4月11日-1
去年より30分早くなった目覚ましが、無慈悲に俺を夢から連れ戻す。
世間様の「早起きは善」という風潮が一体どこから来ているのか考えながら家を出て、今日も楓と一緒に登校する。
靴箱で靴を履き替えたら職員室前の連絡箱を確認してプリント類と出席簿を教室まで持っていき、楓の駄弁りに付き合いながら授業で出された課題の解き方を楓に教えてもらい、win-winな関係を築く。
これが俺の木曜日までのスケジュールだった。
そして、金曜日に事件は起こる。
それは、昨日と変わらず楓と一緒に学校に着いて、自分の靴箱に靴を入れようとした時のことだった。
「え?」
まるで映画のシーンのように、一枚の便箋が左右に揺れて落ちる。
三つ折りになっていたそれは、綺麗にすのこの隙間に挟まった。
「なあ、これってまさか……」
驚きを隠せない俺を前にして、楓はキラキラとした目をその紙に向ける。
「うん、そのまさか……だと思う」
楓は恐る恐るその便箋を手に取り、決して破らないように丁寧に紙を開いていく。
書かれていた文章はわずか三行。
「初めて見た時に思わず一目惚れしました。
好きです。
よろしければ、今日の放課後校舎裏に来て欲しいです。」
紛れもない、正真正銘のラブレター。
妙に角々しい手書きの文字からは、書き手の緊張がこちらにも伝わってくるようだった。
「え、スゴくない!?私、ラブレターなんてもらったの初めてなんだけど!?」
「お、おう……俺も生で見たのは初めてだから、少なからずビックリしてるんだけど」
一目ぼれ、というからには一年生なのだと思うが、それにしても凄い行動力だ。
「こ、こんな現代社会で一世代前の青春シーンがあるとか奇跡だよ!?恋文だよ!?ロストテクノロジーじゃない!?」
「言わんとすることは分かるが、それを言うならロストテンプレだと思うぞ」
興奮した楓が肩をバシバシ叩いてくる。割と痛い。
「凄いよね、この人。もしかして1000年前からタイムスリップしてきたんじゃないの?」
「1000年前の事情だと自宅を勝手に覗き見されるし、告白されたら絶対断れないけどいいのか?」
「だいじょぶーダイジョブ。最悪尼になって逃げればセーフっしょ」
「うーん、それはアウトどころかダブルプレーぐらいあるな」
朝登校したら下駄箱にラブレターが入ってましたって、まさに漫画みたいな展開だ。
惜しむらくは、その宛先が俺じゃなくて楓に向いていることぐらいか。
俺がもし物語の主人公ならここできっと幼馴染への愛に気づくのだろうが、生憎俺は既に家族愛という形で楓のことを愛しているので全くのノーダメージだ。
愛してる、なんて言葉を使うと妙に浮足立ってる感じがして今にも鳥肌が立ちそうだが、もっと上手く形容できる言葉を持っていないのでしょうがない。
つまり、俺は楓を消去法的に愛している。
良い響きだ。今度から楓との関係を聞かれたらこれで行こう。
「さて、どうするんだ?」
俺の問いは、告白を受けるのか?という意味であり、
「うーん、有難いけど今回はパスかな~」
楓の答えは、断るよという意味である。
「早いな~おい、決断は早けりゃいいってもんじゃないんだぞ?」
むしろ俺は告白しようとした名もなき彼のことを応援してやりたかったのに。
一目惚れして告白した学校中の人気を集める女の子が、実は自己中なネガティブ女でした~とかで、女性不信になりかねないところを俺が救って二人の友情物語が始まるはずだったのに!!
(先輩……女の人って、あんなに裏表が激しいんすか?)
(フンッ……俺も、裏表は激しい方だぞ?)
(せ、先輩なら大丈夫っす!!)
ちょっと考えたけどなんかおかしいな。
フンッ……って鼻で笑う俺どこの世界線にいるんだよ。
俺の欲望が漏れて楓に伝わったのかどうかは分かんないが、それに近い提案をしてきたのは楓だった。
「……覗き見してみない?私が告白を断るシーン」
「貴様、正気か?」
「正気も正気よ。」
「無論断るけど……理由は聞かせてくれ」
当然だ。精一杯の気持ちを伝えようとしている人を覗き見しようだなんて、あまりにも失礼すぎる。
逆の立場で考えてみれば非礼極まりないことぐらい、コイツなら熟知しているはずだ。
それを分かってこの提案をしてきたのにはきっと理由がある。
「私が拓真のことを本当はどう思っているか、知って欲しいっていうのがまず一つ。」
ポツリと楓が呟く。
朝の靴箱に俺たち以外の人はいないが、気を抜けば俺も聞こえなくなるような、小さな声だった。
「そして、傷ついた私の心を癒して欲しいのがもう一つ。」
初めて聞いたような楓の声に、思わず鳥肌が経ってしまった。
どっちも嘘だろ。
「まず前者がダウト。普段から散々『俺たちは家族だ』と言ってるのに、何故また同じことを聞く必要がある」
「そりゃあ、クラスの皆がいる前で話すのと、感情を示してくれた人とタイマンで話すのは訳が違うでしょうに」
「はいそこダウト。どうせ『家族として割と愛してるから、私と拓真を恋愛の枠にくくりつけるのやめて欲しいな~』とか言うんだろ」
「き、貴様!?何故それを!?」
「自分の思考とシンクロして考えたら一瞬だろ。何年隣にいたと思ってるんだ」
自分が考えていることぐらい、他人も考えているのは当然だ。
俺と楓の場合は、それがちょっとだけ親密になりすぎただけで。
それにしてもさっきの楓の声真似上手くいったな。もっと練習して精度上げとくか。
「ぐぬぬ……負けました」
「んで、後者もダウト。俺に癒してもらうくらいならクラスメイトと喋った方が百倍楽になれるぞ」
これは割とガチで本当だ。
例えどんなに俺と楓が仲良しだったとしても、『性別』という絶対的フィルターだけはどうしても超えることが出来ない。幼馴染だからこそ、余計にそれがよく分かる。
「女子の悩みは女子に聞いてくれ。俺に喋るのは余った搾りかすでいいから」
「あら、残りは聞いてくれるんだ」
それぐらいなら聞いてやるさ。疲れなさそうだし。
「んで、話を戻すが、結局俺はどうすりゃいいわけ?」
「う~んと、教室で暇つぶししててくんない?終わったら戻ってくるから」
「あいよ~」
「ほ~い、じゃあそういうことで」
頑張れ、少年。
男には、負けると分かっていても戦わなければいけない時があるのだから。
叶いもしない勝負ではあるだろうが、心ばかりのエールを送っておいた。
書き溜めあるんでとりあえず一週間くらいは毎日投稿できそうです。
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読んでいただきありがとうございました。