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なんだよ!Radio Neo廃局かいな!

ころーんさんがこれみて「えー、また?!」とか言ってて飛び起きたせみころーんさんですーどーもーとととて。


一昔前、愛知国際放送とかいうのをやってですね、盛大にこけたんです。


愛知国際放送の場違い感は極まっておりました。


何がどう場違いだったのかといいますと、本格的外国語放送ということでネイティブの英語が飛び交う空間になりました。


もちろん選曲もJFN系とは完全に異なったものをかけようとして、独自色を強めておりました。


しかし、リスナーはちっとも増えませんし、スポンサーが集まらなかったのです。


なぜでしょうか。


これは出力以上に強い電波を受信したかのような状態にあったと思っています。


ラジオというのは、聴き取りにくいと余計聞きたくなるものです。


ころーんさんは「そんなことはない」と聞こえにくければすぐポチと消す女性の方ですが私は違います。すらあっーしゅさんは「低出力選手権!きゃっきゃ!」とかいってどこまで電波が出力が弱いかを競う選手権を、いっつも飲み会で開催しておりました。


愛知国際放送の出力はそんなに強くありませんでしたが、三国山に送信タワーを建てたため、盛大に音量として入るようになりました。おかげでエフエム愛知やエフエム三重よりも強烈な音量で「れでぃお・・・ああい・・・」となんとも卑猥なナレーションがいっつも入ったのを思い出します。


結局名古屋人から支持が得られず撤退してしまいました。音楽のジャンルも名古屋人が知っているものとは程遠いもので、いっつもうどんとそばを食べている人の前に平壌冷麺を出すのと同じことです。慣れていない味を出されても、ほとんどの人は付いていけないのです。


ここら辺は日本の音楽教育の弊害だと思っています。教育を受けないことには、何も楽しめず、楽しみ方もわからないことになります。日本の吹奏楽や合唱があれほどくだらない和声進行になるのも、教育の問題です。


私は慣れていない味を出されても普通に食べることができますが、普通の日本人にこれは難しいと思っています。韓国のチキン屋さんは3か月で撤退してしまいましたし、まずいと「判断されれば」終わりなのです。


こうして愛知国際放送が亡くなったら、今度はInterFM Nagoyaといって同じ周波数に乗り込んできました。


ピーター・バラカンさんのDJのスタイルをみてもお分かりだと思いますが、InterFMは左翼的色彩の強いDJを取り揃えようとしました。これが裏目だったのです。もともと名古屋は自民王国と呼ばれています。


もちろん宗次ホールやしらかわホールはありますが、ホールに招聘される演奏家のメンツを見てもわかるように、首都圏にお呼ばれされる演奏家の7-12年遅れ、まぁそうですね、、


針が10年遅れなんじゃねーかってくらい、音楽の趣味が首都圏のレヴェルから遅れたまんまなんです。そのくせ政治路線も東京や大阪ほどしっかりしていません。


パシフィカカルテットはエリオット・カーターの弦楽四重奏曲の全曲演奏会を東京ではできますが、名古屋だと一曲だけ。この格差はどうしようもなく、単純に教養の質が違ってしまっているのです。受験勉強では測れない教養の質は、1-2年で解消できるものではありません。


近年名フィルはずいぶんとレパートリーが増えましたが、いまさら増えてもということです。名フィルのレパートリー刷新の効果が聴衆に表れるには、少なくともいまから25年はかかるでしょう。


また大村知事の相次ぐ失言により、左翼的思想が若者にそっぽを向かれてしまい、これがRadio Neoの首をさらに絞めつけてしまいました。


Twitterのタイムラインを見ても、Radio Neoの廃局を惜しむ声はほんとに少ない、、このあたり、問題があったのでしょう。もちろん日本が音の後進国だという根本的な問題があったにせよ、最初からコミュニティFMとして開局しておけばこんなことにはならなかったのではないでしょうか?


スターキャット・ケーブルネットワーク株式会社は「テレビでラジオ」というサービスをデータ放送で始めているのですが、全国のケーブルテレビに対しデータ放送によるラジオ送信を早い段階で義務付けるべきだったと思っています。


これがもっと早く行われていればRadio Neoも助かったかも知れません。


いまRadio Neoを聞いていて、あっ、、と思ったことがあります。それは、もうドラムスを使ったバンドサウンドが70代の趣味になっているということです。


タンゴのオルケスタティピカは80代、バンドサウンドは70代、テクノサウンドは50代、、、、


ポテイトゥチップスの濃い生姜味にかぶりついてがっつがっつがっつと食ってるころーんさんは「ポピュラー音楽が、クラシック音楽を上回って、痛い存在になりつつある」と心をぐっさりと突き刺すようなことを言いました。


おそらく私ではない男性なら即喧嘩になったでしょう (ころーんさんが、ここで、てへぺろ) でもこれは事実だから反論の生まれようがありません。なにがポピュラーなんだ。どこがポピュラーなんだって感じです。何のためのポピュラー音楽ですか、と。


ポピュラー音楽がポピュラーでなくなっているのかも知れません。それならFMが廃局になるのも当たり前でしょう。

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