニコフは誰が国外デビューをするかどうか監視しており、国外デビューが果たされたと分かるや否やブラックリストに入れたのが真相のようです。


多くの亡命ロシア人にある話ですが、移住先で作曲しだすと、突如として音色が変わる方がいらっしゃいますが、スミルノフもその例外ではありませんでした。


もう自由に書いていいじゃないか、と古典音楽の引用から自作の習作期の引用までパラレルに張り巡らし、跳躍音程はほとんど姿を消しました。


こうなって、、しまいますと、もう日本には呼んでくれません。日本はまだまだ調性を自由に使う作曲家には厳しく、亡くなるまでの間スミルノフの新作が日本で上演されるということはほとんどなかったように感じられます。


けれども、かったーいドグマに覆われた国の一つくらいを無視して、自由に描き切ったスミルノフの亡命後の様式のほうが、人間的に聞こえるのは事実です。


バヤーンが入ると、同郷ではないけれども地理的に近いオレクサンダ・シェチンスキの音楽にも近いような気がいたしましたが、シェチンスキほどの鮮やかなテクニックの攻めはありません。


ひょっとすると、ロシア版新しい単純性の稀有な成功例だったのかもと思える瞬間もあります。


単純どころかお経レヴェルにまで撤退してしまったアレクサンダ・グゲル、ゲオルグス・ペレツィスだと作曲家一人ひとりの個性を感じることが難しいくらい旋法性が顕著になるのですが、スミルノフはそういうことはありませんでした。


デニソフ門下生としてロシア国内で活動していたころから、普通のロシア人ほどギトギトに煮詰めた音色ではなかった、それがさらに希薄化されたため、これだけ聞きやすくなったのでしょう。


どうしても前衛色が欲しいという人は、亡命前の「交響曲第一番」を勧めますが、ころーんさんは「、、やっぱり亡命後の素直なピアノ作品のほうが本音だったように思う」と言ってます。

(§ゴ;。;ウ§)(&・_ゝ・&)(。・_・。;)(゜~゜:)彡/(゜)(゜)"(/’ω’)/"<ご冥福をお祈りいたします。

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