8月16日-1
よし、と気合を入れて、玄関のチャイムを鳴らす。
迎え入れてくれた楓のお母さんと一言二言交わしたのち、楓の部屋の前に立つ。
言おう。
今日変われなかったら、きっと明日も変われない。
楓の邪魔をしないよう、コンコンとノックをした後に俺は言った。
「楓先生、俺に宿題の解き方を教えてください!!!!」
「それで?この間あんな話をしておきながら、どうして私が宿題を写させてあげると思ったの?」
ドアが開くまで2分程経った後、楓の部屋に通された俺は何故か楓の目の前で正座させられていた。
目の前のベッドに足を組んで腰かける楓の姿は絵になりすぎていて、右手にトマトジュースのグラスを添えたら今にもポンコツ吸血鬼が現れそうな程に美しい。
元々細いふくらはぎはショートパンツを履いているせいか余計に強調されており、俺の人生終了を賭して思わずペタペタと触ってみたくなるほどに映えている。
白いノースリーブのブラウスからチラッと黒のキャミソールの肩ひもが見えているのは意図的なのか偶然なのか分からないが、俺にまた新たな性癖を生み出させることになるのでやめていただきたい。
つまりまとめると、俺はまた童貞くんをころすほどに可愛らしい楓の姿を見せつけられており、従って我が一生に一片の悔いなし。
「いいか、楓。俺はついに気づいたんだ。
自分一人じゃやる気が起きないなら、真面目な人に手伝ってやる気を興してもらえばいいということにな!!!」
アリとキリギリスの原作でキリギリスが死んだのは、一人で行動できる気力がないくせにアリと一緒に食べ物を探そうとしなかったからだ。
どうして今まで自分一人で何でもやろうとしていたのだろう。
自分が変わるよりも、他人に自分を変えてもらう方が圧倒的に楽なのに。
「え、今更?」
なるほど、聡明な楓さんはそんなことに既に気づいていたらしい。
え?
「ちょっと待って、楓さんはずっと前から気づいていらっしゃったの?」
「うん」
「じゃあもっと早よ言えや」
「というか、普段から私と喋ることによって得た青春の昂りを気力に変換して生活してるもんだと思ってたけど」
「俺の気力って電気みたいな作り方で生み出されてんのかよ」
「まさに自家発電だね」
「お前が言うのかよ」
こういう言葉を吐けるようになってしまったのは、少なからず俺からの悪影響を受けたからだろう。なんか非常に申し訳なくなってきた。
「話を戻すとさ、それって勉強を教える側に何もメリットがなくない?飴ちゃんでもくれるの?」
「今までのツケでトントンだろ。今まで楓にどれだけ俺の一人きりタイムを邪魔されてきたと思ってんだ」
例え楓がどんなにカワイイ幼馴染であったとしても、俺だってゲームに熱中したり物思いに耽ったりしたい時間はある。
それくらい楓も分かったうえで俺を外に引きずり出してくるのだ。やっぱりこの女タチ悪いな。
「うーん、、そう言われると確かに反論はしづらいけども、、
じゃあ、一つだけ条件付けても良い?」
「なんだ?おやつなら300円までだぞ」
「ふっ」
失笑された。
「今日、というか、この部屋にいる時だけさ。私の彼氏として過ごしてみるってのはどう?」
「え?」
「この間海に行ったとき、恋人の振りをする~~ってどうたらこうたら言ってたのに結局消化不良に終わったでしょ?」
「そりゃあな。やってること普段と変わらなかったし」
「だから、それのリベンジ、というかやり直しって言えばいいのかな?再チャレンジだよ再チャレンジ」
「いやー、前回の俺とこれとは話が違うんじゃないか?」
「だからだよ。実験だよ、実験。
私が好きなタイプの男の人ってどんな感じの人なんだろーって」
「【onとoffの切り替えがしっかり出来る、普段はしっかり者だが友達や彼女といる時は決してユーモアも忘れない上品なお兄さん】とかだろどうせ」
