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4月12日-1

「は?映画だぁ?」


「そ。お母さんが懸賞で当てたらしくって。ちょうど2枚余ってるから二人で見に行ってこ~いだってさ」


今日は土曜日。


つまり心ゆくまで惰眠を貪り、適当にゲームをして一日を終えることを許される最も贅沢な曜日である。


ハズだった。


コイツが我が家のチャイムを鳴らすまでは。


「嫌だ。今日の俺は睡眠モードなんだ。悪いが他を当たってくれ」


そんな引きこもりデーに家を出るなど、余程の事情がない限りやりたくない。


楓に背を向け、布団に包まる。


ああ、カーテンで僅かに遮られた日差しがなんとも心地よい。


どうしてこの空間からわざわざ抜け出そうなどと考えようか。いわんや休日をや。


「んで、何故に?理由だけ聞こう。断るけど」


「残念、拓真のお母さんからちゃんと連れ出し許可貰ってるから拒否権はないよ♪」


「ないよ♪じゃねえよ。俺の人権を勝手に消すな」


何故に、とは、映画なぞお前の趣味じゃないのにどうしてわざわざ見に行く必要があるのか、という問いである。


俺に人権がないのは既に諦めた。母は強し、である。


「ちっちっち、分かってないなワトソン君。映画館は本当に映画を見るためだけの場所かい?」


朝から元気なバカ女が煽ってきたが、条件反射で肯定できないのが何とも悲しかった。


「なるほど。私は寝るから、映画が終わったら起こせ。そう言いたいんだな?」


「どうせ寝るならさ、快適な居眠り空間で寝た方がお得でしょ!?」


「最初から眠るために映画館に行くヤツ、俺は初めて見たよ」


なんて贅沢なお昼寝の方法だろうか。


苦笑いを浮かべたつもりだったが、多分俺の目は笑っていなかった。


「ちなみに、ジャンルは何だ?」


「ん~と、恋愛ものの映画化で――」


「そうか、じゃあお休み夢で逢えたらいいな」


聞くだけ聞いたが、俺に行くメリットが皆目見当たらなかったのでやはり寝ることにした。


「起きろ~~もうお日様は昇っているんだぞ~~」


「おわっ!?」


布団を剥がされ、俺の素肌が太陽の下に晒される。


人の幸福を奪うとかマジで人間の所業じゃないが、俺は寛大な心の持ち主なので目覚めてあげることにした。


背伸びをして眠ったままの身体も起こし、楓のことをガン無視して今日の着替えを探す。


楓は俺の本棚から勝手に奪い取った漫画に集中していて、俺の着替えに対する興味関心などは一切なさそうだった。


されたら困るが、堂々と俺の部屋に居座るのもそれはそれでどうかと思う。


「ところで、どうやって俺のお母さんを攻略したんだ?」


「ん?少女漫画の映画化だから、私が拓真くんにときめいちゃうかもしれません!って言ったら一発で落ちたよ」


「マジ?お母さんチョロすぎるだろ」


俺と楓は付き合う関係じゃないと何度も言ったはずなのに、俺たちへの淡すぎる期待に母は負けたのか。


何が母は強しだバーカ。弱すぎだろ。




口約束だけ取り付けて本気でブッチしても俺は困らないので良かったのだが、ここで楓に貸しを作っておくと後々面倒になりそうなので渋々私服に着替えて家を出ることにした。


まだ4月というのに外は既に暑く、歩いているだけでも汗がベタつきそうになってきた。


楓がいるからと服選びをケチって長袖の服を着てきたのがマズったか。


「そういえばここのショッピングモールに来たの、割と2年ぶりくらいかもしれんな」


「え、そんなに来てなかったの!?意外、、でもないか、物欲なさそうだし」


目的地であるショッピングモールは家から2kmぐらい離れた郊外にあり、その分だけ規模が広い。


3階建ての大きな空間におよそ200弱のメーカーが店を構えており、日用品だけでなく本やゲームなどの嗜好品や、レディースメンズ問わず幅広いブランドの洋服もこの施設に名を連ねている。