「うーん、いい人だとは思うけど恋愛対象にはならなくない?」
「違うのか?」
「仮にそんな人がいたとして、私とその人が付き合っている世界線なんてあると思う?」
口をへの字にして考えている辺り、そんな人は面白みがない、とでも言いたいらしい。
「うーーん、、、まあ確かに、絵に描いたようなイケメンと付き合っている図はあまり思い浮かばないけども」
「でしょ?だから余計に分からないんだよね」
どうやらまあまあ本気で悩んでいるらしい。うんうん唸っている。
「そうだな、、例えば、俺から見た楓といえば
自分が今できる事には絶対に手を抜かなくて、
周りよりも自分が一番自分に厳しくて、
強い信念を持っていて、
自分にとって有意義な人としか関わりを持とうとしなくて、
自分の言葉と自分の感情にウソをつかない人
ってことになるとは思うけど」
指折り数えながら楓の特徴を挙げていたらすべての指が折れてしまった。属性欲張りセットだな。
「拓真とは真逆だね」
「あーー、、考えてみたら確かにな。
手抜きで生きてるし、自分に甘いし、ポリシーないし、関わる人選ばないし、感情無限に我慢しまくるし。
というか合わな過ぎだろ俺と楓。全くもって合ってないじゃん」
今更ながら、よくもここまで仲良くなれたものだ。これはもう今の俺というより過去の俺が凄かったということに他ならない。スゴイぞ過去の俺。
「てかさ、ちょっと待って。
今の話で行くと私の好きなタイプって私になっちゃうんだけど」
「良いんじゃないの別に。自分大好き人間で」
「自分で言うのも変な話だけど、私みたいな人間よっぽどじゃないと見つからないでしょ」
「当たり前だろ。楓がポンポンいてたまるか」
「そうかな?私が普段喋る友達も随分と魅力にあふれてると思うけど」
「そりゃずっと喋ってればその人の魅力にも気づけるだろうけどな。
楓の場合は喋る前から分かるから凄いんだろ、【私魅力的です】オーラみたいなん出てるし」
「拓真って、時々私を口説こうとしてくるよね?意図的なの?」
「気づいてますよ。死ぬほど恥ずいっすよ」
男の照れ隠しなどどこにも需要がないから必死に隠してるだけで、実は冷や汗を流していたりする。
でも言わなきゃ伝わらないからしょうがなく声に出さなきゃいけないのだ。
「んで、楓の好きなタイプは楓っぽい人って認識でよろしい?」
「あ、じゃあさ、【胸のサイズを気にしない】を追加で!これならちゃんと私っぽい性格の男の人になるでしょ?」
「ああ、なるほど。というか今日の俺そこしか真似できないんだけど」
楓の真似をしろとか、ガチで意識高すぎて無理すぎる。
「なるほど、拓真はロリコン、と」
「おいスマホにメモしようとすんな」
「いやいや、胸が小さくて本当に何も思わないんだったらそれはそれでヤバいでしょ」
「まあ分からんでもないが、そもそも貧乳好き=ロリコンの図式がおかしいんだよな。
女性の身体で魅力的な部分と言えば人それぞれだし」
「へーえ、ちなみに拓真の場合どこフェチなの?」
「俺は脚だな。足じゃなくて脚のほう。脚線美フェチとでも言えばいいのかな、股下からすらっと伸びた綺麗な脚なんか見るともう、、」
「あーはいはい、どうせ脚フェチにさせたのも私が原因なんでしょ?」
「よくご存じで」
「存じたくはなかったんだけどね」
実は俺のリアルな方での大半の性癖は楓が原因で生み出されていたりする。
つまり楓は俺の性癖ママとも言えるな。ミジンコ程もオギャれないけど。
「そんなことよりも勉強だよ勉強!!課題を終わらせに来たんでしょ?」
「あー、はいはい。やりますやります」
【そもそもの話題を振ってきたのは楓だろ】というツッコミは胸にしまっておいた。これが惚れた弱みってやつだったら良かったのに絶対に違いそうなのが悲しいね。