大抵の物はここで揃うだろうが、わざわざこんなショッピングモールに行かなくとも俺の日常は直径1km程度で完結するので最近はずっと利用していなかった。


中学生の時なんかに友達皆で集まってワイワイしたぐらいしかここに来た記憶がないが、まさかこんな形でまた来ることになるとはな。


この町には映画館が併設されている場所自体が少ないため、ここいら近辺で『映画館』といえばここのショッピングモールを指すのだった。


「映画の上映までまだ時間あるけど、どっか行く?」


最寄りの入口から映画館は逆の場所にあるので、とりあえず適当に歩く。


広場のような休憩スペースに設置された大きな時計を見上げると、映画の入館時刻まであと30分以上ありそうだった。


「う~ん、ゲーセンに寄ってもいいけど熱中しすぎるとアレだしな」


「暇つぶしにはいいけど、そこまで暇でもないしね」


「どうせなら先に映画館に着いといて、他にやってる映画のパンフレットでも見ないか?」


「いいね。そんぐらいで丁度いっか」


楽しめるかどうかはともかく、楓と二人で時間を潰すのにはちょうど良さそうだった。



「おお……」


映画館に足を一歩踏み入れると、そこはやはり普通のお店とは若干違う感じがした。


黒を基調にした大人びた外装の中に、柔らかな地面のマットやロビーの中央に置かれた休憩用の柔らかなソファが溶け込むようにインテリアとして設置されている。


久しぶりに来た映画館の雰囲気が昔と違ったように見えたのは、その分だけ俺が成長したことの証左かもしれなかった。


「久しぶりに来たけど、やっぱり映画館って特別な場所って感じがするよな」


土曜日の昼間というだけあって、学生の集団や家族連れなど、割と若い客層の人たちがあーだこーだとこれから見る映画の論議に花を咲かせているようだった。


他から見れば、俺たちも同じく風景の中の一員になっているのだろうか。


「そうだね、心も落ち着くし、薄明かりだし、これから寝るにはピッタリだよね!」


「寝るために来る人はいないけどな」


まあ、途中で寝てしまいそうになるのはこの外装も一因になっているのかもしれないけど。


「お!あのスポ根漫画、映画化されるんだ!」


TAKE FREEと書かれた映画のパンフレット集の中から楓が手に取ったのは、野球漫画の映画化作品だった。


ふとその周辺のチラシを見渡しても、漫画や小説が原作だったり、中にはゲームが原作だったりと、割と2次元のスピンオフ作品が近ごろでは増えている気がする。


信者がお金を落としてくれるんだろう……というのは、流石に邪推が過ぎるだろうか。


「読んだことあるのか?」


「最新話だけ見れるタイプのアプリで、途中からずっと見てるんだ。2巻の中盤辺りから」


「ふ~ん、そこまでずっと読んでるってことは面白いんだな」


「いや~、個人的には割と微妙だと思うんだけどね」


「じゃあ何でまだ読んでるんだ?修行僧にでもなるつもりか?」


相変わらず楓の行動原理は分からない。


脳内ジャンケンで右手が勝ったら動く、左手が勝ったら動かないとでも決めているのだろうか。


あるいは昨日の冗談が実は本気で、お坊さんを目指しているのだろうか。


「それが今まで読んだ物語の中でマシな部類に入るからだよ」


「楓の中の評価基準には『どちらでもない』『どちらかといえば悪い』『悪い』の三基準しかないような気がするんだが気のせいか?」


完全に偏見だが、楓は動画サイトの高評価ボタンを一度も押したことがなさそう。


「私、二次元に関しては厳しいからね~」


「ちなみに、今から見るだろう恋愛映画の評価は――」


「『飛びぬけて悪い』」


「とびぬけて わるい」


ここに来て新評価が登場するとは夢にも思わず、素で聞き返してしまった。


「これ見ることによる生産性がどこにあるのかを解説してほしいよね。


うわ~ヒロインの子幸せになった良かったね~


よし、私もあんな行動を取ろう!


なんて考える人いないでしょ」


「まず、トラックに轢かれそうになってる猫を命がけで助けなきゃいけないからな」


初手から命がけとかどう考えても無理すぎる。


「冗談はともかくとして、見てない映画を批判するのはここまでにしとこうぜ」


1個前の上映が終わり、入れ替わりで入れるようになった。


こんな不毛な議論はさっさと打ち切って、黙って映画を見ていた方が多分マシだ。


「しゃ、いっちょ気合入れて行きますか!」


「批判するために全力で視聴とか、アンチ通り越して逆に猛烈なファンだろそれ」


映画泥棒のCM,最近はどんな風にマイナーチェンジしているのだろう……という俺は俺で間違った期待を抱きながら、シアターの中へと入っていった。


ちなみに、楓は始まって5分で寝ていた。


もうちょい起きとけよ。腐っても最前列やぞ貴様。

今から麻雀打ってくるんで戻ってきたら続き上げますね。

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